第121話 特別編-それはリーアのお願いがきっかけだった-

「「「あーつーいー……!」」」


 リビングにレーナ、リーア、ユミの声が響き渡る。

 なんか前にもこんなことがあった気がする……。

 あぁ、思い出した。

 隔離空間に海を創造した時にも同じ言葉だったんだ。


「ねぇ、パパ。なんでエアコンをつけないの?こんなに暑いのに……!」


「お兄ちゃん、外の最高気温は38℃なんだよ……!?エアコンをつけようよ……」


 レーナとリーアはそう言って俺の服を引っ張ってきた。

 埼玉に住んでいた時に比べたらそこまで暑いと感じなかったからつけなかったんだが……。

 まさか38℃もあるなんて思いもしなかったな。

 俺は汗をかいてしっとりと濡れているレーナとリーアの髪を撫でた。

 普段とは違う感触を味わいながら、部屋の天井にあるエアコンの電源を入れる。


「38℃だったのか……。今エアコンをつけたからすぐに涼しくなると思うぞ?」


「「「わ〜〜い!!!」」」


 俺がエアコンをつけた途端、元気にエアコンの真下まで走っていくレーナ達3人。

 ……あんなに走り回れるってことはまだ余裕があったんじゃないか?

 レーナ達の行動を見ているとそう思わずにはいられない。


「旭さん、西瓜をお持ちしましたよ〜……ってどうしたのですか?」


「あぁ、ありがとうルミア。いやな、暑い暑い言っていたのにあんなに元気に走り回るレーナ達をみて若いなぁ……と」


「……旭さんもまだ27歳ではないですか。年寄りみたいになるのはまだ早いですよ」


 レーナ達を見て感慨深く呟くと、ルミアは苦笑を浮かべて真っ黒な西瓜を俺の目の前に置いた。

 西瓜は三角に切ったものと、果皮を取り除いてブロックカットしたものが用意されている。

 ブロックカットしたものは幼女組用らしく、ルミアはエアコンの下でスライムのように溶けている3人に西瓜を持って行った。


 ちなみにこの西瓜は7月に日本で購入してきたものだったりする。

 たしか……品種名は『3Xブラックジャック』……だったか?

 千葉県が2015年に生産を開始した西瓜らしい。

 ブラックボールなどの果皮が漆黒色の西瓜は何度か食べたことがあったが、名前が面白そうだから買ってきた……という訳だ。


[旭、この西瓜……皮が漆黒色なのですが!それなのにタネがない……!?]


「いや、この品種はタネが従来の品種よりも少ないらしいぞ。糖度も12.5度とかなり高い。……【叡智のサポート】であるソフィアでも知らないことがあるんだな」


[流石に地球の文化にまで精通しているわけではないですから。しかし、これは見聞を広めるチャンス……!しっかり味わって食べなければ……!…………(モグモグ)。んー……!]


 ソフィアはそう答えた後、西瓜を食べてとても幸せそうな表情を浮かべた。

 まるで『西瓜がこんなに甘いなんて!』とでも言いたげな感じだ。

 喜んでもらえたようで何より。


「「「ん〜……!!おいしい〜!!!」」」


 見るとレーナ達もソフィアと同じような感想だったらしく、とろけた表情を浮かべていた。

 俺はそんなレーナ達に苦笑いしながら、ルミアが切り分けてくれた西瓜を食べる。

 ……うん、これは美味しいな。

 俺の家でも栽培できないか実験してみたいものだ。


 ▼


「……お兄ちゃん。お祭りが明日開催されるって知ってた?」


 西瓜を食べ終わったリーアは俺に近づいてきてそう問いかけてきた。

 ちなみにレーナとユミは絶賛お昼寝タイム中だ。

 食べてすぐ寝るのは太るからあんまり推奨したくはないのだが、ルミア曰く『西瓜は野菜ですし、今日は多めに見てあげましょう』とのことなのでそのままにしている。


「祭り?ウダルにも……というか〈アマリス〉にも夏祭りのイベントってあるのか?」


[えぇ、祭りの風習はあります。〈アマリス〉は地球に似た文明を持つ世界です。旭の世界に似た祭りは各地で開かれてます。街全体で行うので、屋台もたくさん出るようです]


 俺の質問に答えたのはソフィアだった。

 ソフィアの言葉にリーアがうんうんと頷いている。

 リーア……。自分が説明するよりも詳しく話してくれるからソフィアに説明を丸投げしたな……?


 それにしても……夏祭りか。

 祭りに行ったのは……ニナと付き合う前の彼女と行ったのが……5年前か?

 最後に参加した夏祭りは長野県の安曇野市で開催されているわさび祭りだった気がする。


「異世界の夏祭りか……。リーアはそこに行ってみたいということでいいのか?」


「うん!私はお兄ちゃんに助けてもらうまで奴隷として生きてきたから、そういうお祭りは参加したことがなくて……。明日のお祭りがとても気になっていたんだぁ……」


 リーアは俺の質問に対して、寂しげな表情を浮かべる。

 ……そうか。

 リーアはダマスクに買われる前から奴隷として生活していたんだな……。

 まだ12歳なのに……お祭りを一度も経験したことがないなんて……。


「……リーア、今まで辛かったな……」


[その歳でお祭りに参加したことがなかったのですね……]


「…………わぷっ!?お兄ちゃん、ソフィアさん!?いきなりどうしたの……!?」


 俺とソフィアはそっとリーアを前後から抱きしめる。

 リーアが俺達と出会う前にどんな生活をしてきたのかというのを聞いて、なぜか抱きしめなきゃいけないという感覚に陥った。

 俺と感覚共有しているソフィアも同じだったようだ。

 ソフィアの胸に埋もれる形になったリーアはただただ驚いている。


「……よし、ソフィア。明日の夏祭りは必ず参加しよう。お金は……いくら持っていけばいいと思う?」


[そうですね……。ここ最近はお金が減るどころか増える一方ですし、この際屋台を全て網羅するのはどうでしょう?]


「それはいいな!となると……金貨100枚くらい持っていけばいいか」


[それだけあれば足りなくなることは絶対にありませんね。たしか夏祭りは朝からやっていたはずです。問題があるとすれば人混みがすごいこと……でしょうか?流石にレーナ達が痴漢されたり、誘拐されることはないと思いますが、例のヤクザの件もあります。対策はしておいたほうがいいかもしれません]


「それなら冬◯ミの時のようにハイエンジェルを召喚するのはどうだ?」


[それもいいかもしれませんが、あの方法は【透明化】したハイエンジェルが守りを固めるだけです。それをやるなら、神格を付与した【聖域】を展開したほうがいいのではないかと進言します]


「そ れ だ !!」


 俺とソフィアは夏祭りの予定を話し合い始めた。

 話し合いはヒートアップしていき、より安全に効率よく回るためにはどうすれば最善なのかという話し合いに発展していく。

 明日の夏祭りはなんとしても楽しんでもらいたい……。

 俺とソフィアの気持ちはかつてないほどシンクロしていた。


「……そ、ソフィアさん……。く、くりゅしい……!ち、窒息しちゃう……!」


「旭さん、ソフィアさん。盛り上がっているところ申し訳ないのですが……。リーアさんがソフィアさんの胸で窒息しそうなので、一旦離してあげましょう……?」


 俺がソフィアと話し合いをしていると、いつの間にかやってきていたルミアが苦笑を浮かべてそう提言してきた。

 慌ててリーアをみると、リーアは俺の背中をポンポンと叩きながらソフィアの胸の中でもがいている。


「……!すまん、リーア!」


[リーア!?すみません……!話し合いに熱中していて気がつきませんでした……!]


 俺とソフィアはもがくリーアをみて慌てて抱きしめていた身体を解放する。

 ソフィアの乳圧から解放されたリーアは大きく深呼吸をした。

 まさか乳圧で窒息死かけるとは思いもしなかったのだろう。


「……すー……はー……。だ、大丈夫。なんとか生きているから……。それよりも!お兄ちゃん、明日のお祭り行ってくれるの!?」


「あぁ、目一杯楽しもうじゃないか!なぁ、ソフィア!」


[えぇ!一生の思い出になるくらいに楽しみましょう!ルミア、レーナ達を起こしてきてください!今から……明日着る服装の打ち合わせをしますよ!]


 ーーーーガシィッ!


 俺とソフィアは目を爛々とさせているリーアに力強く宣言した。

 宣言する際に渾身の力を込めて腕を交差させた為、軽い衝撃波が発生する。

 しかし、ここにいるのはそんなものでどうにかなるような人間ではないので特に問題はない。

 腕を交差させた後、レーナ達を起こすためにソフィアがリーアとルミアの手を引いて歩いて行った。


「さてと……俺は俺で情報収集をするかな。……【紅き鎧】と【透明化】を同時発動」


 1人残された俺は明日行われる祭りの情報を少しでも収集するために、【透明化】を展開した。

 同時に【紅き鎧】を発動したのは、少しでも早く動くためだ。

 衝撃波は発生しないようにするのも忘れずにして……と。


「じゃあ、行くとしよう……!」


 俺はそう呟いてウダルの街に向かって駆け出した。

 お昼を少し過ぎたウダルの街を赤い光が所狭しと過ぎ去っていく。

 ふふふ……。今の俺は赤い彗星と自称してもいいかもしれない。


「ふむ……。屋台はすでに準備を始めているな。……というか、林檎飴だとか焼き鳥とかまんま地球の夏祭りなんだが。これは明日が楽しみだな」


 俺は情報を収集しながら、明日の祭りでどのお店に行くかルートを模索する。

 林檎飴は絶対として、綿飴もリーアやレーナは喜ぶだろう。

 ユミには水風船釣りとか1000本引きとか体験させてあげるのもいいかもしれない。


 俺がウダルの街全部を回って、全ての屋台を確認したのはそれから2時間後のことだった。

 ウダルの街が予想以上に広かったこともあるが、大通りのほとんどで屋台の準備をしていたので下見に時間がかかってしまったのが原因じゃないかと思っている。

 だが、時間がかかった分、いろんな屋台を見ることができた。


「ふふふ……。どの屋台をどういう風に回るのかがある程度決まったな。後は最短ルートを計算すれば……1日で余すところなく楽しめるだろう」


 俺は街中を駆けながらそう呟いた。

 現在は家に向かって走っている最中だ。

 この下見で入手した情報をソフィアと共有しなければならない。


「……そうと決まれば早く帰るとしよう。【紅き鎧】の出力を【翡翠の鎧】まで引き上げて……空中へ!」


 俺は空中に飛び上がると、魔力を足に込めて家に向かって走り始める。

 街中を走るよりも空中の方が手っ取り早いのではないかと思ったためだ。

 明日の夏祭りでレーナやリーア達がどんな反応をするのか楽しみにしながら、みんなが待つ家に向かうのだった。


ーーーーその頃、ウダルの街ではーーーー


「なぁ、なんか赤い光が動き回ってないか?」


「そういえば今日はよく赤い光を見るな。……明日夏祭りがあることを旭が知ったんじゃないのか?」


「まず赤い光を放ちながら動けるのって旭しかいないだろ。あいつはこういう祭りには興味ないと思ったが」


「いやいや、ああ見えて祭りが好きかもしれんぞ?じゃなければこうやって下見なんかしないだろ」


「それもそうだな。さぁ、準備に戻ろう。明日の明朝までに仕上げなければならないからな!」


「「「「「おぅ!!」」」」」


 赤い光が旭だということに気づいていた住民達が口々にそんなことを話し合っていた。

 しかし、住民達は楽しそうな表情を浮かべている。

 街の中で……いや、この世界で最強のパーティのリーダーが明日の夏祭りを楽しみにしているかもしれないということに嬉しくなったのかもしれない。


 住民達は雄叫びをあげて拳を空中に突き上げると、それぞれの屋台の準備に戻って行った。

 旭の姿(光だけだが)を見た住民達は、最初よりも手際よく屋台の準備を行うのだった。


ーーーーーーーー


 そして……。

 旭達は夏祭りの当日を迎える

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