【現代ファンタジー/社会人・ほのぼの】夏思いが咲く 最終話
気温が下がると共に、小夏ちゃんは衰弱していった。
温めたらいいのだろうかと、暖房をつけ、防寒着にも気を配った。
けれど、小夏ちゃんは、みるみる痩せていき、つやのあった髪は量が減り、肌の色も青ざめ、次第にしわが目立ち始めた。
「すっかりしなびちゃったわ」
小さい手を伸ばし、わたしの小指にふれる。
目は落ちくぼんでいるけれど、まだ意識はしっかりしていた。
「夏子。花の上に置いて」
「え?」
顔を近づけて問い返すわたしに、小夏ちゃんはつぶやく。
「わたしが生まれた花。まだ、あるでしょ?」
あの花は窓辺に置いたままだ。小夏ちゃんが生まれてからも、はっきりした色の花びらが、造花のようにいつまでも咲いていた。
小夏ちゃんはソファがわりにここに座り、わたしの帰りを窓から眺めて、いつも待っていてくれた。そんな思い出の花も、小夏ちゃんが弱り始めたことで、水やりのとき、ちらと目にするだけになっていた。
小夏ちゃんを両手にそっと抱えたまま、窓辺に移動する。
しばらくぶりによくよく眺めた花は、すっかり弱り、つやつやだった肉厚の葉は黄色や茶色に、真っ赤な花びらは色あせ、いまにも散りそうになっていた。まるで、小夏ちゃんとリンクするように、この花も終わりを迎えようとしている。
「乗せて」
小夏ちゃんは弱々しく腕を伸ばして、花びらを指さす。わたしは、彼女が生まれた時のように、花の上にそっと乗せようとして、途中で手を止めた。花びらが散り、伸びていた茎もしなるように倒れた。
「あ」
わたしは小夏ちゃんを急いで確認した。目はうっすらとだけ開き、呼吸がはげしい。「くるしいの?」問うと彼女はかすかに微笑み、「水」と言った。
指に乗せた水滴を、彼女のくちびるにそっと移す。飲むというよりも、ただ湿らせただけだったが、満足そうに小夏ちゃんは目を細めた。そしてまた、「乗せて」と言う。腕は震えながら、花のほうを指さしていた。
「こう?」
花は散り、茶色くなった葉だけが、べったりと土の上に広がっている場所に、わたしは小夏ちゃんを横たえた。彼女は「ありがと」と笑い、すっと目を閉じた。
「夏子」
最後、そう言って小夏ちゃんは消えてしまった。
まばたきをしていた、ほんの一瞬に。
すべてが嘘のように、消えて。あとは、枯れた花の残骸があるだけだった。
でも。
「タネ?」
葉の下に隠れるようにして、一粒のタネがあった。
水色で平べったいラグビーボウル型をしている。
もしかして。
わたしはすぐにタネをまこうと土を掘り、そこで思いとどまった。
季節は冬。まだ時期じゃない。
春、いや、あの日と同じように夏が始まる頃、タネをまいたほうがいい。
タネは封筒に入れ、大切に保存しよう。涙を拭い、わたしはミニチュア家具や洋服もキレイにして、専用のボックスにしまった。また、きっと……
そうして迎えた、新しい蒸し暑い夜。
わたしはタネをまいた。慎重に水をやり、大切に育てる。
すると、あの日と同じ双葉が。あの日と同じ蕾が。
そして、ついに!
「夏子」
すっぽんぽんの小夏ちゃんが、再び誕生した。
しかも、去年の記憶が残っているらしい。すごい、すごいよ。
「あらあら。夏子、泣かないの。服、まだある?」
「あるよ! ハンドメイドもあるの。手縫いでいっぱい」
「あたしのもあるの?」
「うん、あるよ。こんどは双子ルックできるね!」
咲いた花。
その上に。
「うれしいわ」
「うれしいね」
小夏ちゃんが二人、座っていた。
そうして。
ニコニコの楽しい夏が過ぎ、さみしい冬が来て。
この年は、枯れた葉の下に二粒のタネがあった。
それを、翌年、別々の鉢にまく。
毎年、わたしは『夏思い』のタネをまいた。
たいせつに育てた花は、見事に咲き、タネを増やしていく。
「夏子」「夏子」「夏子」
三つ子が四つ子に。
「夏子」「夏子」「夏子」「夏子」
四つ子が五つ子に。
わたしのベランダには鉢植えがたくさん並んでいる。
赤い花、白い花、ピンクに黄色、ブルーやマーブル模様まで。
どれも肉厚の葉がプリプリしている。
「夏子」「夏子」…………「夏子」「夏子」
今年の夏も、にぎやかだ。
「夏子」「夏子」…………「夏子」「夏子」…………
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