幼女エルフと始める異世界生活

朝倉翔

第1章

プロローグ

―第三者視点―



鳥のさえずる声が聞こえてくる穏やかな街の中、噴水に座りこんでいる青年がポツリと呟いた。


「どうしてこうなった……」


その青年は身長180cmを超えており、黒髪でスーツを着用している。

その呟きに誰かが答えることはなく、周囲の人間は慌ただしく動き回っている。


青年の名は[響谷ひびやあさひ]。

26歳でスーパーのパートとコンビニのバイトのダブルワークをしているフリーターである。

1年前までは病院で働いていたが、彼女に裏切られて児童売春の疑いをかけられ、事態が動くのを待ちながら生活をしているはずだった。


「確か……俺はパートが終わって帰宅していたはずだよな……」


彼は夜22時から翌日朝6時までバイトした後、14時から閉店の22時までパートをしていた。季節は冬だったと思われる。スーツの上からコートを羽織っていることからもそのことが伺えるだろう。しかし、今いる場所は日が高く昇っている上に春の暖かさを感じるくらいに気温が高い。

所持していたスマホを見ても表示されているのは昼の13時。そのこともあり、響谷は何が何だかわからないとばかりに混乱していた。


「これってまさか、ラノベとかでよく見る異世界転移ってやつなのか……?それにしては神様とかに会わなかったが……」


そう、響谷は神と呼ばれる存在には遭遇していない。画面がいきなり変わるかの如く、いつのまにか異世界に転移していたのである。

異世界転移をしたのだと考えた響谷は現状を理解するために周囲の観察を始めた。


「ふむ……。中世風の異世界かと思っていたけど、現代の日本みたいな感じだな。……でも、車とかは走行していない……と」


科学が発達している世界なのは間違いなさそうだが、車が走っていない事実に響谷は頭を傾げる。


「……ん?あれはなんだろう?」


響谷は視線に移ったあるものに興味を示した。

それは家電量販店と思われる場所にあった。

見た感じドライヤーの様に見えるが、コンセントは付いていなかった。

響谷は近くにいた店員に話しかけようとして、思いとどまる。


「あ……、俺この世界の言葉とか話せないじゃん。こういう時、異世界転移物では言語理解が標準スキルであるはずだけど……」


そんなことをブツブツと呟いていたら見兼ねた店員が響谷の近くにやってきた。


「お客様?難しい顔をされていますが、お気に召した商品でもありましたか?」


店員から聞こえた言葉は、日本語として響谷の耳に届いた。

どうやら異世界定番のスキルは響谷にも備わっていたらしい。


「あ、すみません。このドライヤー?にコンセントが無いのが気になりまして。どういった仕組みなのですか?」


響谷の言葉に店員は少し訝しげな表情をしたが、営業スマイルで商品の説明を始める。


「ドライヤーで合っておりますよ。こんせんとというのがどの様なものかはわかりませんが、これは魔力を使って使用するのです」


魔力!!

現代日本ではまずありえなかった魔力という言葉に、響谷は前のめりになる。


「この世界には魔力……つまり魔法があるのですか!!?」


響谷の強い勢いに押されながら、店員は苦笑いをして答える。


「なるほど。貴方は【転移者】でしたか。はい、仰る通りこの世界には魔法があります。魔力は全ての人間に宿っていますが、魔法は適正がなければ使用することはできません。適正の無い人々はこの魔道具を使用して生活をしています」


「適正……?じゃあ、私が使えるかは分からないのですか?」


魔法が使えるのと使えないのとでは、モチベーションの維持にも関わってくると判断した響谷。

営業に来ていると思われる店員にその様なことを訪ねる。

図々しいにも程がある。

しかし、店員はそれを気にすることなく響谷に説明する。


「適正を確認するためには【ステータス】と唱えれば見ることができますよ。適正があればスキル欄に表示されるはずです」


響谷は説明を受けて早速確認しようと、大声で言葉を連ねる。


「【ステータス】!!!」


「いや……、そこまで強く言わなくても……」


店員が周りを気にするかの様に言うが、響谷には届いていない。

そんな響谷のステータスは次の通りだ。


―――

Lv.1


種族:人間(♂)


HP 1000

MP 99999

攻撃 650

防御 500

魔攻 6500

魔防 5000

敏捷 500


スキル

無限収納インベントリ

【成長促進(Lv.X)】

【言語理解】

【全魔法適正】

【詠唱省略】

【色魔】

【強運】

―――


「平均値はわからないけど、魔法関係チートじゃね……?全魔法適正なんてのもあるし」


響谷は色々と言いたいことのあるスキルを棚に上げて、ボソリと呟いた。

ちなみに、この世界の平均値は150である。

そんな中、響谷のステータスはまさにチートだった。

しかも、成長促進とあるためさらに能力が向上するのである。

それは将来化け物級になることを示唆しているが、今の響谷はそのことについて気が付かなかった。

全魔法適正の文字があまりに魅力的だったからである。


「全魔法適正!?そんなことがあるなんて……」


普通は1つか2つ適正があればいい方なので、店員は驚愕に目を見開いている。

そしてすぐ利益になると判断し、営業スマイルのまま響谷に話しかける。


「流石は転移者様ですね。全魔法適正があるとは!私、生まれて初めてその様な方を見ましたよ!もしよかったら今後とも贔屓して頂けませんか?」


響谷としても情報を教えてくれたこの店員さんにはお礼がしたいと考えており、迷うことなくその申し出を受け入れた。


「ありがとうございます!また御用があれば何なりとお申し付けください!それではまた!」


「こちらこそ。ご親切にありがとうございました」


店員はそう告げると、初めに聞いたドライヤーのことなど忘れてしまったかのように、妙に嬉しそうな足取りで仕事に戻っていった。


響谷はこれ以上ここにいても仕方ないと家電量販店を後にした。


家電量販店を出た後、街を歩いていると、路地裏から女の子の悲鳴が聞こえてきた。

急いでその場所に向かうと、そこには5人のゴロツキが1人の幼いエルフの女の子を無理やり連れ去ろうとしているのが見えた。

女の子の首には首輪の様な物が付いている。


「おい、幼い女の子に乱暴してどうするつもりだ」


「あ!?んなもん、奴隷として拉致して俺たちの慰みモノにするにきまってんだろ!!テメェに邪魔される筋合いはねぇよ!」


「大体、テメェ1人で俺たち5人に何ができるってんだ、あぁ!?」


「正義ごっこがしたいなら大人しくお家に帰りな!」


「お家に帰ればママが慰めてくれまちゅよー?ギャハハハ」


ゴロツキが5人に対して、響谷は1人。

数で有利であり、こんなヒョロイ男に何かできるわけがないと思っているゴロツキ達は響谷を煽る様な言葉を投げかける。

そんな中、響谷は囚われている幼女エルフを見つめていた。

幼女エルフもその視線に気がついた様で、必死に口を動かす。

顔を殴られており、うまく発音できないみたいだが、響谷はその想いを確かに確認した。


「お……願い……たす……けて……」


「任せろ。俺がなんとかしてやる」


響谷はそう呟いた後、ゴロツキ達に視線を向ける。

まさか抵抗するとは思わなかったゴロツキ達はニヤケ顔のまま武器に手をかける。


「貴様に何ができる?1人寂しくズタボロになってくたばり………グハッ!!!?」


ゴロツキの言葉が途中で止まり、地面に叩きつけられる。響谷は一歩も動いていない。

それもそのはず。響谷は重力魔法を使用し、ゴロツキ達を地面に縫い付けていたのだから。

詠唱を必要とする魔法を詠唱なしで発動できるのは、詠唱省略のスキルの効果である。


「て……テメェ!何をしやがった!!」


「何って……重力魔法で潰されねぇかなって考えただけだが?」


「無詠唱で魔法を発動だと!!?」


ゴロツキ達は驚愕のあまり、身体を震わせる。

魔法適正があることにも驚いたが、それを詠唱なしで発動させたことに恐怖したのである。

そんなことは知るはずがない響谷はゴロツキ達に提案をする。


「生きて帰りたければその女の子は解放しろ。さもなくば……この世界に来てから人殺しをしなくてはならなくなる」


ゴロツキ達は青ざめる。

こいつはやると言ったら本気でやるのだと。

ここで命を失いたくないと、ゴロツキ達は渋々その提案を受け入れる。


「わ……わかった。この娘は解放するから……命だけは……!!」


「なら早くしろ。そして、二度と俺の前にその醜い姿を見せつけるな」


「く……!おい、野郎ども!!さっさと撤退するぞ!!」


ゴロツキ達がヨロけながら逃げた後、響谷は困惑した表情を浮かべる幼女エルフに声をかけた。


「大丈夫かい?もう平気だよ?」


幼女エルフは響谷のことをポーッと見つめながら、ポソリと呟いた。


「ぱぱ……?」


「…………今なんて?」


響谷は何かの間違いだろうと聞き返す。

だが、幼女エルフはそんなこと御構い無しに響谷に抱きついた。そして泣き始めてしまった。


「パパ、パパ!!!怖かったよぅ……!!ぐすっ……うぇぇぇぇ!!」


「え……、えぇ……?なにこの状況……?」


突然の状況に戸惑う響谷と泣き続ける幼女エルフ。

響谷の異世界ライフはそんな怒涛の展開をもって、スタートの火蓋が切られたのだった。


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