地獄の沙汰も愛しだい
柳なつき
ろくでもないな
地下の、ほんらいだったら俺が来るわけもなかった、広い研究室。やっとパスワードを解除できた。ひやりとした鉄の扉を手で閉めることもなく確認作業をはじめたので、バン、と扉の閉じる音は俺が研究室に入ってくるのとタイムラグがあった。
早足で、ひとつひとつ、筒を確かめていく。筒には知らない人間たちが縦になってたゆたっている。その光景はグロテスクで吐き気がする。そのシンプルな民族衣装を見る限り、ほとんどがわが国の人間だ。胸くそ悪ぃ。だが嘔吐している場合でも、ないのだ。
科学なんて。科学なんて。科学なんて……。
やがて――細長い筒のなかで垂直になって眠る彼女を確認した瞬間、俺は、全身が脱力するのを感じた。膝から崩れ落ちるのを、かろうじて防ぐ。まだ、まだだ俺、ちゃんとすっくと立ってろ。それが、彼女との約束だろうが、――しっかりしろ。
だってあまりにもきみは、そのまんまだ。俺と約束したときと、そのまんま。筒に満たされているのは、わかる、水ではなくてホルマリン。ただ、眠っているかのように。ゆらゆらと波打つ髪だけが、外見にあんがい潔癖な彼女らしくない、生前のきみは――、
……生前。
俺は、苦笑した。自分の言葉に自分でやられてちゃ世話ねえよな。
……だってさ、俺が、望んでそうした、いや――そうなってもらったんだ。
ホルマリン漬けに、なって、もらったんだ。
ルーン王国は、敗ける。
いや、すでに敗けているのかもしれない。戦火から逃げてきた俺には、もう知るすべもない。
だが程度問題だ。あとには砂漠が残るか廃墟が残るか。もう、それだけの違いだ。
科学。
そう呼ばれる技術を、フェーバ帝国は手に入れた。
魔法の一種。だいじょうぶ。
わが国にはもちろん、
「……ろくでもねえな。科学、なんて」
「ろくでもないのは人間だろう」
俺は振り向く。
尋ねびとが、そこにいた。
白衣とべっこう眼鏡、ああ、ほんとだ、――見ためは幼女なのだった。
帝国科学者、リンネ。
マッドサイエンティストと呼ばれ――それはほとんど、彼女を指す固有名詞のようなものとなっている。
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