たばこ

ちゅけ

第1話




ふしぎなものだなぁ、と呟いてタバコを一本取りだし咥えた。箱には紺色で空中たばこ、と書いてある。

四半世紀前、健康に害をなすという理由で日本は国民総禁煙の道を選んだ。結果、原因不明の高熱で死者が続出。人口が三分の一になった。タバコの紫煙で死んでいた新種の蚊が、猛威を奮ったのだ。人から人へ。死体から人へ。

窓の外にはプカプカと気持ち良さそうに煙を燻らせる人がポツポツと見えた。高層ビルのスイートルームからでもはっきりわかるその白、橙の灯り。しかし俺は、そこへはいけない。

国は政策が失敗したことがバレないように、俺に助けを求めた。俺はこう見えて人を信じている。タバコの箱に二時から三時までに吸え。他言すればまたタバコは消える。と書いたメモを入れ、その一時間だけタバコの自動販売機を復活させたのだ。

そしていま、蚊は死に人口激減は落ち着いた。

これでいい。これでいいんだ。果たして俺の呟きは“呟き”になっているか。

アフリカから取り寄せた葉で作られた空中たばこは、新種の蚊を殺すかわりにたった一週間で俺の、人の、肺を壊した。

ブタの肺が入った胸をさすりさすり、俺はまた口を動かした。

子らのために、だ。うらむなよ。

うやうやしくタバコに火をつけると、開けることの出来ない窓に思い切り煙を吹き付け、空を見上げてハ、ハ、ハ。と笑うふりをした。


おわり

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たばこ ちゅけ @chuke

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