六章 三人の思い、そして二人に

第53話 旅行へ向けて

「で、どこに行くか決めた?」


 それはいつものベンチではなく、もう一つの私達のベンチ。あの祈凜さんの家の近くの喫茶店だ。


 相変わらず、落ち着いた雰囲気の店内ではいつもの三人が談笑という感じではなく、何故か高圧的な沙夜と、ずっと私の服を掴む祈凜さんに挟まれる私という構図で話し合っていた。

 なんというか、こういう甘えたそうで甘えきれない祈凜さんも可愛い。

 

 因みに店長さんはというと、今日はいつものように厨房の方にいるのではなく、カウンターで私達の会話を微笑ましそうに聞いている。


「いや、まだだけど。というか、決めるためにここに来ようって沙夜が言い出したんでしょ?」


 私達は今、今週末に行こうとしている旅行先について決めようとしていた。というのも、今週末は土日月と三連休。プチ旅行にはもってこいだからである。


 でも、今週末に行く予定にも関わらず、まだ場所が決まっていないというのは如何なものか。さすがに、宿のこともあるし早めに決めて置かないといけないだろう。いや、もう今更な感じもするが。


「いや、移動の合間にいくつか候補は考えたかなって」


 確かに、沙夜に言われるのはしゃくだが、移動の途中にでも考えておけば良かった。


「ごめん」

 そこは素直に謝っておいた。


「祈凜は? 考えた?」


「まぁ、少しは。でもあんまり遠いとこは駄目ですよ」

 そういって、祈凜さんが候補にあげたのは、どこも近場の有名な場所。でも、最後に言った場所だけは祈凜さんの発言と矛盾していた。


「あとは……北海道とか…」


「「北海道?」」


 少し、遠すぎるのではないだろうか。

 それに、祈凜さん本人が遠出は出来ないと言ったのだ。

 おかしいなと思った瞬間、祈凜さんが慌てたように訂正し始めた。


「あ、あくまで案だよ! 北海道、ちょっと憧れてたから…」


「へぇ、北海道に憧れね」


 沙夜がそこで興味を示したように頷いた。

 私は矛盾を感じただけで、北海道に憧れるという祈凜さんには別に思うところもなかったが、沙夜がこういう風に気になる素振りを見せたことに対しては興味がわいた。


「はい。小さな頃に見たテレビの影響で、なんか北海道って場所が凄く魅力的に見えて」


「そう。私のおばあちゃん、北海道に住んでるから、何回か行ったことあるなぁ」


 へぇ。沙夜のおばあちゃんは北海道か。なんか、たまに見せる沙夜の冷たい感じも、北海道ってイメージと重なるかも。いや、これを言ったら北海道に失礼か。


「じゃあ、北海道まで奮発しちゃう?」


 私がそう尋ねると、二人は首を横にふった。

 

 あれ? ここは、北海道の話で盛り上がっていたので、行こうという流れじゃなかったのか。


「麻百合、よく考えてみて。飛行機とか、宿泊先だとか、結構問題あるじゃない」


「そうだよ麻百合さん。それに私、遠出は無理だって」


 二人から批判を食らってしまった。

 でも、私からも少し言いたいことはある。


「いやまぁ、北海道が無理なのは納得するけどさ、宿のこと言ったら、他のとこだって無理じゃん?」


「それは……確かにそうかも」


 私の意見も的を得ていたのだろう。沙夜はそれに対して黙るが、祈凜さんは違った。


「いや、そもそもこの急な旅行、麻百合さんが言い出したでしょ?」


 そうだった。

「……ごめん」


 そう言われると、何も言えない。

 この旅行の言い出しっぺが、時間がないことに文句をつけたら、言い返されるのも当然である。


 何故私がこんな急にこの旅行を提案したか。それは遡ること2日ほど。





「はぁ、やっちゃったかな」


 私が自分の思いを綴った、あのポエム的なイタイ文章を書き上げてしまってから、約半日近く過ぎていた。


 今は夕方。

 私はそれまでの時間、寝ていた。余程ストレスがたまっていたのか、それとも、あれを仕上げてしまったことで力を使い果たしたのか。

 過程はどうでもいいが、つまり私は学校をサボってしまったわけである。


「通知、きてるし……」


 スマホの画面にはメッセージが届いていることを示す、緑色の通知が四件ほど。花音と沙夜と祈凜さん、それに母親から。


 母親以外の三人からは、単純に心配したような内容のメッセージ。母親からは、学校には風邪で休むと連絡しといたというメッセージだ。

 こういう時、母親の存在って案外大きいんだななんて感じる。


「はぁ」


 それにしてもだ。

 改めて自分の書いてしまったものをみると、イタイ。あまりにもイタイ。見ていて恥ずかしくなってくる。


 これが黒歴史というやつだろうか。変なテンションで書き上げたので、内容もちぐはぐだし、確実に他人に見せられないものだ。


 特に、沙夜と祈凜さんについてなんて、ノート半分も使って書いている。

 いや、確かに思ってることはだいたい網羅しているが、何してるんだろうか私。


 これを見るとため息が出てしまうのも仕方ない。


 それになによりも、二人に伝えなきゃいけないことって……。いやまぁ、そうだね。いずれは伝えないと。


「そんな日、来なきゃいいのに」


 部屋に私の声が響く。それすらも今は恥ずかしい。

 

 ピンポーン。


 突然、インターホンが鳴った。

 今の時間帯は両親は仕事なので、私一人だ。当然、出ないといけないだろう。


 改めて私の姿をみると、何故か制服を着ていた。

 え? 制服?

 それも、しわくちゃになってる制服だ。もしかして、私は昨日帰って着てから制服を脱いでいないのかな。


 少し嫌な想像が頭をよぎる。

 いや、間違いなくそれは事実だろう。まさか、文章を書き終えた後に朦朧とした意識で制服に着替えた訳がないし。


 じゃあ、この姿でお客さんの前に出なきゃいけないのか。まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。


 とりあえず、私は玄関に急いだ。

 どうせ、宅配かなにかだろう。


 そう思って、ドアを開けた。


「はーい、今開けま……」


「どうも」

「急にごめんね」


 そこにいたのは沙夜と祈凜さんだった。

 

 まず真っ先に浮かんだ言葉は、ヤバいという一言。

 それは、私が風邪なんかで休んでいないことや、自分の格好のこともそうだが、なによりもまずいのは、私が昨日書いてしまったあの文章。


 私は今、二人と顔を会わせられるような心理状態ではないのだ。おおよそ、二人から見れば私は赤面してるように見えるだろう。それこそ、風邪を引いてるかのように。


「な、なんで?」


「お見舞いだよ」

 祈凜さんが笑顔で言う。あ、駄目だこれ、直視出来ないや。


「ねぇ麻百合。なんで制服?」

 沙夜は沙夜で私の姿が疑問に思ったのだろう。小首をかしげて聞いてきた。あ、沙夜も直視出来ないや……。


「沙夜さん、それはいいじゃないですか。それより麻百合さんが顔真っ赤ですよ。大丈夫? 麻百合さん」


「確かにね。麻百合、大丈夫?」


 なんだろう。本当に風邪でも引いたのかな。なんだか頭がぼーっとしているような気がする。


「だ、大丈夫だから!」

 とにかく、気を確かに持たなければ。


「そ、そう。じゃあ、長居したら悪いし、私達は帰るけど、麻百合さん無理しないでね」

「麻百合、これ。果物いくつか買ってきたから。両親に剥いてもらいなさい」


「あ、ありがとう」


 感謝を言うときまで、目を合わせられない。本当にどうかしてしまったのか私。

 そのまま、遠ざかっていく二人を見送って、私は家に入ろうとした。


「あっ……」


 その時、嫌なことを思い出してしまった。

 私、二人に伝えたいことあるんだった。


「待って」


 そして、つい呼び止めてしまった。

 何してるんだろう。まともに話せる状態でもないのに。本能がかってに体を動かした挙げ句、肝心なとこは本能が働かない。


「どうかした?」


 当選、沙夜が疑問をていする。

 黙ってるだけじゃなにも始まらないので、なにか言わないと。


「あのさ……」


 二人に伝えたいこと。それは。

「二人とも…私、」


 でも、喉がつまる。

 あぁ、今、私は言えない。


「こ、今週末、旅行にいこ!」


 二人はポカンと口を開けて。

「「今週末?」」

 と呟いたのだった。





「で、ホントにどこいくの?」

 沙夜はいい加減決まらない目的地に嫌気が差してきたのだろう。声から苛立っているのがわかる。


 こういう、沙夜の素直に感情を出すところ、嫌いじゃないが、損だななんて思うのだ。


「やっぱ、近場かなぁ」

 私がそう言うと、祈凜さんも「そうだね」と頷いた。


「近場って言ったってたくさんあるよ?」

 沙夜のいうことももっともである。


 結局、私達は悩みっぱなしだった。



「ねぇ、お三方。旅行に行くんでしょ? なら、名古屋なんてどう?」


 急に今まで私達の話を聞いているだけだった店長さんが口を開いた。

「名古屋ですか」

「そそ。名古屋」


 名古屋となると、少し遠いかもしれない。でも、なんで名古屋なのか。


「実は私の実家がね、名古屋で旅館やってるの。もし良ければそこに止まってもいいし。私も今週帰る予定だったから、口添えすれば予約だって取れると思うよ。それに、ついでだから車出すよ。どう?」


 そんなうまい話があるのだろうか。店長さんの人柄からして嘘ではないだろう。


 私達三人は互いに顔を合わせる。三人ともその目線を交わすだけで言いたいことはわかった。


「「「行かせてください!」」」


 そして、三人声を揃えてこう言ったのだった。

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