訳アリ舞踏会

いある

二人だからこそできるコト。

「はぁ…っ、もう、きゅうけい…、もうしんどいぃ…はぁ、っ」

「何言ってんだよ…はまだ満足してねぇぞ…?」

 放課後の教室。見つめ合う男女二人。赤色のドレスに身を包む少女をタキシードに身を包んだ青眼鏡の少年が押し倒している。上気した肌やドレスからのぞく鎖骨や胸元はあまりにも扇情的。少年もまた同じである。獣の様に鋭く細められた眼鏡の向こうの瞳は何処までも鋭く、何よりも美しい瑠璃色をしていた。舌なめずりをする少年の口元には肉食獣を想起させる八重歯があり、傍から見ればか弱い少女を押し倒して辱めようとする男子生徒の様に見えることだろう。





 ――事実は大きく異なるが。

「…っ、あーもー!ちょーえっろいまもっち!最高!好き!」

「雪も綺麗だよ。興奮した」

 押し倒されている少女しょうねんの名は青野護あおのまもる。対して押し倒している方の少年しょうじょの名は赤原雪あかはらゆき

 社交ダンス部を代表する最強のペアであり、両性から人気を博す学園祭の主役。二人がこうして放課後に残って練習をするのもまた更なる実力の上昇を狙っての事である。

「もういっちょ、やるか」

「んー!そういうとこすきー!かっこいー!」

「はいはい。好きだよ」

「それじゃーはじめよー!…いくよお嬢さんマドモアゼル?」

「…仰せのままに。ワタシのすべてを預けます」

 そうして再生ボタンを押し込むと、軽やかな音を立ててラジカセにセットされていた音楽が流れだす。それと時を同じくして、音もなく動きが始まった。滑るように流麗でありながら、情熱的なまでの躍動感。氷の様に計算されつくしたステップで炎が舞う。相反する二つの存在が調和し、互いを高め合うその姿は素人目に見ても最高峰のものであった。互いの長所、欠点、特性をすべて把握しているからこそできる芸当。その空間にある無機物ですらそのダンスに惜しみない拍手を贈っていることだろう。世界が息を呑み、感嘆している。

 聞こえるのは優雅な音楽と互いに呼吸を合わせる音、そして床を踏む軽やかな音だけ。まるで映画のワンシーン。

 先刻までの表情とは裏腹に、互いが異性を互いに演じ切っている。男性だからこそ知る女性の儚さ、女性だからこそ知っている男性の力強さ。互いの魅力を存分に生かし合うその姿に審査員も釘付けであろうことはもはや想像に難くない。

 やがて曲が終了し、静寂が訪れる。軽く息を吐く音が聞こえると世界が彼らの踊りが終了したことを認識した。万物が賞賛を贈り、同時に次の踊りを渇望する。

 これが彼らの舞踏に隠された『秘密』。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

訳アリ舞踏会 いある @iaku0000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ