5-5

「諸隈、さん?」

 信じられなかった。ありえないことだった。流刑になった彼がどうしてこんなところにいるのか。

「そうだ、俺だ」

 修はあまりのことに汗が止まらない。

「生きていてよかったです。でも、どうして。行方不明で生存は絶望的だって」

「タカマガハラ族による情報操作だろう。俺は地下で働かされていた人々を集めて反旗を翻した。人口は少ないし男性がほとんどではあるが、ちょっとした政府ができている。少なくともここから西は俺が実効支配している」

 修は煩悶する。

「僕はあなたとは戦いたくはありません」

それに、彼が相手ならば交渉の余地は十分にあるだろう。

「俺もだ。というか、俺は戦いに来たんじゃない。これに乗っているのは、そうでなければ君たちに耳を傾けてもらえない可能性があったからだ。俺はここに、正しいことをするためだけにいる」

「じゃあ、アンドロイドを止めてください」

「もちろんだ」

「霧島さん! こちらも!」

「ああ」

 かすかな霧島の不安そうな声。だが、両者は正確な時計に合わせて停止する。むこうもあちらも彫像のように凍り付いた。その中で一人たたずむ春香も静止する。

「黒江。僕はこうして何分もシーシュポスに乗ったままだ。悪影響が出るまでどのくらいかかる」

「修の心拍数と代謝による。もうタルタロスを隠さなくていいから、計算リソースを修の身体のメンテナンスにも充てられる。戦わずに平静にしていればかなり持つ。ただし、油断はしないで」

 修はうなずく。尋ねたいことは無数にある。どうして諸隈が機神に。それとも機人だろうか。そして、どのようにして反乱軍の上に立つようになったのか。なぜこちらに戦いを仕掛けたのか。だが黒江は、事実に直面するのを恐れているかのように青ざめている。この事態は彼女にとっても計算外なのだろう。

 諸隈は修の思いを読み取ったように話し出す。

「そうだな。まずはこの機体がどこから来たのかについて話そう。と言っても、想像がつくだろう。君たちと同じように地下から掘り出した。彼らは最終戦争に備えて地下に潜んでいた疑似生命、その最後の一体だ。アンドロイドと同じで、本土決戦に備えて都市の下に潜んでいた」

 そう言って彼は修の視覚に発掘地点を投影する。

「歴史の授業でも習ったと思うが、かつてこの辺りには日本と呼ばれる一つの国があった。世界のほかの国々と同じように良いところもあれば、恥じるべきところもあった。たぶん、俺たちとそれほど違ってはいなかったはずだ。

 諸国が地球を放棄しなければならなかったときには、この国も総力を挙げて脱出した。新天地に祖国を再建するという使命に燃え上がった人々は惑星や衛星、それから軌道上に壮麗な都市を築き上げた。ある意味では、人類は星々の間を駆け巡る黄金時代を迎えた。

 だが、その国はやがて分裂した。異民族をどこまで受け入れるべきか、文化的な伝統をどの程度守るべきか、誰が王となるべきか。様々な理由で道は別れていった。もっとも、そうなったのはこの国に限ったわけじゃない。地球を離れたすべての国家が解体されていた。何千という集団に分裂した人類はやがて国や共同体といった違いから、徐々に種としての違いへと変容を始めた。それくらいにまで人類は豊かで多様になった。

 だが、このままでは人類の子孫同士が争うことになりかねない。そう気づいた人々は、一つの条約を結んだ。それは、あらゆる人類の子孫には平等の権利を与えることだ。そして、地球をある種の聖域・象徴とし、かつての南極大陸のように主権を主張するべきではないとした。しばらくはそれで、何の問題もなく繁栄を続けていた。あらゆる文化は地球の起源がわからなくなるほど変化し、混交した。それでも人類はひとつなのだという理想を抱くことができた。

 だが、どういうわけか繁栄が絶頂に達しようとしたとき、懐古的な趣味が蔓延した。あらゆる文化の隅々にまで、捨て去ったはずの地球に由来する意匠が取り込まれだした。

 そして、荒廃した地球の環境はすでに回復したとして、熱心に帰還を主張する人々が現れた。それはあらゆる共同体や種を超えた動きだった。その中で最も軍事力を持っていた日本人の子孫の一部がリーダーとなり、その力を背景に太陽系近辺を占領した。実力行使だ。そして、彼らの理想とする日本を再現した。これが大八洲国だ。移民の流入が本格化する前で、技術水準が世界的に見て高く、経済的にも支配的だった時代だ」

 諸隈は機神の姿のままでうなずいた。

「だから、タカマガハラ族の武器である機神と機人とでBMIなどの機構が共通しているのは当然だ。同じ国の技術によって作られているのだから。実際、呼び方の問題にすぎないと言ってもいい。機神の方が神経接続と解析に優れ、人間離れした姿になれるという違いはあるが。

だが、彼らの強固な方針は他の派閥からの反感を買っている。そもそも人類の発祥の地にここまで介入しているのは、明らかな条約違反だ。日本人の子孫たちのほとんども反対している。つまるところタカマガハラ族の地上の存在そのものが法的根拠を欠いている」

 だから黒江が日本国継承政権と名乗ったときに、タカマガハラ族はぎょっとしたわけだ。

「けれど、タカマガハラ族を討伐しようとする軍勢が来ないのはなぜですか」

「彼らとて地球を戦場にしたくない。さっきも説明したように、地球は人類の子孫すべてにとっての象徴だ。どんなに姿が変わり、理解しあえなくなっても、かつてはあの青い星の上に住んでいたのだという思いがあれば、有効な抑止力になる。徐々に種どころか、属レベルでの変化が起きているのではないかという話もあるのだが、わかりあえるという希望を失いたくない。……人類の子孫たちがどれほど俺たちとは違った姿をしているのか、君にも一度見せてやりたいものだ」

「それで、諸隈さんは僕にこんなことを教えて、何がしたいんですか」

「真実は何よりも力強い……というか、俺と君の通信はすでに全国に放映されている。君たちの領土だけではない、タカマガハラ族のにもだ」

「そんな」

 修にだって、公共の場でのそうした発言が重大な結果になることがわかるくらいには政治にかかわってきた。何が起きるのか予測がつけられない。だが諸隈は平静だ。

「俺は人々に、真実を理解したうえで行動を起こしてほしいと考えている」

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