第54話 IN名古屋

「あれ美味しそう! えーと、ごへいもち?」


 そんな声が昼過ぎの名古屋の商店街に木霊した。

 

「き、祈凜さん」

「もう少し抑えなさいよ」


 私と沙夜の二人に注意され、少し肩を狭める祈凜さん。


 私達三人は二泊三日の名古屋旅行に来ていた。

 大須商店街では食べ物の匂いが漂っている。私達は、この商店街で食べ歩きをしていた。


「えへへ、ごめんね。つい美味しそうなものが一杯で。それにしても、なんか変なものばっかりだね」


 確かに祈凜さんの言うとおり変な食べ物が多いかもしれない。

 ついさっきまで食べていた物としては、アメリカンドッグみたいな饅頭とか、アイスの入ったメロンパンとか。


「まぁ、それが名古屋の魅力でしょう」

 沙夜のその言葉に私は頷いた。


 

 私達はあの喫茶店の店長、矢内さんの車でここまで来ていた。旅館にはまだ行っていないが、矢内さんが私達の宿泊荷物をもって実家の旅館に運んでくれている。ある程度、この商店街周辺を観光した後、その旅館に向かう予定だった。


 流石に矢内さんにそこまでしてもらうのは申し訳ないと言ったのだが、押しきられてしまった。

 思ったよりも、矢内さんは強引な方なのかもしれない。


 今回私達は、少しだけ旅の計画というのを立てて来ていた。それは、私と祈凜さんの修学旅行の経験から。

 

 確かに色んなことがあった修学旅行だが、計画的な行動をするという面でも私達にとってはいい勉強となったわけだ。計画性のない旅行というのは楽しめるものも楽しめないことがあるだろう。

 

 そんな経験をしていない沙夜は、この計画を立てるという行為に対して、子供っぽいとか面倒くさいと否定的ではあったが、数の勝利で私と祈凜さんが押しきったのだった。


 今後の予定としては、もうしばらくこの大須商店街を回ったあと、大須観音という寺院にいって、旅館に戻って今日は終わりだ。


 寺院といっても、三人とも興味があるんけではないが、一応そういうとこも行ってこその旅行だと、以外にも沙夜がごねたのである。

 私も祈凜さんも反対はしなかった。


「あ、あれ」

「今度はなに?」


 目の前で変な食べ物にはしゃぐ祈凜さんと、それにわずらわしそうな顔をしてなんだかんだ反応する沙夜。

 自分の口角が上がるのがわかる。微笑ましい光景。手放したくない、そんな光景だった。


「麻百合? なにしてんの? にやにやして、祈凜が行っちゃうよ?」


「あ、ごめん」


 そうだった。二人が楽しんでるのを見てるだけじゃなくて、私も楽しまないと。


「麻百合さん、沙夜さん、これ美味しよ!」


 あれ? 祈凜さんってこんなに食い意地張ってたっけ?

 あぁ、確か自分が料理もするから。


 笑顔で串に刺さった団子のようなものをもった祈凜さんに駆け寄った。





「私、凶だ」


 手元にもったおみくじをみて、がっかりする。

 大須観音。こんな旅行に来てまで凶を引いてしまうというのはちょっと気落ちしてしまう。


「あ、私も凶……」

 どうやら、祈凜さんも凶みたいだ。三人中二人っていうのもどうなんだろう。


 三連休だからか。私達以外にも観光客はたくさんいるが、おみくじを引いて肩を落としている人はいないみたいだ。

 私達の引きが悪かったのか。


「なんで、そんなに落ち込んでるの?」


 沙夜が首をかしげている。いや、所詮おみくじとはいえ、良くない結果がでたら気が落ちてしまうものだ。


「だって凶ですよ?」

 祈凜さんがそう言うと、沙夜は何故か首を横にふった。


「沙夜何か知ってるの?」

「まぁね。有名じゃない? 大須観音のお詣りで、おみくじ引くと凶が多いって」


 そんなことも知らないの? とでも言うような沙夜の口調。まぁ、実際にはそんな嫌味には聞こえていないが。

 ちょっとだけその物知りな感じが苛つく。


「へぇ。そうなんですね」


「でもなんで?」


 おみくじって普通、吉とか大吉を多くするものではないのだろうか。


「私もネットで見た程度の知識だけど、凶を引くことでむしろ自分で運命を切り開いていくっていう意識をもつようになるってさ」


 なるほど。確かにそう言われれば、凶を引いたとしてもそんなに気を落とすことはないかもしれない。

 周りの観光客もそれを承知の上で引いてるのだろう。そりゃあ、落ち込むこともないわけだ。


 やはり事前にこういうことを調べておくと、案外面白いかもしれない。沙夜もなんだかんだ言って、ここの寺院について調べたみたいだし


「沙夜さんは、おみくじ何でたんですか?」


 祈凜さんが、沙夜に対してそう尋ねた。

 それで思い出したが、自分の結果に夢中で沙夜のおみくじの結果を忘れていた。


 やはり沙夜も凶だろうか。


「私? 大吉」


 ……おい。

「え?」


 心の中で突っ込んでしまう。

 沙夜が大吉だとすると、先ほどの凶が多いという話の信憑性が薄れてしまうじゃないか。


「なんか、腹立つ」

「麻百合なんか言った?」

「別に!」





 いよいよ、矢内さんの実家である旅館に到着する。

 もう、日も暮れ始める時間帯。宿に入るのもちょうどいい時間だろう。


「うわぁ、綺麗な旅館」


 祈凜さんの言うとおり、和が基調とされる綺麗な内装。それに、少し歴史も感じるような、いい宿だ。

 そこそこの値段がするだろう。ちょっと、恐くなった。


「あ、三人とも来たね」


「矢内さん、あれ? どうしたんですか」


 旅館に入ってすぐの受付だろう。そこに着物姿の矢内さんがいた。それには沙夜や祈凜さんも驚いているようだ。


「まぁ、実家の手伝いってとこかな。三人の荷物は部屋に運んどいたから」


 普段はエプロン姿なので、少し驚く。しかし、こういう格好でもやはり美人だ。


「あ、ありがとうございます」


 本当にここまでしてもらえるなんて思ってもみなかった。でも、いいんだろうか。こんないい宿だし。


「はい。これ鍵ね。温泉もあるから楽しんで。夕飯は7時頃、部屋に運ぶね」


「何から何までありがとうございます……すみません、ここ結構高いんじゃ」


 私は勇気を出して、聞いてみる。

 私だけでなく、二人も若干不安そうだ。


「あぁ、気にしないで。ここ、古いだけでそんなにいい場所でもないから。あと、ちょっとだけ値引きしとくから」


 そう笑ってくれる。

 少しほっとする。


「じゃあ楽しんでね」


「はい!」


 こうして、私達の旅行は始まった。



 私はこの旅行で思いを伝えようとも思っている。二人に。

 だからこの旅行はきっと、三人でいられる最後の機会になるのかもしれない。

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