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 街並みが絶えたところで見えたのは、アンドロイドの大群だった。一糸乱れず整然と進む。土地の起伏や川をものともせず、幾何学的に行進している。その正確さには非人間性がある。命令を単純に実行するシステムだ。

 黒江からの通信が入る。

「思った通りアンドロイドだった。あのアンドロイドたちは、もともとは人間を襲うために開発された。……最終戦争に備え、この国に上陸する者があれば容赦なく殺戮するようプログラムされていた。……結局は使われなかったらしいんだけど」

 シーシュポスはそれらを見下ろす。一つ一つは人間ほどの大きさだ。踏みつけることは容易だった。だが、修にはその数に対処する手段がない。機神のように焼き払うこともできないし、氷漬けにすることもできない。

「これだけの数がいれば、都市部に侵入を許してしまいかねない」

 黒江が危惧すると、霧島は応じる。

「こちらからもアンドロイドを送った。助けになると思う」

 そして、彼はいつくしみを込めて呼ぶ。

「……聞こえるか、春香」

「はい、安吾さん」

 気がつけば、一人の少女が戦場に立っている。髪をなびかせて、戦いを終わらせるために遣わされた無垢な少女のようにまっすぐな脚で立っている。

「君たちも元来は戦闘用アンドロイドだ。連中に十分立ち向かえるだろう。……だが、君たちが傷つくところは見たくないし、帰ってこなかったら僕は個人的にとても寂しく思う。君たちと交わした言葉に僕は何度となく慰められた。君たちは僕にとって友人以上の存在だ。犠牲者が出ないように、とは言わない。けれど、できるだけ多くの者を帰還させてくれ。これは命令ではなく、僕個人のお願いだ」

「はい」

 アンドロイドの群れが対峙する。西と東の間で、魂を持たない物同士の気迫がぶつかり合う。過ぎていく一秒を感じる。修はシーシュポスの体内で守られているにもかかわらず、全身に汗が流れるのを感じる。

 突然に平衡が破られ、敵は一斉に変形した。その整然としたさまは一個師団によって捧げ筒が行われたのにそっくりだった。

 皮膚のあちこちが裏返り、関節が組み変わり、内部に潜んでいた刃で衣服が切り裂かれる。一呼吸する間に人の背丈の何倍にもなる機械が完成した。それはまるでカマキリが威嚇するときのようだった。羽が広げられ、体格が変わる。こちら側のアンドロイドも、ほぼ同様のプロセスを踏む。

春香はその中に一人、ヒトの姿のままで立ち、進軍を命じる。敵は体のあちこちにヒトの顔や手足がばらばらに分布していて異様な姿だった。まだ人間に近い姿をした者もいるにはいたが、それでも体の各部分からレンズや銃口をはじめとした機械類が覗いていた。

 今や春香を除いたすべてのアンドロイドが、細部こそ異なるものの、悪夢から抜け出したような姿になっていた。こんな連中にベッドメイキングや食事の配膳をさせていたのか。裸のまま寝そべっている横を通らせたのか。修は言葉を失う。これが本来の役割であったのか。

 そして、きっかけとなる一粒の砂で山が崩れるように、ほんの小さな動きから開戦に至る。

 アンドロイドたちは互いに何の容赦もなく切り裂き、銃撃し、噛みつく。アンドロイドだから当然なのかもしれないが、互いのことをまるで人間とは思わないようなやり方で扱っている。

 この中に市民が巻き込まれたら。彼らに人間とアンドロイドの区別をつけることがそもそもできるのだろうか。容赦というものがない。ためらいもない。ただ、敵を殲滅することが存在理由だ。そこに介入する余地はなく、修はただそこに立っている。この姿が中継されていなければいいが、と思う。何もしないまま立ちすくんでいるのだから、軍人としては間が抜けている。

 だが、その考えを断ち切る地響きがした。それはアンドロイドの戦いによるものではなかった。修と同じ巨大な気配だ。事実、山の裏から姿を見せたのは、黒い機神だった。それもただの機神ではない。一・五倍の大きさであることを除けば、シーシュポスそっくりだった。そして機神は、馴染み深い静かな声で語り出す。

「修君か。来てくれてよかった」

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