同級生

 ドラッグストアからの帰り道、盛大にため息をついた。

 ちょっとクレーマー気味のお客様が来店された。

 今日も、風邪薬を飲んでいるのに頭痛が治らない、とか、ハンドクリームを目につけたらとんでもないことになった、とか。

 店長から白い目で見られながら、ほかの店員からひそひそと嫌味を言われながら、とにかく平謝りしていた。

 薬剤師の資格を取っても、薬局とか製薬会社の就職には手が出せない。何とか資格を生かすことのできるドラッグストアで働き始めて早3年、仕事終わりにため息が出なかった日は指折り数えるくらいかもしれない。

 いろんな人がいるのだ、では済むならいいけれども。

 こちらはその度に神経をすり減らしている。

 そんなこんなで新たな就職先を探す気力も時間もなく、順調に社会人生活の駒を進めている同級生たちのことが目に付いて仕方なかった。彼らには成人式のついでに開かれた同窓会くらいしか顔を合わせていない。

 生活ギリギリの給料しかもらえない私は、一人前くらいの働きができても実家から離れられない。今日も重い体を引きずって帰ってきた。

 家では相変わらず母が晩御飯を作って待ってくれていた。

 いつまで親の脛をかじれるだろう。こんなに毎日くたくたでは家賃どころか帰った後にもご飯を作ったり洗濯をしたりと家事が待っている一人暮らしもままならない。毎日仕事でへとへとなのは私だけではないのは知っている。その中でも同級生たちは、一人暮らしをして家事をしたり、恋人とデートをしたり、早い人は結婚して育児まで担っている。きっとできないことではないのだろうけれど。私にはそんな生活は描けなかった。

 席に着くことで食事が並べられているなんて社会人にとっては贅沢だろう。でも、私はそれを黙って食べ始めた。シャケの骨を取り除くのですら面倒だった。

「そういえば、あなたの同級生で死んじゃった子がいるみたいね。高校の同窓会報に載ってたわよ」

 年に2回ほど高校と大学の同窓会報誌が私宛に郵送で届く。母はそれのことを言っているのだろう。

「勝手に開けないでよ」

「1週間も放置しているのが悪いのよ」

 さりとてさほど興味もなかったのだから勝手に開けられたとしても怒る気にもならなかった。だが、食事が終わった後にでも一応目くらい通しておこう。母は風呂に入る支度をはじめてしまったので、お皿を洗っても時間が余るだろうし。

 食事を終え食器を所定の位置まで片付け終えると、読み散らかした雑誌のように放り投げられていた会報誌を手に取った。とりあえずざっと頭から見ていく。弁護士になったOBが講演を行ったらしい。他にもいくつか輝かしい実績を残したOBやOGの記事が載っている。斜め読みを終えてページをめくると、去年卒業した生徒たちの進路が載っている。名のある大学にもそこそこの合格者がいた。彼ら彼女らは今頃キラキラした大学生活を送っているだろう。最後のページには寄付をした人物の表、裏表紙には現校長や生徒会長の言葉が載っていた。ここまで予想通りだった。

 いつもならここまでたどり着かない。目を覆いたくなるような輝かしい生活を送っている彼らの記事に、読む気力すら失せていた。それでも何とかページをめくって、母の言っていた死んでしまった同級生の名を確かめた。訃報という欄を見終わり、ふっと高校生活の思い出がよみがえってきた。

 高校の同窓会で、唯一会えなかった知り合いがいた。

 話したのもたったの2日しかない、ほとんど何の関わりもない生徒だった。それに、最後にあった日からは学校は受験モードに入ってしまい、ろくに気にかけてすらいなかった。

 今になって懐かしいな、と思う。あの2日がなければ、私は薬学の道に進まなかったのかもしれない。

 彼に、幼いころ、私によく似た女性に出会ったと話された日。

 次の日、電車まで使って私らしき人と出会った庭に行ってみたこと。あの日、庭に入る前と後で時間が巻き戻っていたんだっけ。

 タカユキは、もうこの世にいない。

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