第78話 幕間の物語-女神と伊吹姫の出会い-

ーーーー[第三者視点]ーーーー

 それはある日のことだった。


「…………あー。私もついに中学校卒業か〜……。なんか早かったなぁ」


 1人の少女が不意にそんなことを呟く。

 その少女の名は篠田伊吹姫。

 響谷旭がアマリスへ異世界転移する前に付き合っていた女の子である。


 そんな伊吹姫は学校からの帰り道なのだろうか?

 周りに友人の姿はなく、1人で帰宅しているようであった。

 しかし彼女は1人で帰宅していることを気にしている様子はない。


「あの事件からいろんなことを言われたし……嫌なことも色々とあったけど……先生の最後の言葉には感動したなぁ。……慰謝料を取れなかったのは悔しいけど。いきなり行方不明って何よ。意味がわからないっての」


 伊吹姫は感慨深げにそう呟いたかと思ったら、いきなり憤慨し始めた。

 響谷旭が行方不明になったせいで、慰謝料を踏んだくれないのがとても悔しかったらしい。

 その本人は異世界転移して第二の人生を歩み始めているのだが……。

 伊吹姫はアニメや小説などに全く興味がないため、その考えには至らないようだ。


 そんなことを考えていた伊吹姫の視界が一転する。

 周りの風景が一瞬で光に覆われた。

 あまりの眩しさに伊吹姫は目を閉じてしまう。


「……なに!?何が起こっているの!?……光が弱くなってきた……?」


 まぶたの裏に感じていた強烈な光が弱くなっていくのを感じた伊吹姫は、おそるおそると言った感じで目を開けていく。


「……なにこれ……。日本……じゃないよね?どちらかというと……神殿……?みたいな感じ……?」


 伊吹姫の視界に飛び込んできたのは金色の神殿だった。

 形はパルテノン神殿に似ているが……中学を卒業したばかりの伊吹姫がそのことを知る由もない。


「はろはろ〜。篠田伊吹姫ちゃんだね?」


「え……?」


 そんな伊吹姫の耳にやけに親しげに話しかけてくる声が聞こえてきた。

 声の方をする方を見ると、やけに美人な女性がこちらに手を振っている。

 顔は美人だが……とある部分は残念な感じだ。

 中学生の自分の方が勝っているな……というのが伊吹姫が最初に抱いたイメージだった。


「……あなたは一体誰なの?」


 伊吹姫は警戒するように女性に話しかける。

 そんな伊吹姫の様子を見た女性はたははと笑いながら、伊吹姫に近づいてきた。


「まぁまぁ、そんなに警戒しないで?私は貴女の敵じゃないからさ」


「敵じゃない……ってどういうこと?それにこの場所は何?」


 見知らぬ人に敵じゃないと言われてもすぐに信じることができないのが人間だ。

 伊吹姫は今までの家庭環境のこともあり、警戒したまま自分が今いる場所について女性に尋ねる。

 女性は警戒心を解いて貰えていないことを若干悲しみながらも、伊吹姫が現在置かれている状況を説明し始めた。


「敵じゃないことはこれから証明するよ。それよりも……この場所についてだったね。ここは〈アマリス〉の管理空間で、私はその世界を管理している女神です。そちらの世界でいうと……神界が一番近いかな?……篠田伊吹姫ちゃん。貴女は厳選なる審査の結果、見事こちらの世界に転移する権利を獲得しました!おめでとう!」


 女神と名乗った女性はそう言って伊吹姫に拍手を送るが……当の本人はぽかーんとした表情を浮かべている。

 どうやら女性が言っている意味が理解できないらしい。

 情報が一度に入ってきて頭がパンクしているだけなのかもしれないが。


「……えっと、伊吹姫ちゃん?異世界転移〜だとか異世界転生〜だとか聞いたことない?」


「……なにそれ?」


「……まじかぁ……。そこから説明しないといけない感じかぁ……」


 伊吹姫は女神に対して率直に疑問を投げかける。

 アニメやライトノベルに興味を持ってこなかった彼女は、異世界転移と言われても意味が理解できなかった。

 一から説明しないといけないことを理解した女神は、よしっと呟くと伊吹姫に説明し始めた。


「じゃあ、伊吹姫ちゃんのためにこの女神様が簡単に説明してあげよう!まず……異世界転生について。異世界転生は地球で死んでしまった人が別の世界の人間として生まれ変わることを指します。多くの場合は地球で生きていた時の知識を持ったまま転生されるね。で、その知識を使って法律やら技術やらを発展させていくことが多いかな」


「生きていた時の知識を持ったまま……ね。前世の記憶があるみたいなもの?」


「うんうん、そんな感じ。それで……異世界転移について。これは伊吹姫ちゃんが今置かれている状況だね。地球で生きている人もしくは地球で死んだ人が、姿はそのままに違う世界に飛ばされる……まぁ、言葉のまんまなんだけど。転移する前に私みたいに神に会って強い力をもらって無双するのが多いよ。伊吹姫ちゃんが以前に付き合っていた響谷旭君もアマリスに異世界転移されています。……あの子は伊吹姫ちゃんとは違うケースなんだけどね」


「……あーたんが異世界転移!?それ本当なの!?」


 それまで大人しく話を聞いていた伊吹姫だったが、響谷旭の名前が出た途端に女神へ詰め寄った。

 女神がなぜ旭の事を知っているのかという疑問は感じていないようだ。


「……グッ?!お、落ち着いて……!く、首!首絞まってるから……ッ!」


 胸倉を掴まれた女神は苦しそうに伊吹姫の背中を叩く。

 自分が勢い余って胸倉を掴んでいたことに気がついた伊吹姫は慌てて女神を解放した。


「……ゲホッゲホッ……。仮にも女神様の胸倉をいきなり掴んでくるとは思わなかったよ……。と、とにかく、異世界転移と異世界転生についてはわかった?」


「……正直信じがたいけど……事実なんだよね。うん、大丈夫」


「……最近の若い娘は謝ることもしないのね……。まぁ、いいや。伊吹姫ちゃんは旭君に並々ならぬ想いを感じているようだね……。それじゃあ、そんな伊吹姫ちゃんにはチートスキルをあげようじゃないか!」


 女神は伊吹姫が謝罪しなかったことについて思うところがあったようだが……流すことに決めたようだ。

 旭の面白い反応を見るためなら手段は問わないらしい。


「チートスキル?それってさっき言ってた強い力をもらって無双できるってこと?」


「大雑把に言うとそうだね。伊吹姫ちゃんも色々と大変だったみたいだし、私にできる範囲であれば好きなスキルをあげるよ?」


「好きな……スキル……」


 女神の言葉を聞いた伊吹姫は腕を組んで考え始める。

 正直スキルがなんなのかはわからない。

 ……が、それを使えば旭に一矢報いることができるかもしれない。

 伊吹姫は思考の速度を上げていく。

 そして……1つの答えにたどり着いた。


「……じゃあ、他人を私の自由に操れる能力が欲しい。心も体も私に逆らうことができなくなるような……そんなスキルが欲しい」


 そう答える伊吹姫の瞳の奥は激しい怒りの炎で燃えていた。

 それほどまでに旭に対する怒りが強いと言うことなのだろう。

 女神はその様子を若干怯えながら見ていたが……返事を待っているのを見て慌てて言葉を返す。


「あ、あぁ!人を操る系のスキルが欲しいんだね!?じゃあ……【催眠】と【傀儡】のスキルはどうかなぁ?この2つなら伊吹姫ちゃんの希望に沿うことができると思うけど……」


「【催眠】と【傀儡】……ね。その2つのスキルなら……どんな相手でも私の思うがまま……!ふふふ……」


 女神の言葉を聞いた伊吹姫は静かにそう笑い始めた。

 静かに笑うその様子は狂気に満ちている。

 その狂気は旭のヒロイン達が発する【狂愛】と類似していた。


「…………ブルブル」


 女神は旭の嫁である【叡智のサポート】のソフィアから脅されたことを思い出して、ビクビクしていた。

 今は自分に向いていないその狂気の矛先が自分になったらヤバい……そう考える女神。

 そして、両手をパンと叩き……。


「……はい、これで伊吹姫ちゃんは【催眠】と【傀儡】のスキルを使えるようになったよ!それじゃあ、第2の人生を思う存分に楽しんできてね!……Good Luck!!」


「え……?ちょ、ちょっと待って!?まだ使い方とか何も聞いていないんだけど!?」


「大丈夫大丈夫!すぐに使えるようにしてあるから!じゃあ、頑張ってね!!……そして面白い反応を私に見せてちょうだいな」


 体が光り始めた伊吹姫は慌てて女神に問い詰めようとするが、体が思うように動かない。

 転移の準備段階に入り、身体の軸が固定されているのが原因だった。

 女神は最後に小さく本音を漏らしたが、伊吹姫には聞こえていなかったようだ。


「……また光が強くなってきた!あーたんを傀儡化させたら次はあなたの番だからね!」


 伊吹姫はそう捨て台詞を吐いて、アマリスに転移されていった。

 それを見届けた女神の顔には焦りの表情が浮かんでいる。


「……やっぱり最近の若い娘は何考えてるのか分からないから怖いわぁ……。さてと、旭君がどんな反応をするかモニタリングしようかな〜」


 女神は焦りの表情から一転笑顔になるとお茶の準備をし始めた。

 伊吹姫が転移した場所から野太い手が出てきていることに気づかないまま……。


 ▼


「……なんで転移ってこんなに眩しいわけ……?……ん?何か聞こえてきたような……」


 伊吹姫があまりの眩しさに目を閉じていると、周りから人の叫び声が聞こえてきた。

 何やら聞いたことがあるような声だなぁと伊吹姫は考える。


「ハーデス!ハッキングを開始しろ!目を閉じている今がチャンスだ!ソフィアは俺と一緒に送り返す準備に入れ!」


『ご主人、了解した!ハッキングはすぐに完了する!』


[旭、私はいつでもいけます!……伊吹姫に【催眠】と【傀儡】のスキルがあるのを確認。ハーデス、そのスキルも使えないようにしておきなさい!]


『Yes,Ma'am!』


「……ん?旭……!?」


 聞き慣れた名前が聞こえた伊吹姫はカッと目を見開いた。

 そこには行方不明となっていた旭が、金髪と銀髪の幼女に抱きつかれ、斜め後ろに猫耳の生えたメイドさんを侍らせていた。


「あーたん!そんな小さな子供を侍らせて!……絶対に慰謝料を払わせてやる……!【催眠】のスキルを使用……って使えないじゃない!使えるようにしてくれたんじゃないの!?」


 旭が幼女に抱きつかれているのを見た伊吹姫は激昂した。

 早速女神からもらったスキルを使おうとしたが……使うことはできなかった。

 正確にいうとハーデスのハッキングが間一髪で間に合ったからなのだが。

 そんな伊吹姫を見た旭は冷たくこう宣言した。


「……久しぶりに会って第一声がそれか……。あのまま付き合っていなくてよかったよ。それとな、この2人は俺の嫁だ。人の嫁のことを悪く言うのは……人間としてどうかと思うぞ?」


「いや……あーちゃん。幼女2人に抱きつかれているのを見て、ああいう反応をするのは……至極当然だと思うよ?」


 近くで丹奈がそう旭に突っ込むが、旭は無視している。

 まるでビッチの話は聞きたくないという感じだ。


「嫁!?ついに頭がおかしくなったの!?……1発入れたいのに体が動かない!」


 伊吹姫はいつの間にか見えない鎖で拘束されていた。

 ルミアと旭が共同で使用した【空間固定】の効果である。

 そんなことをしている間にも、旭達の準備は刻一刻と進んでいく。

 そして、遂にその時がやってきた。


[旭!準備が全て整いました!]


 ソフィアの言葉を受けた旭は、レーナとリーアの頭を撫でながら伊吹姫に告げる。


「……じゃあな。お前が生きるのはこの世界じゃなくて向こうの世界……地球だ。俺のことは完全に忘れて日々を送ってくれや。……【対象記憶消去】を転移後に発動するように調整。そして【紅き鎧】を発動。……ソフィア、力を貸してくれ」


[Yes,My Master。私はいつまでも貴方の側に。……マスターのスキルの同調を開始……完了しました]


 旭は若干悲しそうに伊吹姫を一瞬見て……魔法を発動させた。

 旭とソフィアの身体が真っ赤に染まる。

 伊吹姫はその光景に口を開くことができない。


「[……【境界転移】!!]」


 転移魔法が発動し、伊吹姫はまた転移の光に包まれていった。


「……ここは……あれ?私、今まで何をしていたんだっけ?……なんか人に会ったような気がしたんだけど……。……ってもうこんな時間!?やばい、ママに怒られる!」


 地球に戻ってきた伊吹姫は何か大事なことを忘れているような気がして、必死に思い出そうとしていた。

 しかし、公園にあった時計を見て慌てて家に向かって走り始める。

 旭がかけた【対象記憶消去】がしっかり発動したらしい。

 何を忘れていたのかすら忘れた伊吹姫は急いで家に帰宅するのであった。


 ……一方、その頃の女神は……。


 ーーーーゴゴゴゴゴゴ。


「……えっと……。なんで私はこっちの世界に引きずり出されたのかなぁ?……旭君はなんでそんなに怒ってるの……?……グスッ」


 ゼウスに旭の目の前まで連行された女神。

 夜叉の如き表情となっている旭に睨まれて、泣きながらそんなことを呟いているのだった。

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