4-13

 目覚めたばかりのほたるは修と見つめあう。自分がどうしてここにいるのか思い出せないみたいだ。雨でシーシュポスは、涙を流しているようにも見える。見上げた彼女は安堵の表情を浮かべている。そして小さく笑った。

「ありがとう」

 彼女は間違いなくそう言った。それからすぐ、無意識の安らぎの中に落ちた。

 だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。すでに制限時間を過ぎ、修の体調は悪くなり始めている。吐き気も感じる。機人が修を嘔吐しようとしているからなのではないか、と思われる。

「黒江」

「私は大丈夫。もうタルタロスにいる」

「やはり、ティテュオスは回収できなかったか」

「いいえ。どうにか自律プログラムを走らせて帰還させた。上半身が下半身を抱えて、ひきずるように。ティテュオスにはかわいそうなことをした。修も、早く帰ってきて。速くしないと修にもBMIの悪影響が出てくる」

「わかってる。それから、ほたるの回収を頼めないか。タカマガハラ族に見つかったら何をされるかわからない」

「そうしたいのだけれど、ティテュオスは動かせない。アンドロイドたちも目立つから、うかつに出せない」

「どうすれば」

「……」

 彼女の沈黙は修に行動を促しているようでもあり、それをためらっているようでもあった。

「彼女をシーシュポスに乗せるしかなさそうだ」

「……そうね」

「二人の人間を載せることでBMIに狂いは」

「多少はあるでしょうけど、帰投するだけなら支障はないはず。覚醒レベルも修の方が上。というか、彼女に意識がないから好都合」

 シーシュポスはうなずき、決断するように口を開け、自分の存在で胃のあたりが重いまま、ためらいながらも彼女を口に含んで飲み込んだ。やわらかで温かい彼女の存在を取り込んでいく。喉の奥を違和感が降りていき、修の肉体には存在しない胸の器官に彼女がおさまるのを感じた。知覚こそできないものの、これで修の隣に彼女を搭乗させたことになるはずだ。

 でも、喉の奥にまだほたるがいるみたいで不安にさいなまれる。まるで彼女を生きながら丸のみにしてしまったようだ。彼女を食べてしまった。ますます気分が悪くなる。彼女の浅い眠りの夢が流れ込み、夢うつつのまま世界の中に立っている。修に対する敬意、淡い思慕、それからその奥にあるどろりとした本音。

 修はその感覚を保持したままでイクシオンの開けた穴からタルタロスに戻る。去り際に、イクシオンの残骸に向かって無意識に頭を下げていた。すでに失われてしまったほたるの身体の一部分に向けての葬礼のように。雨が眼窩を伝い続ける。


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