Ep1.俺様団長(19歳)と、思春期ヒロイン(14歳)のささやかなる攻防

 ディアン・マクウェル(十九歳)は、グレイスランド王国魔法師団第一師団ソードの団長である。


 性格は傲岸不遜な俺様、魔法の大半は意味不明(ヒロイン談)な人外のチート能力からのもの。

 赤みがかかった黒髪に、漆黒から深紫の瞳。無表情だが、端正すぎる顔が時折笑みを浮かべると、人を地獄に蹴り落とし愉悦に浸る悪魔のよう(ヒロイン談)に見えるらしい。

 そんな彼だが、団長の仕事は毎日、魔法をぶっ放して面倒なヤツを惨殺しているわけでもなく、大部分は国内外の問題処理ばかり。


 ちょいちょいたまるストレスと付き合い、めんどくせえなと思いながら王との謁見から帰ってきたディアンを、ベテラン戦士風情の副団長のガロが、食堂前で呼び止めた。


「なあ、ちょっといいか」

「あ?」


  今日はこれで仕事を切り上げた。

  さほど疲れてはいないが、若干機嫌は悪い。王宮から戻ったディアンが、いつもそうだということを知りながら声をかけたガロは、歯切れが悪い。 

 個人的な問題か、とディアンは予想を付けたが、苦い笑いを浮かべた顔に、ある一人を思い浮かべた。


「リディアか?」

 

 リディア・ハーネスト(一四歳)は、六年前に魔法師団に入団した。

 貴族のお嬢様で暴力とは無縁で育った彼女が、なぜこんな戦闘野郎集団にきたかというと、それはディアンのせいだ。 


 彼女は魔法学校の初等科で、蘇生魔法という唯一無二の特殊魔法を発現してしまった。

 それは完全にディアンのせい。気にかけてはいたが、当時はどうすることもできなかった。

 その後、彼女は魔法師団に強制入団させられ、守りに特化した第三師団シールドにいたのだが、かの団長、通称熊親爺から、ディアンが面倒を見ろと移動させられてきたのだ。

 

 そうして、ディアンは一応の責任を感じながら、そこそこ目を配ってきたつもりではいた。

 が、ほぼ女のいない戦闘野郎集団。時折というか、よく問題は勃発する。

 本人は割合誰とも衝突しない性格だが、やはり思春期、微妙な年頃だ。最近は感情の起伏が見え隠れしていて、少々気にはなっていた。

 

 何かあったか、とディアンが目線で問いかけると、ガロは頭を掻きながら、まさに親父の顔で、うーんと唸る。


「最近、アイツと組手をしたか?」

「いや?」


 第一師団は戦闘力重視の集団だ。魔法の腕は勿論だが、己の力を頼みにする肉弾戦も好む。特にディアンは白兵戦が得意で、リディアには体術をかなり仕込んでいた。

 そういえば、リディアに訓練をつけたのは、最後がいつだっただろうか。初期に徹底的に仕込んだおかげで不安はないが、何かあったのか。


 眉を潜めるディアンに、ガロは苦笑いをするばかり。緊急事態ではなさそうだが、何が言いたい?


「そうだな。とりあえず、ちょい組んでみろよ。そうすりゃわかるから」



***


 休憩所のいつもの場所にリディアはいた。食堂前の自販機のある休憩スペースの最端の一角。


 ここが彼女の定位置として認められるようになった経緯は、少々歴史がある。

 リディアはその席で、魔法陣の研究に余念がない。年数を得るごとに複雑化していく魔法陣を覗き込めば、かなり高度なオリジナル技。

 

 ディアンでもそれがひと目で何の術式がわからないほど、高度なものを描き上げるようになっている。

 失われた魔法の黄金期に描かれていた印章を見つけて、特許までとっていたから驚きだ。


(なんだっけ、たしか隠れる少女カシェットだっけか?)


 古代魔法の印章を発見したものは、その命名権がある。リディアがつけた名前は、“隠れる少女”。なんだかアイツの性格そのものだ。何から隠れたいのか。


 ディアンが近づいていくと、リディアが気配に気づいて顔を上げる。

 大きな瞳は、鮮やかな深緑色だ。きれいな顔立ちだが、違和感を覚えるのはその髪型。

 男並みにベリーショートに刈り上げた金髪。


(また短くなってねえか?)


 そのうち坊主にしそうな勢いだ。いや、するかもしれない。

 ちなみにこの間は、舌にピアスをあけたいと言って、兄代わりの団員のディックに『醤油が染みるからやめろ』と諭されていた。

 昨日は“へそピアス”で検索をしていたから、問答無用でデコピンをしたら、半日ほどプンスカしていた。

 一体こいつは、何を目指しているんだ?


 初めて会ったのは、リディアが八歳、ディアンが十三歳の時だ。

 長い金髪は毛先がきれいに梳かれていて、総レースの襟と袖、ディアンに丁寧に膝を折って挨拶する様子はまさに良家のお嬢様だった。

 それが今は、ベリーショートにTシャツに短パン。育ちのせいか下品さはないが、このままだと大抵の女性団員と同じく女を捨てていきそうだ。


「何、先輩?」

「いや。久しぶりに――稽古つけてやる」


 とりあえず、ディアンはガロの訴えの意味を確認すべく、リディアを組手に誘った。



***


 

 着替えてきたリディアの格好は、長袖長裾の訓練着。組み合ったリディアの襟を掴んで、その華奢な体躯を放り投げようとして、腕に当たった感触にディアンはぎょっとした。

 

 ――そして、ガロの言いたいことに察知した。


 ため息をつきたい。頭を抱えたい、そんな気分だ。

 ディアンはリディアの襟から手を離して、一度距離を取る。


「何?」


 ディアンが額を抑えているのをみて、リディアが訝しげに見つめてくる。


(勘弁してくれ――!!)


 誰に叫べばいいのか。誰にこれを、ふればいいのか。


(俺は、こいつの母親じゃねえぞ!)


 誰がこいつに“それ”を、教えなかったのか。


(おっさん。第三師団シールドで、片付けておいてくれよな!!)


 リディアは、シールドから預かった。だからシールドの団長の熊親爺に悪態をつく。

 しかし、ディアンにもわかっていた。リディアがここに来たのは、四年前だ。シールドで教えておいてくれ、というのは無茶な話だ。


(うちの中で、こいつにそれを教えてやれるのは――)


 ディアンは考えるが、全く該当者がでてこない。

 そもそも、リディアが休憩室の一角を私室のように利用しだしたのは、女性団員とうまくいかなかったからだ。当時、唯一のベテラン女団員がリディアと同室だったが、その相手は色々問題ありだったのだ。


 彼女は――毎日男を、とっかえひっかえ連れ込む癖があった。第一師団は、その辺のことは、成人であれば本人たちの自由として、放任していたのが仇になった。

 貞操の危機を感じたこともあり、困り果てたリディアが部屋に戻らなくなり、休憩所に居座るようになって半年。長期の遠征から戻ったディアンが気づいたときには、リディアは軽度の男性不信になっていた。


 十歳で二段ベットの下段で、行為を聞かされた続けたのは虐待だ。ディアンは今でも後悔している。


 その女団員は、今はソードにいない。それはいいが、ディアンが言いにくいことを頼める女性の団員がいないのだ。


 唯一思い浮かべるのは、第三師団の団長の妻兼副団長のリディアが敬愛する女性だが、彼女は今産休中だ。


「ディアン先輩? 何難しい顔してんの?」


 リディアは、ディアンのことを、団長ではなく先輩と呼ぶ。これもディアンのせいなのだが、割合それはどうでもいい。


 リディアを見下ろし、動きを止めてしまったディアンに、流石に彼女は顔に不安をよぎらせる。

 ディアンは腹を決めた。


「訓練は中止だ。ついてこい」



***



 外からはただの一軒家にしか見えない隠れ家風の店。

 ディアンはそこに連れてきて、内装に脱力感を覚える。

 

 不満はない、まさに女性ウケするキレイな美しい部屋だ。白一色の清潔感があり、品の良いノーブルな感じさえ漂うのは、揃えた家具が値打ち物でおまけに趣味が良いからだろう。

 

 猫脚の化粧台、ガラステーブルには輝く宝飾品。大きな花瓶に活けられているのは巨大な白い百合――カサブランカ。


「あら、お久しぶり」

「――急に悪い」


 久しぶり、と言われても常連じゃない。

 過去に一度、連れに付き合わされて来ただけの場所。そんなディアンを常連扱いして、急な頼みでも利いてくれたのだからありがたい。

 

 驚いているだろうに、周囲を物珍しげにキョロキョロもせず、大人しく視線を伏せ控えているリディア。そういうところは、育ちの良さを感じさせる。良家の子女は、初めて訪ねた屋敷を、物珍しげに見渡さない。


「こいつに――」


 が、ディアンはこれからのリディアの抵抗か驚きを予想しながら、さりげなく、でもはっきりと告げた。


「――下着を用意してやってくれ」

「は?」


 つまり、あれだ。思春期を迎えたリディアだが、本人は自覚がなく、いつの間にか成長しつつある体を保護する物を、全然纏っていなかった。


 組手をすれば、いやしなくても、わかるものにはわかるだろう、ノーブラだと。訓練着越しに感じる胸が腕に当たり、ガロはまずいだろうと、ディアンに報告してきたのだ。


 もしかしたら一部の団員も気づいていたかもしれない。

 でも耳に入ってこなかったというのは、――ディアンは舌打ちをこらえる。

 ここ数ヶ月、リディアと訓練をした団員を、後でディックにリストアップさせる。


 リディアの顔が驚きで目をまんまるに見開き、それから顔が真っ赤になる。ディアンに何か言いかける口。

 だが抗議が叫ばれる前に、上品な店主がニッコリとリディアに笑いかける。


「かわいらしいお嬢様ね、お名前は?」

「ええと――リディア。リディア・ハーネストです」

「そう、私はエレナよ。ここは、利用されるお嬢様にふさわしい品を様々に揃えているの。急に連れてこられて、びっくりしているでしょう? あちらに行きましょう、リディアにはどんな物がいいかしら」


 リディアはエレナの話術に飲み込まれて、声を荒げるのをやめたようだ。リディアが奥に消えると、エレナはディアンににっこり笑いかける。


「ちなみに、可愛らしいお嬢さんの保護者さんは、どんなものをと考えているのかしら」


 笑みを浮かべている、言葉だけでは何も感じない。

 だが気配も、声も、トゲを備えているようだ。一応、ディアンは応える。


「そうだな。動きやすくて――」

「却下」


 マダムエレナは、優雅な微笑みでディアンを即座に切り捨てた。


「お話にもなりませんわ。言わせてもらいますけれど、あなたたちはあの子をどういうふうに育てたいのかしら? 見えないところまで気を配る、自分の体を美しく見せる美意識を蔑ろにする子を育てたいの? あんなに可愛い子が、今後どのようなレディに育つのか、今が大事だと言うのに、まさか動き易さ重視とか、戦闘服の下に着るのだから、スポーツブラでいいとかは、口が裂けても言わないでしょうね?」

「――ええと。……ああ、その」

「でしたら。私に任せてくださいますわよね?」


 ディアンは、人生で初めてかも知れない、全面降伏を申し出た。



 それから二時間。ディアンは大人しく待っていた。時折聞こえてくる声。

 カップルで下着を買いに行く客は珍しくないし、ディアンも過去に一度ここに来たときは、彼女の付きそいだった。

 それが平気で楽しめる男もいるが、ディアンはあまり興味がない。中身のほうがいい、というのは本音だ。

 いくつかの仕事を片付けながら、なんとなく様子を耳で捉えていた。

 以前の相手のときには、キャイキャイ楽しむ声が聞こえたが、今回はあまりリディアの声は聞こえない。

 あまりはしゃぎ声をあげない性格だから意外ではないが、複雑な気持ちだ。

 

 初めて会った時、リディアは本当に子どもだった。それが今はこういうことになっている。


(待てよ。アイツ、アレは始まってるのか?)


 男性にはない月に一回の生理現象。魔法師団の幹部は、全員衛生講習の受講が義務付けられているし、ディアンも団長として簡単な医療知識は持っている。

 

 だから、その知識はあるが――。


 それは流石にリディアに訊けない。


(――俺はアイツの――じゃねえぞ!)


 その空白に何をいれるべきかわからず、動転したまま頭を抱える。

 自分は、アイツのなんだ?

 じゃあ誰が――するんだ?

 

 ディアンが、珍しく決断を出せずに頭を抱えていると、ドアが開いてマダムエレナがでてきた。

 ディアンにお茶を入れながら会計を示す。


「保護者さん。お支払いはいつも通り、あなた持ちでいいのかしら?」

「いつもって、その言い方は誤解を招くからやめてくれ」


 一度だけ連れて来られただけだ、そしてもう別れた相手だ。

 そう言いながら、ディアンが個人端末で支払いを済ませると、エレナは意味ありげに笑っている。


「まだ成長期だから、それを妨げない物を選んだけど、とても素敵なものを選ばせてもらったわ。あなたは見ることがないでしょうけどね。素敵なレディに育つこと間違いないわ」

「――そうか」


 他にどう答えればいいのか。


「大事な時用を選びたいときは、またいらっしゃいって言ったら、あの子頷いていたわ。勝負下着の意味はわかっているみたいね。顔を真赤にして可愛い子ね」

「――っ、ごっ、ほっっ」


 ディアンは思わず吹いていた。


「勝負って――」

「ふふ。女の子はね、すぐに蝶になっちゃうのよ。女性になる準備は始まっているから安心なさい、でも誰があの子を女性にするのかしら、ね」




 帰り道、リディアは美しく包まれた紙袋を大事そうに抱えていた。


「先輩。迷惑かけて……ごめん」


 「でもありがとう」と小さな声で恥ずかしげに礼を言うリディアに、ディアンは一応告げる。


「次はもう、ひとりで行けよ」


 リディアはコクリと頷く。これで自分の役目は終わったわけだが――。


「なあ、お前――勝負の時って――」


 口から出かけた言葉を、途中で止める。

 意味わかってるのか? そう訊きたくて、訊けなかった。


「いざという大事な時でしょ。外せない一戦」

「まあ……そうだな」


 リディアの頭の中では、勝負下着の勝負は、言葉通り。つまり大事な戦闘。そういう意味。

 ディアンはなんだかホッとして、リディアの頭に軽く手を置く。


「――ねえ。ディアン先輩、前は誰とここに来たの?」


 ディアンは、わずかに黙る。

 まあ、予想していなかったわけじゃないが。


「ソレ、訊くか?」

「……」


 リディアが押し黙る。ディアンはわざと軽く聞こえるように口を開いた。


「そういうことは訊かねーで、悶々と悩むもんなんだよ」

「なにそれ!」


 リディアが抗議の声を上げるのを、ディアンはかわして髪をかきまぜた。短い髪が立ち上がり、金髪がタワシのようになる。


「やめてよ!」


 リディアがディアンの腕を払い除けて、逃げるように走り出す。そしてディアンに振り向く。


「勝負って、大事な時だよ。ディアン先輩には、見せることはないけどね!」

「――っお、まえ!!」


 意味わかってんじゃねーかよ!

 リディアはそのまま魔法師団の通用口を通り、ディアンの鼻先で扉を締める。


「おい、リディア!」


 扉を開いた先、リディアの目の前には、部下のディックがいた。

 ヤツは魔法剣の使い手で、ディアン同様の俺様気質。だがリディアより三歳年上で、リディアを妹のように、いや妹以上に猫可愛がりしている。


 これから外に出るところだったのだろうが、帰宅したリディアに兄貴のようにまずハグして、それからリディアの手荷物に目を向ける。


「お、リディア。何、どんなの買ったんだ?」


 ディアンはディックに今回のことを話したわけじゃない。

 が、二人でいなくなったのだから、ガロあたりが事情を察して、話したのだろう。

 そしてリディアは猫のように毛を逆立てて、ディアンを睨んで、ディックに威嚇した。


「――俺は言ってねーぞ」


 顔を赤くして目も潤ませてディアンに睨んでくるリディアに、ディアンは一応告げる。


「――知らない! もう知らない!」

「おいリディア、待てよ。見せろよ!」

「ディック、やめとけよ」

「は? 最初が肝心だっツーの。今チェックしとかないと、習慣にならねーだろ、後で後悔しても遅いんだよ」


 ディックはなんともやばい発言を堂々とディアンに言い放って、リディアの剣幕をものともせず、追いかけていく。


「何言ってんの!? 見せるわけ無いじゃん、バカ! ディックの変態!」

「変態じゃねーよ、こういうのは最初が肝心なんだからな! おい、リディア!!」


 二人の声が遠ざかる。

 ディアンは、それを見送り、大きく息をついた。


「誰があの子を、女性に――か」


 リディアが少女から女性になるのは、すぐだろう。

 その時、自分はどうするのだろうか。

 どこまで待てるのだろうか、いつまで待てばいいのだろうか。


「――待てば、どうにかなんのかよ?」


 それは、ディアンでもわからなかった。

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