【SF/小学生・コメディ】字句の海に沈む

 おかあさんが、「あら、たいへん。雨が降ってきたわ」といったとき、ぼくは宿題の漢字ドリルをやっていました。


「たいへん、たいへん」


 おかあさんは目を真ん丸にしています。


「かずくん。たいへんよ。雨よ、雨」


 洗濯を取りこむって話かな。ぼくはお手伝いしようと立ち上がりました。

 でも、ちがいました。

 おかあさんは「外はきけんよ」といって、窓をゆびさしたのです。


 雨がふっていました。たくさん、降っています。

 屋根や庭にぼとぼと落ちて、大きな音を立てています。


「雨だわ。どうしましょう。いたずらかしら」


 降っているのは「雨」でした。雨の文字がたくさん空から落ちてくるのです。

 その雨は夜になるまで降っていました。朝になると、「雨」の文字があたりにいっぱい、つもっていました。でも、太陽がさんさん輝くと、あっという間に消えてしまったのです。


 たいへんな異常気象です。テレビや新聞、ネットでも大騒ぎ。

 ぼくの学校でも、みんな、この話ばかりしていました。


「宇宙人のしわざだぜ」

「いいや。政府のいんぼうだ」

「まさか。飛んでいた飛行機から落ちてきたのよ」

「ヘリコプターかも」

「気球がいいな」

「きっと、誰かのいたずらだよ」


 そんなこんなで、ある日。


 お次は「風」が吹くようになりました。風の文字がびゅんびゅん飛んでくるのです。きけんなので、学校はお休みになりました。


 文字はどんどん増えていきました。暑い日は「暑」。もっと暑い日は「猛」。もっともっと暑い日は「酷」。さらに、もっともっともっと暑い日には「異常」の文字が宙に浮かんでいるのです。


 どうしてこんなことが。

 いろんな人が考えました。頭のいい人も考えました。

 もちろん、ぼくも考えたけれど、わかりません。


 そうして、ついに。


「あら。あら、あら」


 おかあさんの頭の上に文字が浮かびました。「母」の文字です。それから、ぼくの頭の上には「息子」とありました。さらに文字は増えて、ぼくの「息子」文字のとなりに「小学生」、さらにさらに「四年生」の文字が増えます。


 文字は重くはありません。空中に浮いていますから。でも、かたくてジャマなのです。どけようとしても動かせません。外に出れば、「酷」と「晴」と「弱風」の文字がただよっていたり、飛んできたりします。


 道で会う人、みんなの頭の上にも「男」とか「祖母」とか、そんな文字が浮かび、あるときには「泥棒」もいました。


 世界が文字だらけなのです。ちょっと出かけるのもひと苦労。

 散歩中の犬にも「ペット」「ダックスフンド」「オス」「五才」の文字が浮かんでいますし、蚊にも「蚊」の文字が浮かんでいるのですから。


 ごちゃごちゃしているのは、外だけでなく、学校の中も、おうちの中も、どこもかしこも、あらゆる文字でいっぱいなのです。


 歩くたびに、いろんな文字に頭や肩をぶつけ、転がる文字につまずき、飛んだり、降ったりする文字をよけなければいけません。


 どうしてこうなった。みんな考えますが、誰一人わかりません。

 そして、ついに。


「よし、脱出しよう」


 となりました。ぼくらは宇宙船に乗って、びゅーーん。

 文字だらけの星から脱出したのでした。おしまい。



 ――さて、みなさん。


 これは約300年前、火星移住者第一号の少年が書いた作文です。作者はみなさんと同じ小学四年生の男の子です。上手く書けていますね。どうして、わたしたちが火星にやって来たのか。その理由がよくわかります。


 では、問題です。

 最初に降ってきた文字が、なんだったかわかりますか?


 次のテストに出ますよ。

 ちゃんと復習しておくように。


 それでは、歴史の授業を終わります。

 起立、礼。ありがとうございました。

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