第87話 特別編-平成の終わりと令和の始まり-後編

 コンビニを出た俺達は、次の目的地について話し合っていた。


「さて……俺のバイト先のコンビニで買い物をしたわけだが……。次はどこに行きたい?」


「そうですねぇ……。ちょっと早いかもしれませんが、お昼にしませんか?旭さん、ここら辺で大人数でも大丈夫な飲食店とかあります?」


 俺の質問に対して意見を出したのはルミアだった。

 転移したのが10時頃だったし、もう少ししたらお昼になる。

 この辺りで少し早めのお昼ご飯にしてもいいのかもしれない。


「それなら……俺のパート先にフードコートがあったはず。色んなお店があるからレーナ達が食べたいと思うようなものもあるんじゃないかな」


 俺が異世界転移前に勤めていたスーパーにはフードコートがあった。

 あそこなら食べたいものの1つはあるんじゃないだろうか……そう思っての提案である。

 ショッピングモールの中に併設されているから、フードコートがダメだとしても違う場所で食事を取れば問題はない。


「旭お兄ちゃんのパート先!?ルミアお姉さん、これはそこにいくしかないんじゃないかな!?」


「そうだよ、ルミアさん!ご飯も食べることができて、もしかしたらこっちの世界のお兄ちゃんに会える可能性もある……。行かないとダメだと思う!!」


「いや、この世界の俺のことは別にどうでもいいんだが……。いくら別世界の俺とは言えども、他の男に会うのを楽しみにされるのは……なんか嫌なんだよなぁ……」


 食事場所が俺のパート先と知ったレーナとリーアが張り切っているのを、俺は複雑な表情で見守る。

 別世界の俺に寝取られるとか……笑うに笑えないからな?

 もしそんなことが起きたら……この世界を壊すくらいは余裕でするだろう。

 大量虐殺をするのも……厭わない覚悟である。


[ほらほら、2人とも。こちらの世界の旭を見てみたいのはわかりますが、本物の旭が拗ねていますよ]


「「…………ッ!?ごめんなさい!!本当に好きなのはお兄ちゃんだけだから許してッ!!」」


 ソフィアの言葉を聞いたレーナとリーアは慌てて俺に抱きついてきた。

 ……大丈夫大丈夫。

 確かに拗ねてはいたけど……信じているから。


「ふふ……。レーナお姉様とリーアお姉様のお気持ちもわかりますが、お兄様を不安にさせてはいけませんよ?」


「「はい……ごめんなさい……」」


 ユミは苦笑しながらレーナとリーアを窘めていた。

 事情が知らない者がみたら中学生くらいの女の子2人が4歳の女の子に怒られているという風に見えることだろう。

 まぁ、今のユミは【神威解放】しているからそう見えるだけなのかもしれないけどね。


「さて、レーナとリーアも落ち着いたみたいだし……。ショッピングモールにでも行こうか。ご飯前にふらっと店でもみて、その後ご飯にしよう」


「あ、待って、旭お兄ちゃん!うぅ……まだ怒っているのかなぁ……」


「流石にさっきの言い方はなかったよね……。後でお兄ちゃんを癒してあげなきゃ……」


「レーナさん?リーアさん?旭さんは怒ってはいないと思いますから、早く追いかけましょう?」


 俺はそう言って、ショッピングモールに向けて歩き始めた。

 レーナとリーアは先ほどのことがまだ引きずっているのか、思い悩んでしまったようだ。

 そんな2人をルミアが慰めながらも、俺に追いつこうと早歩きで追いかけてきた。

 ……うん、怒ってはいないよ?

 勝手に嫉妬して拗ねていただけさ。


 ▼


「お、おい……。見ろよあの美少女……!レベルたけぇなぁ、おい!」


「お前……あんなに幼い女の子まで守備範囲内なのかよ……」


「いや、違うわ!……でも、あの女の子も成長したら絶対に美人になると思うぜ」


「一緒にいるあの男はなんなんだ……?見た感じあの小さな娘の父親みたいだが……」


「女の子はみんなお人形さんみたいでかわいい〜!!」


 ショッピングモールに入った途端、俺達は注目の的となった。

 歩くのを阻害される訳ではないが……周りからヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

 ちなみに、レーナ達は全く気にした様子がない。

 他の人間の視線なんかは興味ないみたいだ。


「ねぇ、旭お兄ちゃん。あそこ……すごい人だかりだけど……何やってるの?」


 レーナがとある人混みを見つけて俺に尋ねてきた。

 俺はレーナが指差している方へ視線を向ける。

 ……いや、マジで人混みがすごいな。

 イベントでもやっているのは……確実なんだが。


「……【遠見】」


 俺は小さな声で【遠見】を発動させた。

 この魔法なら発動させても問題はないだろう。

 ただ遠方を見るためだけの魔法なのだから。


「……えーっと……。どうやらお笑い芸人が来ているみたいだな。今はトークショーをやっているらしい」


「そっか……。それでこんなに混んでいたんだね。お兄ちゃん、別の道を探しましょう?こんなに広いのだから他にも道はあるんでしょ?」


 魔法で見た光景を5人に伝えると、リーアが別のルートで行こうと提案してきた。

 俺としてもあの人混みの中に突入するのは避けたかったので、リーアの意見に乗っかることにする。


 ……こんなに美少女と美女を連れて歩いていたらステージ上に呼び出されてしまう可能性もあるからな。

 今の時点で、かなりの人がレーナ達を見ようと囲んでいるんだけど。


「それなら3階に上がって、そこからパート先に向かうとしようか。ユミ、こっちにおいで。肩車してあげるから」


「はい、お兄様。少し恥ずかしいですが……こんなに人が多いと迷子になってしまいそうなので、よろしくお願いします」


 俺はユミを肩車して地上から避難させる。

 肩車をしたことでユミの柔らかな太ももの感触と、首に温かい何らかの感触が伝わってきた。


 ……っていうか、ユミ?

 こんなところで発情しないでくれよ?

 流石に娘に見えるようにしている中で、変なことはできないんだから。

 まぁ、ユミにまだそんなことはしないけどね。

 あと一年は先かなぁ……。


「旭お兄ちゃん!わたしは手を繋ぎたい!!」


「お兄ちゃん、ユミとレーナだけじゃなくて私も一緒に歩きたい!」


 ユミが肩車をされたのを見たレーナとリーアの2人は、羨ましい!と本音をダダ漏れにして俺の手を繋いできた。

 ルミアとソフィアはそんな様子を微笑ましく見ているが……俺から少しでも離れてなるものかと、体が触れそうな位置まで近づいてきている。


 レーナとリーアの手をつなぐことで肩車しているユミを支えることができなくなったが……ユミは器用にバランスをとっていた。

 俺の魔力がユミのステータスを強化しているからこそできる芸当なのだろう。

 その光景に周りが更にざわついたが……あえてスルーした。

 気にしてたら精神が擦り切れるからである。


 かなり混雑している店内を歩き、パート先のフードコートに辿り着いた。

 ……うん、GW中だからかなり混んでいるな……。

 席を探すのも一苦労しそうだ。


「旭さん、店内もすごい人でしたが……ここは更にすごいですねぇ……。どうやって席を確保しますか?」


「最悪立ち食いかなぁ……。とりあえず何を食べるか決めよう」


 ルミアの質問に俺は先に食べるものを決めようと提案する。

 食べるものが決まってないのに席取りをするのはマナー違反だからな。

 それだけは守らないといけない。


「そうですね……私はあのカレーが気になりますね。味を再現できれば料理のバリエーションが増えますから」


「わたしは……そうだなぁ。あ、あのハンバーガーがいい!」


「私はルミアさんと同じでカレーかなぁ」


[マスターと同じものを所望します。食べ物の好みについてはまだわからないので]


「では、ユミはうどんを食べてみたいです」


 うちの嫁達はそう口々に食べたいものをリクエストした。

 即座に食べたいものが決まるのは……すごいと思う。

 こういう時自身の優柔不断さが嫌になってくるね。


「じゃあ、俺はうどんにしようかな。順番に買いに行くから、他の皆は席取りを頼む。最初は……時間のかかりそうなカレーから行こうか」


「「「「[はーい]」」」」


 俺は役割分担を決めて、リーアとルミアを連れてカレー屋に向かった。

 異世界転移する前はステーキ屋だった気がするんだが……この世界ではカレー屋になっているらしい。


「こういう場所では準備ができたらブザーで教えてくれるんですね……。このシステムをアマリスでも活用すれば食事待ちもそんなに苦じゃなくなりそうです」


「いや、それはどうだろう……?時と場合にもよりそうな気がするけど……」


 ルミアの言葉に俺は苦笑いを浮かべた。

 あれはあれでトラブルが起こったりするものなのだ。

 一長一短というやつなのだろう。

 レーナ達の姿を探していると、なにやら周囲がざわついている。


「……なんだ?」


「あ、お兄ちゃん!ソフィアさんとレーナ達がナンパされてる!!」


「……なんだと!?」


 リーアの言葉を聞いて、俺は激しく後悔した。

 ……レーナ達はかなりの美人だ。

 ナンパされるなんて当然のことだろう……と。

 俺達3人は急いでレーナ達のところへ向かった。


「なぁ、お嬢ちゃん達。いいだろ?そっちの小さい子は別として……俺らは2人、君たちも2人。人数もちょうどいいし、これから楽しいことしない?」


[すみませんが、そういうことには興味ありません。うちの子も怖がっています。ナンパは他を当たってください]


「そんなこと言わないでさ〜。俺達と遊んだ方が楽しいと思うぜ?」


 レーナ達がいる場所ではチャラい男2人がレーナとソフィアをナンパしていた。

 ユミは流石に守備範囲外だったらしいが……。

 人の女をナンパするとは……ふざけた人間だ。


「……おい、俺の女に何の用だ」


「あぁ!?」


「なんだオメェ!!この子達は俺達とこれから楽しいことをするんだよ!邪魔すんな、おっさん!そっちの2人もこんなおっさんよりも俺達のほうがいいだろ!?」


 男達は俺の方を見てそんなことを叫び出した。

 ……それにしてもさ。

 こいつら今なんて言った……?

 おっさん……?俺がおっさん……?


「……あ。この男の人達……死んだかもね。が本気になったもの」


 レーナがポツリと呟いた。

 パパ呼びに戻っているが……多分無意識なのだろう。


「……パパ?どういうことd……ヒッ!?」


 男達は途端にガクガクと震え出した。

 ……俺が殺意を放っているからかな。

 俺は地獄のように低い声で男達に話しかける。


「……おい。もう一度言ってもらおうか……?誰が……おっさんだって?……殺すぞ」


「ご、ゴメンナサイィィィィ!!!」


 男達は涙目で慌てて立ち去っていく。

 ……ったく、泣くくらいなら人の女をナンパするんじゃねぇよ。

 俺は殺意を霧散させて、レーナ達に近づいていく。


「……大丈夫だったか?【聖域】を展開していなかった俺の不手際だ。ごめんな」


「大丈夫だよ、旭お兄ちゃん。ソフィアお姉ちゃんが牽制してくれていたから、わたし達はなんともないよ」


「そうか……それならいいんだが……」


 俺はそう言ってソフィアの頭を撫でた。

 今回のMVPはソフィアだからな。

 しっかり褒めてあげないと。


[あ、旭!褒めてもらえるのは嬉しいのですが、流石にこの場では恥ずかしいですッ!]


 照れてるソフィアもなかなかに新鮮だな。

 俺はそんなことを考えながら、他の子達のご飯を買いにいくのだった。

 もちろん、留守番組には全力の【聖断】を展開してある。

 周囲の人間の記憶も操作したから問題はないだろう。


 ▼


 フードコートでお昼ご飯を食べた後、俺達はショッピングモールでウインドウショッピングを楽しんでいた。


 何か買ってあげようと思ったのだが、そこまで欲しいものはないという。

 ……なんか気を遣わせているみたいで申し訳なくなってくるな。

 そんなことをしていたら時刻は14時30分になっていた。


「おっと。もうこんな時間か。皆、スーパーの方に戻るぞ。この世界の俺が異世界転移する前の俺と同じなら……もう食品レジに立っているはずだ」


 俺の言葉に盛り上がる嫁一同。


「ついにこの世界でのお兄ちゃんを見れるんだね!?」


「旭お兄ちゃんと同じ姿なのかなぁ……?それなら想像がしやすいんだけど……」


「レーナさん、恐らくは同じだと思いますよ。こちらの旭さんと間違えないようにしないといけませんね」


[それについては大丈夫でしょう。こちらの旭の方が何倍もかっこいいですから]


「ソフィアママの言う通りですね。こちらの世界のお兄様とは初対面なのですし、そんな不徳なことは起こらないでしょう」


 いや、本当に盛り上がっているな。

 俺は置いてけぼりを食らったような気分になったが、咳払いを1つして5人に告げる。


「ゴホン!とにかく、これからスーパーの方に戻るから俺のそばから離れないようにな」


「「「「[はーい]」」」」


 そうして俺達は再びスーパーに戻っていった。


 一応店内で何も買わないのはどうかと思ったので、食材を買い足しながらレジの様子を確認する。

 すると104と書かれたレジで接客している身長の高い男の従業員を見つけた。


「……ソフィア。もしかしてあれがこっちの世界の俺なのか?」


[えぇ、その通りです。名前は八神彰あきら。旭と同じ境遇に陥り、つい先月不起訴が確定したみたいです]


 ……そうか、あの事件は不起訴になったのか。

 ということは、もうしばらくしたら正社員に戻るために就職を開始するのだろう。

 俺はなぜか感慨深くなった。

 自分が異世界転移しなかった場合の未来を見ることができたからかもしれない。


「ソフィア……あの男と話がしたい。【空間遅延】と【認識阻害】を同時にかけることはできるか?」


[ふふ……そう言うと思っていましたよ。魔法の展開については私にお任せください]


 ソフィアに魔法を任せて俺達は八神がいるレジに近づいていく。

 俺は偽装かけているし、最初と最後しか顔を確認しないから問題はないだろう。


「いらっしゃいませー」


[対象が範囲内に入ったのを確認。【空間遅延】と【認識阻害】を発動島す]


 八神の接客の挨拶と同時にソフィアが魔法を展開する。

 これで外の時間に関係なく話ができるようになった。


「……ッ!これは……まさか!」


 八神は時間が遅くなった空間を見て驚愕したような声を上げている。

 ……この世界に魔法なんてなかったはずだよな?


「……【空間遅延】にそのヒロイン……。そうか、お前は別世界の俺なのか」


「まぁ、その通りなんだが……。なんでそんなに冷静でいられるんだ?普通ならもっと驚くはずだろう?」


 そう、八神はこんな状況なのにかなり落ち着いている。

 むしろ嬉しそうな表情を浮かべているのだ。

 俺にはそれが理解できない。


「いや、普通ならそうだろうさ。だけどさ……自分の作品のキャラがこうしてリアルで動いているのを見ると感動しちゃうんだよ。あぁ、今は俺以外の人間の時は遅くなっているんだろう?【偽装】を解いても大丈夫だぞ」


「……自分の作品?それに【偽装】のことまで知っている……?詳しく話を聞かせてくれないか」


 俺は八神のセリフに疑問符を浮かべながら、嫁達の【偽装】を解除した。

 後で【空間遅延】を解除する前にもう一度【偽装】をかければ問題ないだろう。


 ちなみに八神が説明したのは以下の通りだ。


 ・八神は12月からウェブ小説を執筆している。


 ・その作品の主人公の名前は響谷旭で、今俺が連れている嫁を仲間にする異世界転移の無双系小説らしい。


 ・八神曰く、他の人から更新速度がおかしいと言われる


「……なるほどな。通りで後輩君がレーナ達を知っていたはずだ」


 八神の話を聞いた俺は、後輩君に会った時の違和感の正体を把握した。

 俺と同じヒロインを連れた小説があるのなら、そう思うのは当然のことだろう。


「……まさか、パラレルワールドが実在するとは思えなかったけどな。レーナもリーアも俺がイメージした通りで安心したよ」


 八神はそう言って優しい視線をレーナとリーアに向けた。

 彼が書いている小説と俺が経験してきたことが一致しているのであれば……2人の背景もわかるのだろう。


「「え、えへへ……」」


 八神から父親のような視線を受けたレーナとリーアの2人は、恥ずかしくてうまく言葉が出てこないようだ。


「……アマリスから来た俺に言っておくぞ?お前にとっても大事な存在だとは思うが……。ここにはお前と同じくらいにレーナ達を想っている人間がいる。…………幸せにしなかったら、無理矢理にでも怒鳴りに行くから覚悟しておけよ」


 八神は真剣な表情をして俺の胸に拳を置いた。

 ……言われなくてもわかっているさ。

 俺が愛した女達は必ず俺が守る。


「……大丈夫だ。お前はこっちの世界で俺の分も生きてくれ。裁判が不起訴で終わったと聞いた時……かなり安心したからな」


 俺はそう言って八神がしたように拳を八神の胸に置いた。

 ややあって俺達は自然に笑い始めた。

 もはや言葉は必要ない。

 俺と八神の心は繋がった……そう言っても過言ではない。


「……さてと、商品も流し終わったし、そろそろ会計させてもらおうかな。この後も夜まで仕事なんでね」


「あぁ、よーくわかっているさ。今日はありがとうな。八神、お前に会えてよかったよ」


「それはこちらも同じだ、響谷。お互いこれからも頑張ろうぜ」


「……おぅ!」


 ガシッと俺と八神は力強く握手を交わした。


 その後、【空間遅延】を解除した俺達は会計を終わらせ、アマリスに戻った。

 ……そう言えば、なんか静かだな?


 アマリスの家に転移した後、レーナ達が一言も喋っていなかったので様子を見ようと振り向いた。


「「「「[尊い…………っ!!]」」」」


 レーナ達5人はなにやら静かに泣いていた。

 ……うちの嫁達はBLもいける口だったらしい。

 俺は苦笑を浮かべながらも、コンビニで買った高カロリーのデザートを準備するのだった。

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