Ep.11 君に会えるのを待ってる


 もう慣れたと思ってやっぱり慣れないことがある。


 今日くらいはと、第三師団の副団長がレオン預かってくれた。

 『今晩ぐらいは、ゆっくり二人ですごしなさい』と。


 久しぶりの二人だけのベットになんだか戸惑う。


 彼はそんなことを気にもしてないようで、リディアを抱きしめて何度もキスをしてくる。


 明日また、彼は戦火の中に身を投じる。自分はついていけない。

 レオンがいるし、足手まといになる。


 ――もう何度もこんな夜を過ごした。

 恋人になる前も、なってからも、縁を結んでからも。


 ディアンと結ばれてから、彼のいない時に呼び出されて、”彼の遺伝子を残すべきだ”と上層部から言われたことがある。

 そのことは誰にも言わなかったけれど、どこからか聞いてきたディアンはひどく怒って乗り込んで、施設をぶち壊しかけたこともあった。


 リディア自身はもっともだと思って納得もしたけど、自分のことよりリディアが道具扱いされ侮辱されたことを怒っていた。


 リディアが一人目を妊娠して、その胎児の魔力の強さに母体がもたないと、選択を迫られた時があった。


 彼が、その時ひどく悩んだのを知っている。

 結果、彼の選択はリディアを取ることだった。


 絶対に嫌だと言い張るリディアと、あきらめろと言うディアンと。

 あの時ほどひどく喧嘩をした事は無い。


 自分のために怒ってくれてるとわかりながら、泣きながら反論した。

 結局、耐えてみせると宣言したリディアの言う通りレオンを無事に産みだすことはできたけれど。

 

 あまりにも泣いて激高する妊婦のリディアの体調を優先して、ギリギリまで譲歩して待ってくれたことだっていうのもわかってる。


 でも、リディアが自分の宣言を証明して、彼もまた少し変わった。


 覚悟は強くなった気もするし、弱くなった気もする。

 彼はゆるがない。

 

 でも時々彼の中が見える時がある。

 微かな恐れのような弱さが一瞬だけ見えると、胸に何かがこみあげる。

 

 愛しいという感情。多分、そんな顔は夫婦にならなければ見せてもらえなかった。


 今の彼は、それを見せていない。

 何度もキスをして、何度もリディアの髪をかきあげて、うなじにキスをして服に手をかける。


 すっかりその気になっている彼に、リディアは「先輩」と声をかける。久々にその呼び方をした。


 そしてその呼び方をするときはリディアが何かを思っている時。


 彼は手を止めリディアを見つめた。


「言っておくことがあるの」


 彼は黙って黒い瞳でリディアを見つめる。言ってみろ、と促している。


「もし何かあったとき、私はレオンを取るよ。先輩には悪いけど、私は私よりレオンを優先する」


 ディアンはずっと恐れている。

 守るものが増えること、それでリディアを失うことを。


 彼にとってはそれぐらい怖いことなのだと、理解していた。

 ありがたいことだと思う。だから弱みにはなりたくないと思っていた。


 でもいつか。そういう状況に置かれたら、自分は大切な自分の分身を、大事な大事な息子をとる。


 自分より優先させる。


 そう宣言するとディアンは部屋の間接照明の赤みを写した黒い瞳で、リディアを見つめて「わかった」と頷いた。


「お前ならそうすると思ってる」


 そしておもむろに、リディアの服をまくりあげて脱がし始める。

 つられてバンザイの姿勢をしながら、たった今の真剣な覚悟から、若干混乱に陥る。


(え。真面目な話をしてるのに!?)


 混乱のまま、下着姿になったリディアを前にディアンは再度口にした。


「お前の気持ちはわかってる。けれど、俺は両方を手にする。お前もレオンも」

「うん」


「でもお前がどっちかしか選べないと言うならば、抱えきれないものをもう一つ作ってやる」


 ん?


 そして、リディアのブラジャーを上にずらしながら、耳に顔を寄せる。


「せっかく2人きりになったんだ。一晩中やり続けりゃ、もう一人ぐらい増やせんだろ」


「え?」

「覚悟決めたんだろ?」


 夏の湿った匂いがする風が、窓のレースを揺らした。


「その覚悟じゃないんだけど……」

 

 彼は答えなかった。あとは行動だけ。





 秋の落ち葉が積もる道を、三人で手を繋いで踏む。


 新雪の中をレオンが駆け回り、それを見るリディアが無意識に膨らみが目立ちはじめたお腹に手をやると、ディアンが肩にジャケットをかける。



 春がくる。


 君に会えるのは、もうすぐ。





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