第16話

 その二日後、旬果の元に後宮より使者が現れた。

 用件を取り次いだ菜鈴は、私室にいる旬果の元へやってくる。

「旬果様。後宮でお茶のお誘いがございました。いかがなさいますか?」

 菜鈴と一緒にやって来た泰風が、言う。

「旬果様。病を理由に断りを入れるべきです」

「そんなの嫌よ」

「旬果様っ」

「この間の服のことで尻尾を巻いて逃げ出したなんて、思われたくない」

 菜鈴が聞く。

「では、いかがするんですか?」

「どうせ嫌な女だって思われるんだから、やってやろうじゃない。――菜鈴。深衣でも襦裙でも袍でも良いから、持って来て」

 菜鈴は訝しい表情をした。

「……どうされるんですか?」

「仕返し」

「はい!」

 菜鈴はノリノリになって服を取りに、部屋を出て行く。

 泰風は心配そうな顔をした。

「旬果様……」

「心配しないで」


 そして旬果は後宮へ入った。

 その手には、黒漆塗くろうるしぬりに、全面に唐花文様をあしらった印籠蓋いんろうぶた造りの献物けんもつ箱。

 向かった先に以前一度来た、人工の池に造られた亭閣。

 そこには劉麗、慧星、洪周の姿があった。

 堂々と歩みを進める旬果に、でことちびっ子が露骨にほくそ笑む。

 一方の洪周はと言えば、心配そうだった。

 でこが、旬果が持っているものに気付く。

「旬果様。それは?」

 ちびっ子が言う。

「お菓子かしら?」

「いいえ。この間、せっかく頂いた衣装を破ってしまいましたから、お返しに……と思いまして」

 旬果は箱から空色の襦裙を取り出す。ぼかしの手法が取り入れられ、裾に広がるにつれて、色が淡くなっている。

 でこは首を横に振る。

「……そんなこと構いませんのに」

「こんなもので、劉麗様が下さろうとした品の代わりにはならないとは思いますが、それでは私が自分を許せません……。是非、お受け取り下さい」

 でこは口ごもる。

「いえ、私は……」

「では一度、袖を通すだけでも」

 ちびっ子が叫ぶ。

「あなた、劉麗様に無礼とは思われないのですか! そのような安物で……」

「仰る通りではございますが……。では慧星様、着て頂けませんか」

「ひっ!」

 まるで差し出した襦裙から禍々しい気でも出ているかのように、ちびっ子は上半身を仰け反らせた。

「洪周様はいかがですか? 袖を通すだけでも……」

「え、ええ。それでは……」

 ちびっ子は声を上げた。

「洪周様。いけませんわ!」

「さあ。着るのをお手伝いいたします」

 そして洪周の右袖が通り、そして左袖が――。

「うん。よくお似合いです」

 洪周は微笑んだ。

「綺麗、ですね。これ、頂いても?」

「もちろんですとも」

 旬果は、唖然としている劉麗と慧星を振り返り、

「まさか、左袖が縫ってあると思われたのですか?」

 そう、にこりと笑いかければ、ちびっ子は顔を赤くして怒る。

「あ、あなた! わたくし達がこの間、そうやったとでも仰るのですか!?」

「されたのですか?」

「あ、あ……そ、それは……っ」

 その時のちびっ子の動揺ぶりは、旬果が拳を握って掌に爪をたてていなければ、吹き出しそうになってしまうほどだった。

「そんなことはありませんよね。さあ、お茶を頂きましょう」

 その日のお茶会では、普段よく喋る劉麗と慧星はかなり大人しかった。

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