綴る手を伸ばして

沢木圭

プロローグ

 最初は小さな雑音だった。


 次にそれはハーモニーに変わった。


 そして、次には確かな意思をもった何かに変わった。


 その次には私の大切なものへと変わった。


 それからはもう覚えていない。

 ただ漠然と大切になって、失っていく。


 大切なものってそういうものでしょう?


 私が何を言おうと、何をしようと、決して私のものにはならない。

 大切なのに手元にはない。

 手に入れたくて、そばに居たくて、自分のものにしたくて、追いかけても追いかけても、結局その先には後悔しか残らない。



 その歌を聞いた時、私は運命だと思った。


 歌唱力。パフォーマンス。歌声。どこをとっても一流の歌手と遜色ない。だが、所詮は何千人といる一流と同じに過ぎない。


 でも私は何かに惹かれた。


 そういうものだろう。きっと。何かを好きになるって。理由なんてよく分からないことの方が多い。

 私がこの歌手と巡り会えたのは運命だった。


椎名咲桜しいなさくら


 私の愛しい人。

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