プレゲトーン くすぶる憎悪 

2-1

「お久しぶりです。お返事もできず申し訳ありませんでした。諸隈もろくまさんはお変わりありませんか」

 修はざわついた教室で返事を打つ。

 諸隈豪たけしは姉と親しかった青年で、三人で食事をしたこともある。聖蓮と彼の楽しげな会話を見ると姉が離れていくみたいで寂しかったが、姉が幸せそうなのでうれしくもあった。仕事は法律関係だそうだが、冷たい知性よりも粗削りな気遣いを見せる男だった。実際、修が引きこもっていた間にも、返事をよこさないのにもかかわらず心配するメールが何通も届いていた。

「やっとのことで学校に行く気も出てきました。積極的に行きたくなったわけではありませんが、家にこもっているよりは気分がましになるかもしれない、と思っています」

 でも、たったこれだけの言葉を打つだけでも、感情があふれそうになる。姉はもういないし、世界はまだ姉を奪った連中に支配されている。そして、それについて誰も疑おうとしない。

「それでも、友人には話せないことが頭にたくさん浮かんできます。諸隈さんはどうでしょうか。お時間のあるときに、またお話したいです」

 そんな、どこまで本気かわからない挨拶をつけて送信する。

 この間の出来事は誰にも話すことができない。夢みたいだった。それでも、機神に打ち込んだ拳の手ごたえは生々しく、荒廃した桜木町と解体されている機神についてニュースで触れられない日はない。

 思い出すと全身がかっとなる。地に足がつかない。だからあたりで交わされる会話のロボットという単語は耳に入らないようにしてうつむいている。

そうしていると、ほたるが女の子のグループから離れて、教室の中ほどの彼の机にまで近づいてきた。

「来てくれたんだ」

「ああ」

 彼女は机の前にしゃがみ、組んだ両腕のうえに顔を乗せる。

「少しだけ元気になったみたい」

「そう?」

「うん。顔色もちょっと良くなったよ。でも、大変だったね。確か例の事件、おうちのすぐそばだったでしょ?」

 修は静かにうなずく。報道では、どちらが善で悪なのかについて触れられることはなかった。政府の、つまりタカマガハラ族の正式な発表では、どちらも無明時代の兵器が暴走したことになっている。近日、正式にそうした不発弾が他に埋まっていないかを調査する委員会が発足するとのことだった。同時に、機神の解体作業も進んでいる。

 余計なことを言ってしまいそうになるから、つい不愛想になってしまう。それでもほたるは気にした様子はない。

「庵地君が無事でよかった。でも、住むところは大丈夫なの? 随分被害が大きかったって聞いたから」

「……家がなくなったから、特例で最寄りの寮に入れることになったんだ」

「そっか。うちの寮も何人か受け入れてるよ。何人部屋?」

「個室だった」

「運がいいね」

「クローゼットを改修した部屋だから、二つ以上ベッドが入らないんだ。でも、居心地は悪くない」

 窓はないし、荷物だってろくに置けない。もっとも、私物なんてろくに残っていなかったから困らなかった。

「学校まですぐだし、朝も比較的ゆっくりできる。助かるよ」

「あれ、もしかしてそこ、第二学生寮?」

「ああ」

「だったら一緒だね」

 その可能性は考えなかったわけではない。現に、知り合いと廊下ですれ違った。でも、女子の部屋にまでは注意していなかった。

「これからはご近所さんなんだ。よろしくね」

 そう言って手を差し出されるけれど、修は思わず横を向いてしまう。でも、ほたるは拒絶されてつらそうな様子を見せなかった。修が女の子の手を握ることを恥ずかしがったからだと解釈したらしい。

「それで、久しぶりの学校はどう?」

「……問題ない」

 だが、それはほたるを悲しませないための方便に過ぎない。犯罪者の弟として扱われているのが見え見えだった。友人が多いほうではなかったが、付き合いのあった彼らも修を避けている。遠巻きにされているのを感じる。修も、彼らとはその程度の関係だったのだ、と冷めた目で見ている。ほたるはそれに気づいていないのだろうか。それとも、場になじめない者を手助けするのは委員長の義務だと思っているのか。

 予鈴が鳴った。彼女は小さく手を振った。

「じゃあ、何かあったら私を頼ってね。ノートもあとで見せてあげる」

「槻」

 彼女は振り返る。修は、うつむき気味に口にする。

「ありがとう」

 ほたるは微笑む。同時に教師の和田が入ってきた。

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