第27話

 日が暮れてから、瑛景の私室を尋ねることは初めてだった。

 廊下の掛行灯には火が入れられて、幻想的な輝きを夜の中に滲ませる。

 旬果は付き添いの泰風と共に、案内役の女官から足下を照らしてもらいながら廊下を進み、皇帝の私室の前に立つ。

 そして旬果一人が部屋に入った。

 瑛景は、にこりと微笑んだ。

「姉上、ようこそいらっしゃいました。お酒はいかがですか?」

 いらない、と旬果はかぶりを振る。

「瑛景。こんな時間にどうしたの?」

「姉上、今日も後宮は大騒ぎでしたよ」

 旬果は、気まずさ一杯で苦笑する。

「ごめん……」

「謝らなくとも大丈夫です。姉上は本当に私を飽きさせませんね」

「それは、皮肉?」

「本心です」

 瑛景は裏表がないというのは、何となく分かって来たことだ。

 それが生来の性格によるものなのか、それともこの皇帝の立場のせいなのかは、よく分からない。

 瑛景は嬉々として話す。

「女官どもが噂をしておりましたよ。姉上が女官に化けて、慧星に襲いかかった、と。これは本当ですか?」

「そ、そんなことする訳ないでしょ!?」

「分かっています。ただ面白かったので、姉上にお伝えしたまでですよ」

「……あんたねえ」

「それで、記憶の手がかりは手に入りましたか?」

「……まあ、ね」

「それを聞いて安心しました」

「心配してくれたたんだ、ありがと」

「血を分けた姉上のことですから」

(可愛いところもあるんだ)

 旬果はずっと一人っ子として育ってきた。村でも妹や弟、姉や兄のいる家が羨ましかった。眠りにつきながら、もし自分に兄弟姉妹がいたらどうだっただろう、と一人夢想することは何度もあった。

「……で、瑛景。話って今のこと?」

「違います。実はこのあたりで、他の妃たちと和解の宴を取り持とうかと思いまして……」

「はああ!? 和解!?」

 旬果が声を上げれば、瑛景は吹き出す。

「そのように、げてものでも口にされたかのような顔をせずとも、よろしいでしょうに」

「和解って何!? 喧嘩を売ってきたのは向こうなんだけど!」

「そうでしょうとも。ですが、ここは姉上に折れて頂くほかないのです。彼女たちに、折れろと言ったら、もっと嫌がらせをされないとも限りません。皇后になってから、敵は少ないに越したことはないですよ?」

「……ま、まあ」

「和解と言っても、形だけのことです。それに私もいますので、彼女たちも受け容れざるをえませんよ」

「……分かったわよ」

 旬果は不承不承、頷いた。

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