頼みごと
「わかってると思うが、俺はおまえに会いに来たんだ」
「……ほう? ふむ。私に会いに来たとは、いかに」
「そのまんまの意味だよ」
「あのな、私はそういった意味において『いかに』と尋ねたのではない。なあ、わかるであろう、小国の騎士よ。私はその言葉の語法的な意味を求めているのではない。その言葉のほんとうに意味するところを尋ねているのだよ、シニフィエ」
リンネのガラス玉のような瞳は、おもしろそうに、俺を見る。
それは実験者としての瞳。対等な相手ではなく、実験者として実験動物を見つめているかのような――つまりは絶対的上位者としての視線だったけれど。
おもしろい、好きにやれ。おもしろい実験データが取れそうじゃないか。
暴れるもよし。泣き喚くもよし。なんなら私を攻撃したっていいのだぞ、と。
……あくまでも、実験者としての、寛容。
檻のなかであればおまえはいくらでも自由なのだぞ、と。
ああ、俺だって知ってる。俺が腰に提げる剣は、ここでは通用しないということを。
俺の培ってきた剣の腕が弱い、というわけではない。俺に厳しい剣の教育をなした聖騎士団がいけなかった、というわけでもない。もちろんのこと、最後の最後まであくまでも、剣の正義、それを貫いた王国が間違っていた、わけでも、ない。
王国はなにがあっても最後まで科学を否定した。
俺は、なにも、間違っていたと思わない。
帝国が薔薇色と形容する科学というものの行きつくすえが、こうやって水槽に漬けられた「人間の漬けもの」であるならば――俺は、ああやはりほんとうに俺の愛する王国は正しかったんだな、と、思える。
……滅びゆく王国を、愚かと、愛おしく笑うことだってできる、と、思う。
……ああ。だから、俺は、小賢しい裏切り者なんだ。
最低だ。最悪だ。聖騎士団に入団したときに誓った憲章はどうした? 聖騎士どころか、王国民を名乗る資格もない。
俺は帝国のこの狂った科学者に、頼みごとをしたのだから。
リンネは、にやりと口の端を歪ませた。
「言うべきことがあるのだろうなあ、小僧」
だれが小僧だ。
俺のほうが圧倒的に年上だ。
だが、俺にはそんな文句を言う資格もない。
こいつには、すべて、読まれているのだ。
そして、こいつはすべてをわかっているし、そのうえで、俺がなにを言いにここにやって来たのかも、知っている。
すぐ隣にたゆたう彼女を見る勇気はなかった。
拳を、かたく握る。
王国と違ってなにもかもがつるつるとして象牙のようで生命感のない太陽でも月の光でもないただただ白くまぶしい地獄のようなこの場所で、
俺は、聖騎士の礼さえも失して、青白くたたずんだままで、言った。
「……勝手なのは、承知している。彼女を……殺してやって、くれないか……」
――そう、そのためだった。
とりあえず帝国に「保存」されときゃどうにかなるよなんて、俺の、嘘。
彼女についた数少ないなかでもっとも罪深く自分勝手な、嘘。
赦してくれだなんていまさら言わない。
……ただ、彼女に、穏やかに眠ってほしいだけなのだ。
聖騎士たちでさえも――いや。俺の、守れなかった、王国。
滅びゆく絶望的なこの状況で絶望するくらいならなあ、貴女よ、
おやすみ、と。俺は、そう言いたいだけなんだ……。
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