作り続ける人

nobuotto

第1話

 タクシーが武志の個人財団「人工生命研究センター」のゲートについた。

 明子が監視カメラに顔を向けると懐かしい声が聞こえてきた。

「明子さんですね。お待ちしておりました。研究棟へいらしてくれますか」

 研究棟の玄関にはズングリした車輪型ロボットの桜子が待っていた。この研究センターを武志と明子が立ち上げた時に、最初に二人で開発したロボットだった。明子が開発した薄いピンクの合成肌で覆われているのでそう呼ばれている。


「久しぶりね、桜子さん」

「はい、三百八十日ぶりです。本日は春らしい素敵なお洋服ですね」

 この二年で日常会話能力も進化しているようだった。

「噂には聞いていたけど、すごく立派な開発センターね」

「はい、敷地面積4000平方メートルの3階建てセンターに現在313体の業務用ロボットが開発を行っています。1階が部品開発で、2階がロボット用樹皮開発となっており…」

「ごめんなさい。今日あまり時間ないの」

「済みません。研究棟をお見せするように武志さんから指示されています。棟内を紹介しながら研究室に行きたいと思いますが、お時間宜しいでしょうか」

「それは私も嬉しいけど、ライバル会社の私に見せて大丈夫なの?」

「勿論です。会社はライバルでも、明子さんは今でもお仲間ですから」

 

 研究棟の外観自体は4年前、二人で会社の研究室を飛び出して「人工生命研究所」を建てた頃とあまり変わっていなかった。二人の頭脳とその他にあるのは借金だけという船出であった。しかし、二年目に武志の自己学習アルゴリズムが完成し、その翌年、明子も軽量で柔軟性に富むロボット骨格技術の発明に成功した。この2つの世界的な特許で潤沢な資金を得るようになって、二人は資金に苦労することなく研究を進めることが可能となった。次から次へと生み出される成果に歩調を合わせるように、二人の関係はギクシャクしていった。武志の研究方針に明子がついていけなくなったからだった。そして二年前、婚約も破棄して明子は以前の企業研究者に戻った。

 

 研究棟には以前と変わらないガラス張りの各研究室が並んでいた。一階では明子が担当していたロボット部品と樹脂の研究を、二階は人工知能の研究を行っているのだと桜子が説明した。これも昔と変わっていない。しかし、昔と違ってどの研究室でも研究用ロボットが働いていた。

「武志の研究はかなり進んだようね」

「はい。武志さんの指示を分析した上で、私達は自律的に研究を進めています」


 二階にある武志の研究室もロボットでごった返していた。

「武志さんは奥のベットでお待ちしています」

「ベット?」

 忙しそうに動くロボットの間をすり抜けるようにして桜子と明子は部屋の奥にまで行く。

 桜子の言ったとおり、奥の壁際のベットに武志は横たわっていた。

 明子に気づいた武志は身体を起こそうとしたが、「そのままでいいから」という明子の言葉で、また横になった。たった一年なのに、十年も過ぎたように武志の髪には白髪が混じりげっそりと痩せ細っていた。

「武志、身体大丈夫なの」

「ああ。見た目より元気だから」

「働き過ぎなのよ。誰か、ほら、大学で講師やっている品田さんにでも研究室に入ってもらえばいいじゃない。私が話しに行ってもいいわよ」

「相変わらず、明子は話のテンポが早いなあ。全然変わらないねえ」

「ロボットならまだしも人間なんて二年じゃ変わらないわよ」

「そうだね」

「そうだねじゃなくて、ここまで研究所、いえセンターが大きくなったのだから、研究者も増やさないと駄目でしょ。私の研究室にあなたを神のように尊敬している優秀な研究者がいるから紹介しましょうか。勿論私が紹介したことは内緒という条件で」

「神のようにか。それは光栄だな。けど人間じゃ駄目なんだ。ロボットはロボットが作れるようにならないと意味がないから、それで初めて人工生命になるのだから」

「その話はもういいから」

 何を言っても武志が聞くことはない。武志の信念の強さは明子は一番分かっていた。

 人間は生命を受け継いでいく。それが生命の本質であり、ロボットも自分たちの意思で次世代のロボットを生み出すようにならないといけない。これが武志が人生をかけている研究テーマであった。明子もこの研究の重要さは分かっていたが、これだけが研究の目的になることに明子は耐えられなかった。


「来てくれてありがとう。桜子さん、明子に飲み物持ってきて」

「はい」と言って桜子はロボットを避けながら出ていった。

「今度、イギリスの先端研に行くことに決まったの。三年間のプロジェクト」

「そうか、よかったな。希望がかなったんだ。明子行きたいって言ってたものな。そうか、よかった、よかったな明子」

 そう言うと武志は目を閉じた。そして寝入ってしまった。疲れ切っている武志を起こすのは忍びないと思い、明子は帰ることにした。

 研究室のドアを出ると紅茶とお菓子を持った桜子がいた。

「武志、身体大丈夫なの」

「いえ、人間の身体の限界を超えています」

「桜子さん、私当分日本にいないの」

「では、こちらに来られることも」

「無理だと思うわ。桜子さん、武志の事宜しく頼むわね。どんな優秀な人でも死んでしまったら終わりなんだから」

「はい」

「本当に、本当に頼むわよ桜子さん」 

 桜子は「わかりました」とうなづくのであった。


***


 明子は三年間研究三昧の生活を送り、期待通りの成果をあげることができた。

 その成果発表を行う国際学会がちょうど日本で開催された。三年ぶりの日本であった。発表が終わった足で明子はすぐに「人工生命研究センター」を訪れた。


 いつものように桜子が出迎えてくれた。

「武志は学会で発表しないから何をやっているか全然分からない。けど研究もセンターも順調みたいね。だとすると武志も元気になったのね」

「はい」

と桜子は答えた。

 しかし、桜子に連れられて入った研究室のベットに武志はいなかった。

「まさか、武志の身に何かあったの」

 いいえと言って、桜子がボタンを押すと壁が反転した。

 現れたのは上半身だけのロボット、まるで彫刻のようなロボットだった。

「まさか」

「はい、武志さんです」

 明子が日本を旅立ったあとすぐだったと言う。

「肉体の限界に来ていた武志さんは私達にひとつのテーマを出されました」

「研究テーマ?」

「はい、自分が研究を続けるためにはどうすればいいか、というテーマです」

 武志の健康を一番心配していた桜子は、中心になってその研究を進めたと言う。

「今では、武志さんがここから全ての指示を出し研究は進められています」

 明子は言葉が出なかった。

「明子さんも武志さんを宜しくと私に指示されていました」

「確かに、私はそう言ったけど」

「武志さんと明子さんが望む最善の結果を私達は造る事が出来ました」

「そうじゃなくて、これじゃ、武志は人間から」

と明子が言いかけた時に彫刻から声が聞こえてきた。

 いや、明子がそう思っただけなのかもしれない。

「ロボットがロボットを作れないと駄目なんだ」

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