3/29 明滅

 日の光がこれほどまでうとましく、儚さに苛立ったことはなかった。


 もう何度月が昇って沈んだだろう。そして日が再び昇り、天球のはるか頂点に腰をすえている。天窓から注ぐ昼の日はしきりに、わたしの胸を明るく照らそうとしている。かえって明を滅するとわかりもせず、躍起になって燃えている。


 綿毛のようなあなたの言葉が心地よかった。いつまでも浸っていられると思ってしまった。陽光みたいにいつまでも。


「歯ブラシは捨てておいて」


 綿毛のような言葉で、聞きたくなかった言葉が反響した。思い出すたびに、綿毛で首を絞められていく。


 つい先日までわだかまりもなく時間を重ねてきたはずだった。今は失われたときだけが、ベッドの広さとなって寄り添ってくる。こんな快適さならいっそすべて燃やしてしまうのがいい。すればわたしの苦しみもすべて燃え、灰になるはずなのだ。


「ああ、眩しい世界だわ。なにもかも燃えてしまえ」


 また布団にもぐって明を排した。ひとりの世界にはこの広さが心地いい。ベッド半分くらいの広さがちょうどいい。


 腰も首も痛くなってしまうほどもぐったところで、ドアポストにコトンと音がした。布団を取り去るとカーテンに、傾きはじめた日のかすかな残光が見える。


 重くむくんだ足を引きずり目をこすりながら玄関の封筒を取り、名を見て身震いした。後頭を殴られ膝から崩れ落ちるような衝撃だった。消印は二日前、たしかに彼の字であった。


 開けると一枚だけの便箋があった。


残し去り

心苦しと

痛まれど

わが身置く盆

すでに腐りて


 不可解な彼のつづる字に腹から震えた。何度か読んで、去る前の彼を思い出した。思い当たるのはひとつだけ、やせ細る彼の頬だ。かねてから痩身だった彼だから気に留めることもないと思っていた。


 今どこにいるのだろう。身なりもなにも気にせず飛びだして、便箋を握りしめた。


 孤独に立ち尽くすわたしを、傾いた陽光だけが輝かしく照らしていた。胸が燃え、頬が濡れる。虚脱感が満ち、ひざまずいた。


 最後の言葉も、綿毛のようだったらしい。気づくこともなく自分に安らぎを求めたわたしのなんと愚かなことか。


 光もまた、わたしをひたすらに包み込み、影を濃く染めた。そこはさながら明滅だけの世界であった。




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