ぼたんとほほえみ

@nthmusickn

短編

目の前に、小さな欠片が転がってきた。くすんだ金色で、凝ったデザインをしている、上着のボタンだった。

このボタンは見たことがある。これは、いつもある先生が気に入って着ている、ジャケットのボタンだ。

私はその先生があまり得意ではなかった。顔は良いのに、常に気難しい顔をして、損をしている気がする。勝手に他人の損得を考えるものではないかもしれないけど。

けど、落し物なら届けなければいけない。そういえば次の次くらいの講義、友達はあの先生の授業だったか。その時に届けてもらおうと思ったけど、なんとなく3時間もボタンの外れたジャケットは虚しいし、情けない気がした。


「…し、失礼します。」

流石にあまり面識のない先生の元へ行くのは緊張する。

「なんだ」

「あ、あの、ボタンを…」

「…あっ」

おずおずと手の中に握りしめていたものを先生に差し出すと、先生は少し慌てたように自分のジャケットを確認し、

「…ありがとうな」

少し頬を赤らめ、私の差し出したボタンを受け取った。と、言いづらそうに、

「その、君、ボタン付けって…できる?」


「できましたよ」

幸いにも今日は友達の服のボタンを付けるために、裁縫セットを持ってきていた。私は次のコマは授業を入れてなかったので、先生のジャケットを借り、ついでに部屋も借りてボタンを付けてあげた。先生はその時間は講義が入っていたのでそっちに行った。

直し終わったジャケットを受け取り、先生は私にお礼を言って、お茶とお菓子をふるまってくれた。

「そんな、良いですよ!」

「いや、ほんとに助かったよ。ボタンの足りないジャケットって、なんか情けないもんな」

なんて、そんな表情もできるんですね、先生。ってくらい柔らかい笑みを浮かべながら伝えてくれた。

「そうですよね、なんか、情けないですよね」

私も同じことを考えました、と伝えて。


「じゃあ、そろそろ次の講義始まっちゃうので、行きますね」

「そうか、引き止めてしまってすまない」

「いえ、そんなこと。」

そんなことを言い、先生の部屋を去った。


あの笑顔を、もう一度見たくて、その後も先生の元を、時々訪れるようになった。友達には不思議そうな顔をされたが、訪れる理由はずっと、自分だけの秘密だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼたんとほほえみ @nthmusickn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る