カクヨム甲子園テーマ別コンテスト参加作

【ラブコメ・高校生/きのう失恋した】あの空よりも理想高くあらんことを願いて眠る少年Sの恋路 前編

 瑞希が「また、別れちゃった」といったとき、俺は頬杖をついて窓の外を見ていた。夏のグラウンドには野球部の暑苦しい声がひびき、広がる空は青すぎるほど色濃く眩しい。白い雲がひとつだけ漂うクジラのように浮かんで風に流れていく。


「あ、そう」


 俺の返事は短い。瑞希のほうでも、これで不満はないらしい。

 軽く肩をすくめ、「さっきバイバイしたの」とはにかんでさえいる。

 瑞希が彼氏と別れるなんて日常茶飯事なんだ。


 彼女は惚れっぽい、というか、「なんとなく良い」で付き合って、「なんとなく違う」で別れる、を繰り返している。もうバカらしくてカウントするのもやめたくらい、元カレたちはウヨウヨいた。


「記録更新。一日でサヨナラしました」


 瑞希はビシッと敬礼して見せる。切り過ぎちゃったと後悔していた前髪も、いまではまぶたを覆うまでに伸びていた。片目を閉じた丸い瞳に悲しみの色はない。


 一日で、と瑞希は言うが、あれから24時間経過していないだろう。昨日「彼氏できた」報告を受けたのは夕方だ。いまはまだ昼前。記録更新は「半日」の間違いでは……って、すごいな、決断力がありすぎる。何が原因だ? 


 俺は「べつにどうでもいいんだけど」風を装って、瑞希じゃなく窓のほうを見ながら、気だるげに息を吐くと、それとなく訊ねてみた。

  

「ふーん。で、今回の理由は」

「ビキニ所望してきたから」


 事件です。

 ビキニとはあのビキニか!


「ま、松崎が?」

「うん。プール行こってなって。『瑞希ちゃん、白のビキニ着て』だってさ」


 あの松崎がそんなことを。つい先ほどまで「彼氏」だった松崎は、どちらかといえばガリ勉タイプだ。銀縁メガネは将来教師か銀行員にでもなりそうな奴で、とてもじゃないが「ビキニ」なんて口するイメージはない。


 そりゃあ季節は夏休み。山だ海だ、プールでキャンプだ、お祭り花火だなんだかんだと騒がしいことは騒がしい。いま、教室には俺たち以外誰もいないが、つい先ほどまではそんな夏の予定を語る奴らがわんさかいた。


 でも、ビキニとは。おいおい、ビーキニとはね!

 はしゃぎすぎだよ、松崎くん。夏の思い出作りに焦ったかい。


 俺と瑞希は補習授業で呼び出されていたが、松崎は将棋部の活動で学校に来ていたようだ。まさか今日フラれるとは、彼も思ってなかっただろう。


 まあ、俺も「ちょっと待ってて」と言われて、こうして教室で大人しく瑞希を待っていたわけなのだが、まさか、「彼氏に会ってくる」と出て行った彼女が、「別れちゃった」と笑顔で戻って来るとは思わなかったけどさ。

 

「ヤダな。今回は奥手タイプを狙ったはずだったのに」


 肩を落とす瑞希。まあ、俺も「ビキニ発言」は予想外だった。

 ドンマイ。いつも「真面目な奴のほうがいいぞ」とさりげなく洗脳していたが、ひとは見かけじゃわからないもんだな。


「むっつりスケベなのか、あいつ。危険だな、別れて正解だ」

「スーちゃんもそう思う?」

「ああ思うよ。むっつりはイヤだろ」

「かもね。やっぱりチャラ男のほうがいいのかな。気楽だもん」


 そのチャラ男と「話がバカっぽい」との理由で瑞希が別れたのは、つい先日のことだ。あの日はいきなり電話してきて、「スーちゃん、助けてー」と叫ぶもんだから、何事かと心配した。結局、デート中にフッたはいいが、帰りの路線がわかんないって理由で俺にお呼びが掛かるって、そんなオチだったけど。


「まあ、いつも言うけど、相手はちゃんと選べよ。へんな奴だと危ない」

「わかってるよ。毎回、スーちゃんにも相談してるじゃん」


 そうだ。いつも身元調査はばっちりのつもりなんだ。しかし、今回のビキニ事件を例に見ると、俺の調査能力はどうやらまだまだ修行が足りんらしい。無念だ。万が一、瑞希の身に何かあったら、俺は服役する覚悟は出来ているんだが、そうなる前に危険は除去するに限る。


「ほんと、失敗ばかりだよ」と瑞希は珍しく落ち込む様子をみせた。

「なんで上手くいかないのかな。せっかくの十七才の夏休みだよ。青春だよ。花火に海にバーベキューだよ。素敵な彼氏捕まえないと、十七の夏が終わっちゃうよ」


「俺は十六の夏だけどな」

「え、そうなの。誕生日いつ?」

「冬」


 瑞希は「季節じゃなくてさ」と口をとがらせる。

 窓から風が吹きこんで、彼女の黒髪をふわりと浮きあがらせた。

 生ぬるい風は爽やかさゼロで砂漠を思わせる。


 この国はいつからラクダが似合う国になったんだろうか。年々暑くてかなわん、なんて思っていると、ほんの一瞬、彼女の肌に影が差した。あのクジラのような大きな雲が日差しを遮ったのだろうか。


 それは本当に一瞬で、窓から視線を戻した時には、瑞希の肌はいつものように陽の光を反射するように強く輝きを放っていた。


 とても失恋したての顔色じゃない。いや、この場合、失恋したのはフラれた松崎か。でも瑞希だって理想の恋じゃないと失望したんだから、多少はショックを受けている……ことはない、元気だ。俺は同情を止めて、会話を続ける。


「誕生日言ったら、瑞希、俺のこと祝ってくれんの?」


 なんだかんだで長い付き合いだと思うのだが、瑞希は俺の誕生日を知らなかったらしい。たしかに去年はスルーだった。こっちから言い出すのもヘンだからせっつかなかったけど、実は期待していて、音沙汰なしに心がチクッとしたのは秘密だ。


「そりゃ祝うよ。ケーキ食べるでしょ、ローソクでしょ、歌うたって踊るでしょ」


 踊るのかよ。なに踊りだ。

 練習しとかないと、本番で恥かきそうだ。

 あと、忘れちゃいけないのが。


「プレゼントは?」


 プレゼントは気持ち♡もいいけど、一度くらいは形に残るものがほしい。

 一度くらいは。スルーは悲しい。

 瑞希は「そうだねぇ」とわざとらしく「ううん」と腕を組み、頬杖つく俺の前をいったり来たり。しばらく「うんうん」言って。


「そうだ! 一日、瑞希とデートできる券あげるよ」


 ピンと人差し指を上げ、笑顔満開だ。どこまで本気で、どこまで冗談なのか。

 俺はイスの背もたれに寄りかかると、教室の天井に向かって言葉を投げた。


「いらね」

「なにっ」

「いーらーねー」


 一日なんて。

 肩たたき券よりいらねーわ。


「ふんだ。スーちゃんには一生プレゼントあげません」

「期待してないんで、それで結構でーす(ほんとはすごい期待してまーす)」


 キーッとコウモリみたいに吠える瑞希。

 ひくい鼻にしわを寄せて、うすい唇からは八重歯がはみ出ている。

 彼女は特別美人ってわけじゃない。

 地味で平凡な顔立ち。頭も運動神経も平均的で、普通すぎるほど普通だ。 


 それなのに、彼氏は次々できるってんだから不思議なもんだ。

 まあ、身近なあの子タイプのほうが、話かけやすいし、いっしょにいて気楽ってことなのだろう……なんて。この俺が、ああだこうだ他人事のように分析するってのもおかしな話だけどさ。


「スーちゃんは意外と冷たいよね。もっと女の子には優しくしないとモテないよ」

「好きな子には優しくすると思うけど」

「え、好きな子いるの?」

「いたら、の話」


 だよねー、スーちゃんに恋バナなんてありえないよねー。

 グサっとくることを平気でいう瑞希。ケラケラ笑いやがって。

 このズタボロハートが目に見えぬか、いや、見えねーけどよ。

 察しなさい! お願いだから。 


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