束の間の休日には『ナポリタン』を

黒い猫

プロローグ

到着


「……」


 揺れる電車に乗りながら、一人の女性が辺りをキョロキョロと見渡す。


 女性の名前は『宮川みやかわ夢莉ゆめり』と言い。短く少し茶色がかった髪をしている。身長は、一般的な女性より少し高く、ジーパンにTシャツのボーイッシュな服装。


 ちなみに夢莉が住んでいる場所も、そこそこ緑は多い。ただ、ここら辺はそんなの比ではないほど、緑が多かった。

 それを考えると、やはり慣れていない『車』ではなく『電車』を利用してよかった……と、外の景色を見ながら思っていた。


『終点、雨宮ー。雨宮ーお降りのお客様は……』

「終点、雨宮駅。さて……と」


 電車がキチンと止まりきったのを確認して、降りた。


「あっ、こちらで切符、もしくは整理券と料金の方をお願いします」


 そのまま改札を通り抜けようとする夢莉を駅員が少し大きな声で呼び止めた。


「あっ、すみません」


 夢莉はすぐにきびすを返し、声をかけてくれた駅員にずっとお守りのように持っていた切符を手渡した。

 さすがに右も左も分からない状態で「切符をなくす」というトラブルに巻き込まれたくなかったらしく、夢莉は「なくさないように」とずっと両手で切符を握りしめていたのだ。


「……」


 ふと周りを見渡すと、どうやら今下りた客は夢莉だけだったらしい。


「こんな時間に終点まで乗っている方は珍しいですよ」

「えっ、そうなんですか?」


 不思議そうに辺りを見渡している夢莉を見た駅員は、すぐに私を『観光客』だと察した様だ。


「ええ、夕方になれば学校帰りに学生とか夜であれば仕事終わりの方がちらほらいらっしゃいますね。ああ、それで言ったら朝は結構利用される人はいらっしゃいます」

「そうなんですね」


 今の時間はお昼時。


 どうやらこの地域の人たちは、こんな昼食の時間に電車を利用している人は少ないらしく、駅員の言っている事はこの状況を見ればすぐ理解が出来た。


「あの、すみません。もう一ついいですか?」

「はい」


 他愛の世間話をしつつ、夢莉はついでと言わんばかりに「この町でオススメの飲食店はありませんか?」と尋ねた。


「……はい?」


 ただ駅員はまさか、何も下調べをせずに来ているとは思っていなかったらしく、目を点にしていた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 そんな事があった数日後――。


「ふぅ」


 優しい駅員に教えてもらった大衆食堂で、夢莉は一息ついていた。


「……さて」


 一息ついた後、夢莉は伝票を持って会計へと向かう。


「ありがとうございましたー」


 お会計をしつつ「やっぱりこういったあまり観光雑誌などに載っていなさそうな場所に来た時は、自分で探すよりもその場所に詳しそうな人に真っ先に聞くのが一番!」と思いながら夢莉は一人「うんうん」と頷いていた。


「ありがとうございました。とても美味しかったです」


 そう一言添えて、満腹になったお腹の確かな満足感と共にホッとした気持ちのまま大衆食堂の扉をゆっくりと閉めた。


「うん、ここも美味しかった」


 優しい駅員は、一件だけでなく色々な食事を出来る場所を紹介してくれた。

 その紹介してくれた中には宿泊できる場所まで教えてくれたおかげで、夢莉は食べる場所や泊まる場所に困る事もなく、こうして『旅』を満喫する事が出来ている。


「ふぅ……」


 そして「よし」と、路肩に出て手提げカバンを肩にかけた瞬間。突然『何か黒いモノ』が横切った様に感じた――。


「え?」


 何かが横切りそんな声を出ていた時には、夢莉は手をついて地面に倒れていた。


「……?」


 一瞬の出来事に、何が起きたのか理解出来ない。


「??」


 ただ分かったのは、手に持っていたモノがなくなった事と、突然何かに引っ張られた衝撃で少し前のめりになり倒れた事。


「あっ!」


 そして、ようやく自分に何が起きたのか理解したのは……自分のカバンは盗られてしまった後だった。

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