5-7
諸隈の言葉よりも、彼女が過ちを認めたのがショックだった。二人の間の友情もあらゆる感情の交流も、結局は目的があってのことだった。肌を重ねたときのぬくもりが、すべて痛みに変わったみたいだった。
でも、彼女はつっかえながら語り続ける。
「でも、私が、修をシーシュポスに乗せるために女であることを利用したとは思わないでほしい。私は本当に、修のそばにいて幸せだった。修のためなら何でもしてあげたいって思った。お姉さんの代わりになってあげたいとまで願った」
言葉にできない怒りを感じたのは、聖蓮が引き合いに出されたゆえのものだろうか。
「……聖蓮の代わりなんていない」
「ごめんなさい」
黒江は繰り返す。彼女が涙を落とす音までマイクが拾っている。
「私は修を傷つけることばかり言ってしまう。いつも正しい言葉を選べない。でも、これだけは本当だって言える。私自身も聖蓮を失って悲しかった。聡明で、知識欲が旺盛で、それなのに誰のことも非難せず、誰よりも優しかった。長い人生の中で、彼女ほどの人は誰もいなかった。アンドロイドに一人ぼっちで育てられた私にも対等に接してくれた。なんの気負いもなかった。だから、生まれて初めて友情というものを感じた。だから私は彼女を誘った。
そんな彼女は優しすぎるあまりこの世界の偽善に耐えられず、みずからシーシュポスに乗ろうとした。私は止めた。もともとは技術者として手伝ってもらいたかったから。けれども彼女は志願した。私は止めるだけの勇気がなかった」
しゃっくりあげる。冷静な彼女が初めて涙を流している。そこにいたのは修と同じ年頃にしか見えない普通の少女だった。普段の落ち着いた静かな口調もすべて演技だったのだろうか。
「お姉さんの死で私も少なからず混乱した。父が戦いに行くのを止められなかったときみたいに、もう一度滅びていく世界を見なければいけないのかと絶望もした。そんなとき、修がシーシュポスに乗ってくれると決心してくれた。だから、私にとって修は希望そのものだった。私がそれを修への好意と取り違えたんだっていうのなら、否定できないかもしれない。
でも、私も所詮一人の女の子。こうしてタルタロスを率いてきたけれど、実際には寿命が長いだけの普通の子どもでしかない。頼りになる人を見つけたら好きになってしまう。私だってタカマガハラ族の支配のない世界で修と普通に出会いたかった。普通に恋をして、結婚して、子供が欲しかった」
修は彼女を許しがたいが、同時に哀れみも覚える。だが、どうすれば彼女を許すことができるのかもわからない。だから黙ったままでいるしかない。
それでも、黒江たちの身勝手さに腹が立った。ここまで優しくしてくれたことの理由が曇りのない好意ではなかったという悲しみも深かった。
だが、裏切られたと感じたのはおそらくは市民のほうだ。タルタロスでさえタカマガハラ族に勝るとも劣らずに偽善にまみれていたのがわかったからだ。しかも、彼女だって結局はタカマガハラ族の一派に過ぎないことが明らかになり、一つの偶像が打ち倒された。もはや彼女にカリスマ性はない。修たちの立場の正当性は失われた。
タルタロスに戻れば修たちに復讐したいと思っている人間たちが押し寄せてくるに違いない。聖戦に巻き込まれたのならまだ救いようがある。だが、愚かさのせいで死んだのだとわかれば、これほど悔しいことはない。そして、不死同然に生きながらえてきた人間がいることの不公平さに耐えられる人間がいるとも思えない。
タカマガハラ族もだめ、タルタロスも同様。それを知った市民がどのように反応するだろうか。あらゆる不服従が行われることだろう。そして業を煮やした権力者たちによって機人や機神が持ち出され、虐殺が起きるに違いなかった。目を覆いたくなる。それに市民が万が一にも勝ったとして、権力が安定するにはやはり犠牲と混乱が必要だ。
地球の環境に手を出したくないという理由で助けに来ない人類の子孫たちも憎らしかった。本当に地球を象徴だとしたいのなら、もっと平和で調和にあふれた共同体の実現した惑星こそがそれにふさわしいはずなのに。
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