【ラブコメ/高校生・桜花シリーズ】天秤は桜花の誘惑
といっても、彼女と顔を合わすのは年に一度春にある発表会のときか、全員集合のクリスマス会のときくらい。たまにレッスン日が重なって、すれちがうこともあったけど、向こうはあたしのことなんて認識していないと思っていた。
それが中三の二学期のこと。
彼女がクラスに転校してきた。しかも、あたしの顔を見て、すぐに「あー、弥生ちゃんだ!」って声をあげて。「よかったー、友達がいてホッとしたよ。緊張してたの」と抱きつかんばかりに喜んでいた。
友達だったっけ、と思ったあたしのリアクションは、かなり微妙だった。いちおう半笑いで「えー、南さん、転校生ってどういうことー?」と言ったけど。
なんでも小学校卒業と同時に他県に引っ越していたが、このたび、Uターンで一戸建て購入と共に戻ってきたそうで。地元とはいえ、以前住んでいた場所とは学区がちがうため、この時期に転校して友達が出来るか不安だったんだとか。
「弥生ちゃんと同じクラスなんて最高だよー。今もあのピアノ教室に通ってるの?」
「まだ行ってるけど……、高校入ったらやめようかなって」
「そうなんだ。じゃあ、ここで会えたのは奇跡だね!」
どのあたりで奇跡を感じたのか、あたしにはさっぱりだった。
けど、アニメから飛び出てきたような、リアルさのない美少女が喜んでいるんだ、こっちも「だねー、わー、すごいねー」と愛想を振りまいておいた。
小さい頃かわいいと大人になるとブサイクになるという話があるが、咲希は周りが太ったりにきびで悩んだりしている中、つるんつるの美少女に磨きがかかっていた。頭のてっぺんから爪先、映る影さえも「美少女です!」とアピールしている。
しかも嫌味のない、有無を言わせない美少女ぶり。
両親ともに日本人だというが、フランス系っていうんだろか、華やかな雰囲気で白い肌に大きな瞳はお人形みたいだ。話せば声もかわいいし、口調や仕草もかわいいとくる。男子はもちろん、女子もソワソワするかわいさなのだ。
だからだろうか。広く浅く好かれはしても、特別親しくする子はいなかった。鑑賞対象で、「いいねー、かわいいねー」と、もてはやしはしても、何かの話題でいっしょに盛り上がるとか、相談したり、ふざけあったり、そういう普通の付き合いをしようなんて思わない、ただ見て楽しむ対象なのだ。
あたしはというと、正直、こういうタイプの女子って苦手だった。苦手っていうか、はっきり言っちゃうと嫌いなタイプ。いかにも「女の子でーす♡」て女子、イラっとくるんだ、あたしは。
嫉妬かよ、ていうと、まあ嫉妬なんだと思う。
あたしにはない成分が、これでもかって凝縮されて目の前に現れると、楽しい気分にはならないでしょう。女子の理想形っていうの、ああいうの、程遠いんだよね、あたし。
それなりに努力はしてきたつもりだけど、イカつい体型はイカついままだし、歩くとガニ股になるし、大食いの早食いは直らないし、まゆ毛整えたり、まつげいじくったり、そういうのも楽しくなくて、スカートも制服だけで十分。
中三の頃にははやくもあきらめの境地というか、あたしはそういう「女子」にはなれないんだって、もう悟っていた。むしろ、地のままのほうが下手に努力している姿よりマシなんだよね。
でもさ、女子成分があふれ出ている子を見ると、悟ってたはずの気持ちがザラザラしてきて、惨めさがこみあげてくるんだ。
あたしはたぶん、なれるもんなら、こういう女の子になりたかったんだろうなって、そういう認めたくない気持ちを刺激されるわけよ。
なもんだから、咲希のことは視界にさえも入れたくなかった。陰口は言わないけど、あたしの世界からは締め出しておきたかったんだ。
なのに。
あたしは咲希の親友になった。……というか、なることにした。
しかも咲希がなんだかんだで孤立しているのが気の毒になったからとか、「弥生ちゃん、弥生ちゃん」と懐いてくるから仕方なくとかでもなく。
自分でも「ウッ…わあ……」て思う理由なんだけど。
春貴は保育園からの付き合いの、残念イケメンってやつ。顔はいいけど、ものすごく顔はいいけど、中身がナルシストすぎてヤバイ奴だ。
自称「みんなのハルキくん」だったコイツは、転校してきた咲希をひと目見て「運命」を感じたらしい。彼女にするなら、この子しかいないって。自分に相応しいのはこの子以外ありえねーって。
そのくせ、自分からぐいぐいアピールする度胸はなくて、あたしに「南さんの情報をプリーズ!!」って、親友作戦の指令を出してきた。咲希の好みのタイプとか趣味や家族構成、成績や好きな食べ物などなど、ストーカーかよ、って思うほどの情報をコイツはあたしに入手してくるように言った。
「お前、あの南さんに好かれてんじゃんっ。もっと仲良くして親友の座を射止めるんだよ。で、おれのこともアピールする。な、頼むよ、弥生。お前しかいないんだって。このとーりっ!!」
両手を合わせて頭をさげるイケメンに、あたしは弱い。
と、いうか。春貴に弱い。
面食いというかー……、なんだろな。
春貴の彼女には絶対なれないとわかってるけど、付き合いは続けたいって欲があるんだと思う。それに春貴と咲希は似合いのカップルだと思ったんだ。
主に見た目のつり合いが良い。春貴もそうとう美少年クラスだから。中身はともかく。中身は、ともかく。
そういうわけで、多少罪悪感はあったけど、もともと好感を持たれていたこともあって、咲希の親友の座におさまるのは容易いことだった。
親友の定義がわからなかったけど、そもそも、裏工作してる時点で親友も何もあったもんじゃないとは思ったけど、咲希のとなりには護衛みたいにあたしがいることが定番になった。
咲希の進路先も入手して、あたしと春貴も同じ高校に行くことにした。まあ成績的にも妥当な進路だったから、そこまで無謀な計画ではない。休みの日はいつも咲希と遊び、何をしたか電話で事細かに春貴へリークする。
がっつり興味を向けて話を聞く春貴の声に喜ぶあたしと、咲希を騙しているって思う善良なあたしがぶつかる。
咲希はあたしが思っていた以上に、良い子で完ぺきな美少女だった。
神さまがめちゃくちゃ好みの女子を作って、そのままポンと地上に落としたような、嘘みたいに純粋で無邪気な女の子。
春貴には相応しくないと思った。あたしが親友の顔して隣にいることも、同じくらい、いや、それ以上に相応しくない。弥生ちゃん、とまっすぐな目をして名前を呼ばれるたび、チクチクと体中を針で刺されるような痛みが出るようになった。
だから、弥生には「大好きなオウちゃん」がいることを知ったとき、少しだけホッとした。
幼馴染の男の子で、引っ越したことで疎遠になったらしいけど、咲希はいまでも、この彼のことを大切に思っている。自覚はないようだけど、きっと初恋なんじゃないだろうか、まだ、その恋は持続してるんじゃないだろうかって、あたしは彼女との会話の中で思うようになった。
その幼馴染の名前は
控えめでかわいらしいタイプの男子だと咲希は話してくれた。
あたしの頭に浮かんだのは、線が細い儚げな雰囲気の少年。いつも咲希に優しくて、彼女を守るようにそばにいた、素敵な男の子。桜花。きっと美少年だ。
春貴よりも似合いな恋人。あたしよりも隣にいることに相応しい子。
そういう子がかつて咲希にいたのなら、それは神さまからの贈り物だ。
もう縁が切れちゃったと、苦笑しながら打ち明けてくれたけど、あたしはもう一度縁をつなげてあげようと思った。嘘の親友だった罪滅ぼしもかねて。
「大丈夫だよ、咲希。彼だって咲希のこと大切に思ってるよ。ちかくに住んでるんでしょう? 連絡してみなよ。びっくりして喜ぶよ」
あたしはたしかにそう言おうと思っていた。心から。ほんとーに、心から。明日学校に行ったら、そう言おうって。
だから、春貴に宣戦布告のつもりで、「咲希には運命の相手がいるんだよ、あんたはお呼びじゃないんだよ」とつっぱねてやるつもりだった。それで春貴から嫌われてもしょうがないってくらいには、あたしの心は咲希の純粋さに触れて浄化されていた。
それが……
「お、おい、おいおいおいおいっ。お、おま、えええええっ!!!」
「うっせーな、春貴。あのな、ショックなのはわかるけど」
「ちげーよ、お前。知らねーのか。東 桜花って言ったら、おめー」
そのあと聞かされたおぞましい噂の数々に、あたしの心は決まった。
魔獣オーカが都市伝説ではなく実在するなんて思わなかった。目が合うだけで魂を抜き、好みの女を見つければ、即、巣に持ち帰って食いつくすというオーカ。
生き血を飲み、地獄から蘇った男。
東 桜花は仮の姿。あいつは獣だ。過剰に盛った噂もあるだろうけど、そう噂されるくらいには外道であるにちがいないのだ。
くっそー、咲希の無垢さを利用して幼馴染だと騙して付きまとっていたんだな。縁が切れたのは神からの救いの手だったのだ。
ぜったい咲希を守ろう。オーカの毒牙にかからせてたまるか!!
再び、オーカの居住ちかくにUターンして来てしまった咲希。
あいつの悪の力によって引き寄せられたのかもしれない。こうなったら春貴と協力して、命がけでもオーカを撃退しなくては。
あたしは咲希の親友になると誓った。本物の堅い友情を結んだ親友に。
だから高校に入り、クラスにオーカがいると気づいた瞬間、「来たな」と腹をくくった。ここで息の根を止めてやる。時は満ちたのだ……
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