Ep.12ー2 星降る聖夜に約束を

 ディアンの周りにはヤバい人が多い。ディアンが実は引き寄せる沼なんじゃないだろうか。だとしたら、リディアも引きずり込まれたおぼれた闇か。


 ――いや、ディックもシリルもいい人だ。第三師団の団長夫妻もいい人だ。ディアンに敵うならばあの人たちぐらい。


 カロリーヌはちょっと似ているかもしれないが、夫妻とは距離感が違う。さすが姉弟。遠慮がない。


 ていうか――ディックは怯えていた。けれどシリルに言わせれば、至極まっとうな人たち、だ。


 そして今、リディアとディアンはその家に向かっている。

 本当はご挨拶らしく、スーツにパンプスにしたかったけれど、グレイスランドの北西にあるそこはかなり寒いらしい。それに気軽な人たちで、お泊りということで、お出かけ用のカシミヤセーターとニットパンツ、ブーツで出かけることにした。


 北方面へ出る列車は、二時間に一本。セントラル駅で待ち合わせて、個室コンパートメントの予約席に座る。四席あるその空間で、通路側にディアンが座るのはいつものこと。

 彼はそちら側、リディアは窓の方に注意を払うのが暗黙の担当。


 ただ、リディアにとっては|コンパートメントのほうが防御膜を張りやすいし、周囲も空席だからに意識を巡らせなくてもいいのがありがたい。


 “二人きりの空間だから、嬉しい!” なんて恋人らしい感情を持たないのは、なんだかなと思っちゃうけど。


 ディアンは、自分たちの座るボックス席のさらに前後の個室さえも空席で押さえていた。本当は団長なんだから狙われる危険を回避するため、列車まるまる貸し切りにしてもおかしくないぐらい。


 ただ、今回は私的な事情だし、できる限り誰にも知られたくないらしく(というかもう広まってるよね)そこまで派手には帰省はしなかった。


 二人で予約席に座り、なんとなく両隣に座る。前が空席なのに、向かい合わせではないことが恥ずかしい。


 リディアは胸を押さえて深呼吸する、今はディアンが隣にいることより、これから先方に挨拶に行くことの方が、何千倍もドキドキしている。


 手土産は、料理もお菓子も上手なお母様と聞いて難易度上がった。首都の高級菓子は嫌みっぽい。


 ディアンに「ご両親に、お好きなものとか嫌いなものはないか」と聞いたら「さあ、ないんじゃねぇか」と。


 これだから、男の人は役に立たない!


「つか、何もいらねぇんじゃねぇか」


 こういう時、ホントにディアン先輩役に立たない!!!

 ぷりぷりするリディアの手を掴んで、彼は自分の膝上に置く。


「落ち着けって」


 リディアは、浮足だっている自分に気が付いてまた深呼吸する。故郷にご両親がいることは昔から聞いていたが、彼はそれを話すことがないし、付き合ってからも自分から挨拶に行きたいなんて言えるわけがなかった。


 だって彼女認定とか、将来のお嫁さん候補と認めろ、ということ。それは自分からは言い出しにくかった。


 ちなみにディックに言わせれば、お姉さまは最強。もっとも関わりたくない相手。


 ディアンとは十歳年が離れていて、最古の大学都市であるドット国で優秀な成績を収めて、ディアンが成人になる前に、かの国に秘書官として務め、そちらで結婚をしている。


 だからほとんどグレイスランドには顔を出さないらしいが、なぜかディックはものすごく恐れている。


 あのディックを怖がらせている、それは……なんとなくわかる気もするけど。シリルに言わせれば、いたって普通な家族、らしい。


 リディアはもう片方の手で紙袋を握り締める。結局自分が準備したのは、お気に入りの農場ファームの、蜂蜜と薔薇のジャム。特に薔薇のジャムは、その辺の市販のものがペクチンばかりで申し訳程度に花びらが入れられているのに対して、ここのは花びらだけで煮詰めた香り高いもの。


 それから、自作のスコーン二種。ヨーグルトスコーンはしっとりとしたもの、生クリームで作ったスコーンは、ほんわかミルクの香りがするコクのあるもの。


 スコーンはそれぞれの家庭での味があるからこそ、違う家庭のものを持っていっても失礼にはあたらない、そう思ったのだけど。


「……ばらじゃむ?」

「そう。薔薇の花びらのジャム」


 ディアンはそれを聞いて、黙りこんだ。


「それって、ゲテモノ料理とかのたぐいか?」

「……っ」


 なんてこと! リディアは握るディアンの手を振りほどいて、反対側の方に顔を向けた。


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