第86話 特別編-平成の終わりと令和の始まり-中編

 さまざまな準備を終え、旅行当日となった4/30の朝10時。

 居間に集まった俺達6人は旅行の最終確認をしていた。


「では、いまから日本旅行についての日程を確認します。説明は……ソフィア、頼んだ」


[はい、マスター。まず【偽装】をかけた後、旭が住んでいた神奈川県某所に転移します。ちなみに今回は旭がこのアマリスに転移しなかった世界に転移しますので、旭も【偽装】を使います。……はい、レーナさん]


 ソフィアが説明をしている途中でレーナが挙手をしたので、ソフィアはレーナを指名する。

 レーナはなぜかコホンと咳払いをして椅子から立ち上がった。


「ソフィアお姉ちゃん。【偽装】を使うのはいつも通りだからわかるんだけど……。なんで今回はパパがこっちに転移してこなかった場合の世界に行くの?」


[今回は魔法で金貨を日本円に錬金して、足がつかないようにするためですね……。本当の目的は旭がこちらの世界にこなかった場合、どうやって生きているのか知りたかったからです。ちなみに今回転移する予定の日本では旭は別の名前で暮らしています。旭の名前を呼んでもバレることはないので大丈夫ですよ]


「いや、そっちの目的は今初めて聞いたんだが!?」


 レーナの質問は至極もっともだったのだが……まさかそんな理由が隠されていたとは!

 ……よくよく考えれば、俺が偽札を使ったとしても元いた世界には存在しないのだから問題ないよな……。

 どうやらもう1つの世界の俺は響谷旭という名前ではないようだし……。

 そして、ソフィアの言葉にうんうんと真剣に頷いているユミを除いたヒロイン達。

 そこまでしてもう1人の俺をみたいのか……。


[それではなぜ行くのかもわかってもらえたと思うので……転移の準備を始めるとしましょうか。【偽装】をかけるので、ユミ以外は私のところに集まってください]


「……?ねぇ、ソフィアおねえちゃん。ユミはどうすればいいの?」


 ユミは自分以外が呼ばれたことに疑問を覚えているようだ。

 そんなユミの頭をソフィアは優しく撫でる。


[ユミには【神威解放】をしてもらいます。その後に【偽装】で髪色を変えたほうが、何かと都合がいいのです]


「うーん……。わかった!にぃにに魔法をかけてもらってくる!!」


 そう言ってユミは俺の方へ駆け寄ってきた。

 はいはい、わかっていたとも。

 ソフィアが何を考えているのかも全てわかりましたよ。

 そんなことを考えながら、最後の準備に取り掛かった。


 ▼


 転移の準備が済んだ俺達は、カジュアルな服装に着替えて玄関先に集合した。


「それじゃあ、転移を開始しようか。……と言っても、今回使うのは【境界転移】じゃないんだよな?」


[えぇ。今回は別次元の日本に転移するので、使用するのは【次元転移】となります]


 俺の質問に【偽装】で黒髪になったソフィアが答えてくれた。

 それにしても【次元転移】か……。

 名前のまんまだな。


「ソフィアお姉様、私は向こうの世界でお兄様をどのように呼べばいいですか?」


 俺の魔力で【神威解放】したユミがソフィアに尋ねている。

 今のユミは4歳くらいの見た目になっているが……髪色は灰色だ。

 ぱっと見は【神威解放】前と見分けがつかない。


[そうですね……。旭と私のことはパパ、ママと呼んでください。そう呼べば普通の家族にしか見られないでしょう。レーナ達は前回と同じ呼び方でお願いします]


「まさか……ちゃっかりパパの奥さんになっているなんて……。まぁ、仕方のないことかもしれないけど……。パパ!ソフィアお姉ちゃんばっかりかまってたらダメだからね!?」


「お兄ちゃん、今回はソフィアさんに譲るけど……みんな等しく愛してくれないと……嫉妬しちゃうからね?」


 ソフィアの言葉を聞いて、【狂愛】を発動させたレーナとリーアが俺の両腕に抱きついてきた。

 今の二人は【偽装】の効果で身長が伸びている。

 いつもとは違う場所に柔らかい体が触れるので、柄にもなくドキドキしてしまう。


「お二人とも、落ち着いてください。旭さんがそんな酷いことをするはずがないでしょう?向こうで美味しいものとかプレゼントとかしてくれるはずです。……期待してもいいんですよね……?」


 レーナとリーアを見たルミアは苦笑しながら二人の頭を撫でていた。

 だが……さりげなく向こうでのハードルを上げないでくれ……。

 なるべく喜んでもらえそうなものを買うつもりではいるが……もともと買い物しない人間なんだよ、俺は……。


「さ、さて!準備もできたことだし、日本に転移しようじゃないか!!」


 俺は自分がこれ以上不利になるのを避けるために、強引に話題を変えることにした。

 周りからの優しい視線が気になるが……今は気にしたら負けだと思う!!


「ソフィア、座標軸は向こうの世界で住んでいたマンションの階段に固定できるか?」


[えぇ、座標軸の固定に関しては制限はないので問題はないです。……座標軸の固定を開始します…………固定が完了しました。いつでも転移可能です]


「よし、それじゃあ楽しいデートにしようじゃないか。……目標はもう1つの可能性の日本だ……【次元転移】!」


 俺が魔法を発動した途端、今までの転移とは比較できないほどの強力な光が俺たちを包み込んだ。

 さて……異世界転移しなかった俺はどんな生活をしているのか……少し楽しみだな。


 ▼


「……ここが……旭お兄様が暮らしていた世界……なんですね……」


 日本に転移して早々ユミが感嘆の息をもらした。

 今いるのは俺が異世界転移前に住んでいた仮住まいの入り口だ。


「じゃあ、早速着いたことだし……。どこから行こうか」


「じゃあじゃあ、ぱ……違った。お兄ちゃんが働いていたっていうバイト先のコンビニに行ってみたい!!」


「いい意見だね、レーナ!お兄ちゃんが働いていた場所を見学するのは決定事項だけど、一番最初からそこに目をつけるなんて!」


 俺がどこに向かうか悩んでいると、レーナが元気よく手を挙げて行き先をリクエストしてきた。

 レーナの発言にリーアが便乗して、二人してきゃいきゃいと盛り上がっている。


「いや、バイト先のコンビニに行くのはいいんだけどさ……初っ端からそこって楽しいのか?」


「「「 [当たり前じゃない!!」」ですか!!]」


「お、おぅ……。わかった。」


「ふふふ……。皆さん、よっぽど旭パパのことを好きなんですね」


 コンビニよりもいいところもあるんだし、さりげなく違うところに案内しようと思ったんだが……。

 あんなに楽しそうにしているなら……まぁ、いいか。

 そんなレーナ達をみたユミは微笑ましそうにしている。

 ……関係ないけど、レーナのお兄ちゃん呼びとユミのパパ呼びは……違和感を覚えるな……。

 ちゃんと聞いていないと間違えてしまいそうだ。


 ちなみにバイト先のコンビニに行くにあたって注意すべきは時間帯だ。

 今の時間帯だと日勤の人達だけだし、今の俺は【偽装】をかけているから問題はないだろう。

 俺はそう結論して、未だにキャイキャイ騒いでいる嫁達に声をかける。


「じゃあ、最初は俺のバイト先に行くとしようか。場所はここから徒歩で15分程度。今回は目立つ転移は使えないから、歩くのが辛くなったら言うようにね」


「「「「[はーい]」」」」


 俺の言葉に元気に返事を返してくるレーナ達。

 日本はここがすごい、逆にここはアマリスの方が優れている……。

 そんな他愛のない話をしながら、バイト先までの道のりをのんびり歩き始めた。

 コンビニまでの道のりは車通りが少ない場所だから、ある程度は安心して歩くことができる。

 ……まぁ、念のために強化した【聖域】を展開してあるけどね。


 アパートから徒歩で15分歩いた後……。

 俺達は無事、コンビニ近くまでやってきた。

 ちょうどピーク前だったらしく、店内はそこまで混雑していない。


「旭お兄ちゃん!!たくさんの商品があるよ!?」


「レーナ、少し落ち着きなさいな。お兄ちゃん、アイスもたくさん扱っているんだね。この機械も電気だけで動いてるんだ……。アマリスよりも科学技術が発達しているんだね」


「旭パパ、かなり種類が豊富なのですが……日本ではこんなに沢山の商品を売っているのですか?」


 店内に入ったレーナとリーア、ユミは水を得た魚のようにいろんな商品を見て回っている。

 リーアはどちらかというと日本の科学技術に驚いているみたいだが……。


「…………まさかあの人たちは……!」


 ちなみに俺はというと、1人の店員にロックオンされていた。

 いや、まぁ……後輩君なんだけど。

 その後輩君はレーナやリーア、ルミアを見て驚愕した表情を浮かべている。

 ……【偽装】はかけてあるから、俺だと気づくことはないと思うんだが……どういうことなんだ?


「ねぇ、旭お兄ちゃん!!わたし、これが欲しい!!」


「旭パパ、レーナお姉様と同じこの商品を食べてみたいんですけど……!」


 そんなことを考えていると、レーナとリーアが1つの商品を持ってきた。

 なになに……〈ありがとう平成、祝令和!記念プリンアラモード〉……?

 これ摂取カロリーがめちゃくちゃ高い上に結構なお値段のやつじゃないか!!

 レーナとリーアは朝っぱらからこんなものを食べたいというのか……?


 ち、ちなみに摂取カロリーは……?…………1126kcal!?

 成人男性の1日の摂取カロリーのほとんどじゃないか!!

 ……絶対に胃もたれしそう……。


「流石に今すぐ食べるわけじゃないよ!?……旭お兄ちゃんの【無限収納】に入れておけば向こうに帰ってからも食べられるかなって……」


 レーナは俺の表情を見て何かを悟ったのか、慌てて補足の説明をしてきた。

 最後の方は周りに聞こえないように小声で話していたが。

 しっかり周囲に配慮ができるいい子である。


「まぁ、収納する分には問題ないが……。本当にそれを食べるのか?1人で?」


「もちろんだよ!!甘いものは別腹って言うし……。それに……他の人達も同じ商品持っているよ?」


 俺はレーナの言葉を聞いて、ユミ以外のメンバーの方を見た。

 リーアはレーナとユミの2人と同じプリンアラモード。

 ルミアとソフィアは同じ大きさのチョコケーキを手に持っていた。


 いや、チョコケーキの方はプリンアラモードよりもカロリー高かったはずだよな……?

 本当に1人1個食べるつもりなのだろうか……。

 冷蔵ケースを見ると、同商品の在庫はすべてなくなっていた。


「……まぁ、せっかくの旅行だしな。食べたいものを食べるのが一番か。購入しに行くから、全員ついてきてくれ」


「「「「[はーい]」」」」


 俺はレーナ達を連れてレジに並ぶ。

 ちなみに俺達のレジを担当したのは、なんの偶然か後輩君だった。


「……ッ!?い、いらっしゃいませ〜!」


 後輩君は一瞬体をビクッと震わせながらも、元気よく対応してきた。

 俺は疑問に思いつつも、レーナ達が持ってきた商品をカウンターに置いていく。


「後ハッシュポテトを4つと、アメリカンドッグを2本ください」


「ハッシュポテトの温めはどうしますか?」


「あー……、じゃあお願いします。アメリカンドッグはマスタードなしで」


 最初の反応以外は普通にレジ操作が進んでいく。

 俺の気のせいだったのかもしれないな。


「それでは……6500円のお買い上げになります」


 ……一瞬そんなに買ったか!?と思ったが、例のプリンアラモードが1個約1,000円だった。

 転移して早々こんなに失うとは……女子の食欲おそるべしである。


「じゃあ、1万円でお願いします」


「ありがとうございました〜」


 俺は後輩君から俺は袋詰めされた商品をレーナ達に渡して、コンビニから出ようとする。


「あ、待ってください!」


 出ようとしたところを後輩君に引き止められた。

 ……なんだ?もしかしてばれたか……!?

 後輩君は俺に近づいてきて、こっそり耳打ちしてきた。


「姿は変わってますけど……八神さんですよね?まさか自作ヒロインのレイヤーさんを連れてくるなんてびっくりしましたよ!!事前に言ってくれればアイツにも見せてあげられたのに……。これで作品を読むときのイメージがより捗ります!!これからも応援していますから!!!」


「あ、あぁ……ありがとう……?み、皆を待たせてるし、仕事に戻ったほうがいいぞ」


「それもそうっすね。じゃあ、お気をつけて!!」


 後輩君はそう言うと仕事に戻っていった。

 俺はコンビニの外に出て、レーナ達が買ったデザートをバッグに入れるふりをして【無限収納】に収めていく。


 ……それにしても気になるワードがいくつかあったな。

 後輩君の最後の言葉は色々と考えさせるものがあった。


 ・俺に似た八神という名前の人物。


 ・なぜかレーナ達の姿を知っていた。(ユミは知らないようだったが)


 ・自作ヒロインという謎ワード。


 ……今回の転移は俺の知っている世界とはだいぶ違うのかもしれない……。

 そう思わずにはいられない俺なのだった。

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