【現代ドラマ/小学生・ほのぼの】きみに会うための440円
だまされたな。
そう気づいたときには、引き返すにはもう遅い所まで来ていた。
僕はポケットに手をつっこみ、小銭を取り出す。
440円。100円玉4枚と10円4枚。
本当はあと4円必要だったんだけど、あいにく僕の手持ちはこれだけだった。
ばあちゃんに頼むこともできたけど、何に使うか聞かれたくないし、適当に嘘をつくのも嫌だったから、今回は440円で試してみようと思う。
いとこのケンジにいちゃんが言うには、近所の神社にある賽銭箱に、4時44分、444円を投げると死んだ人に会えるんだそうだ。
「タカシ、試してみろよ」
肩をどつかれて、僕は「わかったよ」と答えてしまった。
で、早朝の4時半を過ぎた頃。僕はひとり神社に向かって歩いている。
こんな早朝。まだ外は暗いだろうと思ったけど、5月のいま、あたりは明るくて怖さは全然なかった。すれ違う人はいないけれど、カラスは飛んでいたし、開けた道ばかりだから、昼間歩くより涼しくて快適なくらいだ。
そろそろ神社にあがる石階段が見えるはずだ。長い階段は幅が狭いから、気を付けないと転げ落ちてしまう。裏から車で登れる道もあるはずだけど、ケンジにいちゃんは絶対、こっちの階段から登らないとダメだと言っていた。
ま、たぶん。全部、ケンジにいちゃんの嘘なんだろうけど。
でも、もしかしたらって思って、ここまで来てしまった。
ふたつ年上で今年中学生になったケンジにいちゃんは学習塾に通うことを条件にスマホを買ってもらっていた。どこにも連れて行ってもらえないゴールデンウイーク。つまらないからと、ひとりで、ばあちゃんちに泊まりに来てみれば、同じように遊びに来ていたケンジにいちゃんにスマホ自慢ばかりされて、正直うんざりだ。
それでも、ケンジにいちゃん以外に遊んでくれる人はなかったから、仕方なくいっしょにいたんだけど、どこから仕入れてきたのか、あの噂、死んだ人に会えるんだって噂を僕に教えてくれた。
「お前、じいちゃんに会ってみたくないか」
じいちゃんは僕が生まれる前に亡くなっていた。
そのじいちゃんに、ケンジにいちゃんは会いたいらしい。
「な、俺は明日試すから。お前、先にやってみろよ」
「いっしょに行けばいいのに」
「ダメだって。これはひとりでやんなきゃ効果ねーんだよ」
「ふうん」
と、まぁ。こんなやりとりの末、早朝に叩き起こされた僕は、こうしてトコトコ神社まで歩いてきたんだけど。いまさらになって、だまされてるよなって思い始めていたんだ。たぶん、あのスマホでケンジにいちゃんは、僕のことをコソコソ木陰から撮影しているのかもしれない。
ケンジにいちゃんはそういうところがある。
ほら、人をからかって面白がる、あのタイプ。
僕はというと、その餌食になるタイプなんだけど。
石段をのぼり、息が上がってきたとき、やっと鳥居に到達した。あとは賽銭を投げるだけだ。腕時計を見ると4時40分。かあさんが泊りに行くならと渡してくれた大人の時計は、僕には大きくてぶかぶかだ。それでも、なんだか大人っぽいと喜んでいたんだけど、スマホ時代を自慢してくる人が近くにいると、腕時計をしているなんて、なんだかちょっと恥ずかしくなってきてしまう。
神社は小さい。カビの生えたような灰色の賽銭箱が中央にあって、振ったら落ちてきそうな鈴もある。去年の夏休みは、ここでケンジにいちゃんと近所の子たちに混ざっていっしょに遊んだけれど、今年はどうするんだろうか。
そんなことを考えながらしばらく休憩した僕は、440円を賽銭箱に入れた。
それから手を合わせてお願いごとをする。時刻は4時44分きっかりだ。
「おねがい、おねがい」
僕は心の中で頼んだ。悪いけど、呼ぶのはじいちゃんじゃない。
モモだ。犬のモモ。僕が生まれる前から飼っていた犬。
3か月前に死んでしまった。年寄りだったから老衰だって。
眠るように死んだ。いまごろ天国かな。
「モモ、モモ。出ておいで」
440円。本当は4円たりないけど、人じゃなくて犬だから、40円でもいいかなって。わかんないけど。「あと、4円たりないよ」ってケンジにいちゃんに貸してもらおうとしたら、「やだね」って。ケチすぎる。たった4円なのに。
「モモ」
モモは元気かな。天国で走ってるかな。
僕は泣きそうになって、ぐっと息を止めた。
風が吹いた。うぐいすが鳴いてる。ほほほほ、ほけきょっ。へたくそだ。
いつのまにか閉じていた目を開けて、僕はほっと息を吐いた。
なにも起こらない。やっぱり4円たりないせいかな。それとも、嘘だからかな。
僕はぐるりと周囲を見回した。どこかからケンジにいちゃんが出てくるかと思ったけど、誰の姿もない。まだ隠れているんだろうか。最初から追いかけて来てないのかな。わかんないや。どうでもいい。
くるりと賽銭箱に背を向けて、僕はばあちゃんちに帰ることにした。
まだ5時前なのに、太陽の熱を感じる。今日は暑くなりそうだ。ばあちゃんの畑仕事を手伝うことになっているけど、熱中症にならなきゃいいけど。ケンジにいちゃんはどうするのかな。勉強するって言って部屋でゴロゴロしてるのかも。スマホでゲームするんだろう。僕には全然遊ばせてくれないスマホで。
……なんて、考えていたのがマズかったんだ。
僕は石段を踏み外して転げ落ちた。ぐらりと視界が回って木と空が見えたのは覚えている。やばいと思って身構えて……そうして目が覚めたら、病院のベッドに寝ていた。
「タンコブだけらしいけど」
かあさんはそう言って僕の立派なタンコブをなでた。どうやら、意識のなかった僕は病院に運ばれ、びっくりしたばあちゃんはかあさんに連絡したらしい。とうさんも夕方には来るって。なにやら大ごとになってしまっている。
「まったく。あんな朝早くに出かけるなんて」
怒るかあさんに、僕は本当のことは言わずにいた。チクったなってケンジにいちゃんに恨まれるのはごめんだから。それに。
「モモが」
「なに?」
「……ううん。僕、入院するの?」
「今日はね」
ズキズキする頭。でも、他は痛くない。
ケンジにいちゃんは、やっぱり僕のあとをつけていたらしい。けど、途中で僕を見失ったって。それで慌てて探していると、神社の石段の下で動かない僕を見つけて、スマホで救急車を呼んだとのこと。
ま、あのケンジにいちゃんの話だ。どこまで本当で嘘なのかわかったもんじゃない。でも、病室に来たにいちゃんが、「あのさ」って神妙な顔をしたのはマジっぽかった。
「あのさ。お前んちの犬ってモモって名前か?」
「死んだけどね。モモがどうしたのさ」
「いやぁ……」
モモ。ケンジにいちゃんのお尻をかんだってほんと?
透明な犬が「ワンワン」鳴いて、お尻かんだんだって。不思議だね。
その犬、でっかい文字で『MOMO』って名前入りの首輪してたらしいよ。
「俺、寝ぼけてたんだろうけどさ。でも、お前。大けがじゃなくてよかったな」
「うん。モモが助けてくれたんだよ」
僕の言葉に、ケンジにいちゃんは「へっ」と鼻で笑った。
でも、右手はお尻をさすっていたけどね。
4円たりなかったけど。
モモ。きみは会いに来てくれたんだね。
それとも、ずっとそばにいるのかな。
「わんわん」
「おいっ。モノマネすんなよ」
びくっとしたケンジにいちゃんに、僕はボカンとする。
「なにも言ってないけど?」
「ワンワン」
「え、え?」
「ワンワンワーン」
目を白黒させるケンジにいちゃんに、僕は笑いをかみ殺した。
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