16 初夜は失敗するに決まってる

婚姻の式が終わった途端に、あれよこれよと婚儀の衣装をもぎ取られ、薄衣一枚にされ、長児王子ともども天幕に放り込まれた。

柔らかな綿を詰めた上には、華やかな刺繍や布を繋ぎ合わせた布が重ねられている。

(うわあ)

何というか、子作りする部屋なんだなあ、ということがよく分かった。

(うわあ)

そして、肝心の夫となった長児王子は・・・寝ている・・・。

めっちゃ酒臭い息を吐いて俯せになって、寝ている。

(うわあ)

ぺちぺち叩いても一向に起きる気配がない。

絶世の美女を目の前にして、眠りこけるのはいかがなものか。

しかし、やることはやらなければ、婚姻が成立しない。

仕方ないので、寝ている長児王子の服を脱がせることから始めることにした。

靴は簡単に脱がせることができた。

次は帯どめのひもだ。

ここの括りを解いて、、、引き抜く!

よしよし。この調子で、帯もひきぃ、引き抜くう。

想像以上に王子のガタイが良いせいで帯を外すのには力が要った。

婚姻の儀式で重たい装身具やら帽子やら身につけていたせいで、私だって王子と同じくらい疲れている。

(もう、服を脱がすのめんどいな)

履いているズボンも引っ張っても全然脱がせられない。

(ここに侍女がいたら楽だったのに)

青の国の風習の通り一緒に嫁ぐ予定の侍女も寝台にはべる予定だったのだけど、白狐の里の風習では、まずは正妻を一人と決めて婚姻を済ませてから側室を迎えるそうで、私の提案は却下された。

変なの。

緑の国との縁談がなければ、月羊と二人で黄緑の国に来る可能性もあった。

その場合、正妻は姉の月羊だったのかしら。

うーん、すると、私は婚姻の儀式も参加できず、夜も別々ということ。

これは、なんか釈然としない。


それにしても、王子は良く寝てる。

(もう、私だけ脱いで形だけでもそれなりにしたのでいいんじゃないかな。どうせ、酒に酔ってて覚えてないだろうし)

少し肌寒くなった。

高地に位置する白狐の里は、夏季でも裸は寒いくらいの温度だ。

発展した理由は、馬の産地、外敵がいないこと。

昨今見つかった希少金属、鉄の産地だということ。

文羊姉様だったらそう分析してそう。

(こう考えると、白狐の里との繋がりは大事にしないと)

私は真っ裸になると、綿布をかぶり、ぺたりと王子の身体の横にひっついた。

よしよし。

これで既成事実は出来たハズだ。

朝起きて、裸の私を見ればみんな納得。

お酒臭いのが辛いけれど、完全計画、没問題のはずだ。

(月羊と同王子の婚姻はどんな感じだったのかしら)

なんだかんだ言って、交わらずに済んでほっとしたような、みじめなような、良くわからない心持こころもちで私は目を閉じた。







==========


母さまゆずりのくるくる髪はキライ。

茶色い目もキライ。

私は私がダイキライ。

「あの娘は醜い。本当に青の血を引いているのかしら?」

「同時に生まれた姉の方は、青の娘らしく美しいのに。」

「母親が、王と同時期に別の男と通じたのかもしれませんわよ。種が違うからあのように醜いのでは?」

キライ。キライ。

ダイキライ。

私と似てない双子の姉も、私をこんな風に生んだ母さまも、大キライ。

小さい私は、宮廷のすみっこに隠れて過ごす。

だーれの目にもつかないはじっこの木によじ登り、だれにも醜い姿をさらさないように過ごす。

キライ キライ。

みーんな みんな大キライ。

「ふうん、そこは君の特等席?」

木の上にうずくまる私に、一人の男の子が声をかけてきた。

年は十くらいだろうか。三つの私からすると随分大きく見えた。

(なんて綺麗な子だろう)

一瞬、自分の醜さも忘れ、呆けたように彼を見る。

艶やかな黒曜石のような瞳。黒い髪は絹糸のように光沢のあるなめらかさで、彼の衣服が少女のものであれば、双子の姉よりも美しい少女の姿となっただろう。

父王の数ある側室の内の子の一人だろうか。

(見たこともない)

幼い私がじっと、見ていると、男の子はその視線にはにかむように笑い、それがまた美しかったので、私は自分の姿を思い出してみじめになっていた。

だから、

「そうよ」

と、ぶっきらぼうに答える。すると

「ねえ、僕もそっちに行っていい?」

と、言う。しかも、返事も待たずにするすると木によじ登ってきた。

「あんまり眺めのいいところじゃないね」

そう言う彼に、私がぷんとそっぽを向くと男の子はおかしそうに笑う。

「この木は枝が多い。ほら、君の綺麗な髪が枝に絡まって…」

綺麗とは、私の醜い茶色い蛇がのたうつような髪のことを言っているらしい。

私はカチンと来た。

こんな髪!綺麗だなんて言われたことはない。

嘘つき!嘘つき!嘘つき!

「私の髪はきれいじゃないわ!」

腹が立ったので、男の子を突き飛ばすと、男の子は枝からつるりと滑り、悲鳴をあげて地面に落ちていった。

この木を私が選んでいるのには理由がある。

いじめられた時の逃げ場として丁度よく、追いかけてきた異母兄弟達を突き落としやすいこと。そして、落ち葉が絨毯になっているので、けがの心配も少なく報復もそれほど恐れずにすむということ。

すでに異母兄弟が何人か落ちて実験済みだから、平気なはずだ。

はずなのだが、落ちた男の子がぴくりとも動かない。

(当たり所が悪かったのかな・・・)

そういえば、ここから突き落とした異母兄弟で骨折していたのが一人二人いた気もする。


男の子は、かなり身なりがよかった。

側室でもかなりの身分の子どもかもしれない。そいつを骨折させたとしたら、大目玉かもしれない。

(しばらくオヤツを食べさせてもらえないかもしれない)

怒った母さまと、月羊の顔を思い浮かべてげんなりする。

すると、

「ははははははははは」

落ち葉にうずもれていた男の子から狂ったような笑い声があがった。

(え?なに?)

打ちどころが悪くて頭がおかしくなった?

それならいいけれど、この笑い方はフツウじゃない。

そもそも、男の子は、びっくりするくらい綺麗だった。

(もしかしたら!鬼神のたぐいかも!)

そうだ!!

それなら納得だ!!

人に非ざるものの美しさだ。

だから、木から落ちて笑うという人知を超えた思考をしているのだ!

怖くなった私は、木から滑りおり、その場から逃げ去ろうとした。

「つーかーまーえた」

楽しそうな男の子の声がして、ひんやりとした白い手が私を掴んだ。

抱き上げられ、無理やり男の子の方を向くようにさせられる。

「ぎゃあ・・・」

思いっきり叫ぼうとした口は、男の子の口で塞がれた。

「???」

驚きに悲鳴が吸い込まれたように途絶えると、男の子は口を離した。

何をされたかわからない小さな私に、男の子は研ぎ澄まされた宝玉のような瞳を細め、にっこりと笑う。

「はじめまして、僕は同。

可愛い可愛い小さな王女。

どうぞ僕のお嫁さんになってくれませんか?」


そう、

小さな私は、こうして緑の国の同王子に出会い、綺麗で、美しいものを手に入れた。

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