みんなの悪運を吸って幸運にしたけどパーティ追放されたおっさんの話
甲斐
プロローグ 廃村の女神
「え? 悪い。もう一回言ってくれ」
「だからクビだ」
辺りはもう日が暮れかけていた。いつものように野営の準備をしていたところ、パーティリーダーのディオンが呼んでいるとの伝言を受けた。
「今日は一杯つき合えよ」なんて呑気な言葉を期待し、中央テントに入った俺に待っていたのは衝撃の発言だった。
「クビってつまりその…パーティの…追放? ま、待てよ。どうしてだ?」
「どうしてって…」
ディオンは眉間に深いシワを作ってため息をついた。壮年だが黒髪が若々しく、組んだ腕の血管が力強く浮き出ている。熟練冒険者の雰囲気を存分に醸し出しており、新人の冒険者なら男女問わずコロっとやられるだろう。意味は任せる。
「フラン。お前はみんなに陰で何て言われているか知っているか?」
「いやそれは…」
そう言いかけた拍子に躓いた。その勢いのまま近くの樽にぶつかり、中身のワインが地面にぶちまけられてしまった。
「ぐへえっ!?」
全身にワインを浴びてびしょびしょだ。しかも臭い。すごく酸っぱい匂いがする。
「…ドジ」
「ぺっ! ぺっ! ド、ドジなのは認めるけどよ」
「無能」
「な! いやいや俺は役に立つ男だぜ!? 荷物番をやらせたら右に出る者は…」
「その荷物を失くしたりする役立たず。空気が読めないとも言われているな」
「…ぬぐぐ」
「だが一番に言われている陰口は〈不吉じじい〉だ」
「ちょ待て! さすがにじじいは言いすぎだろ! 俺はまだ三十一だぞ?」
「パーティの平均年齢は十八だ」
ディオンは俺から視線を切り、地面に転がる樽を険しい表情で見つめている。
「それに冒険者の三十一はもう立派なじじいだ」
俺と奴は幼馴染で同じく三十一なのに歳を感じさせなかった。俺は白髪交じりの短髪で体も顔も細くて顎に白い髭が生えている。そのくせ目だけが若者のようにギラギラしているらしい。
エバーオーク材の杖をつき、軽量の革鎧の上から黒いローブを羽織っているのもあってか俺は更けて見られる事が多かった。
「みんな古株のお前に困っていたんだ。いるだけで士気が下がるし雰囲気が悪くなる」
「ま、ま、待てよ! 急にどうしたんだ!?」
「急じゃないだろ? 三十を過ぎた。引退を考えるにはいい頃合いだ」
「確かに俺はみんなより老けちゃいるが引退はまだだろ! なあ!? ディオン! 俺はまだやれるって! お前からみんなに言ってやってくれ! 俺はまだ…」
必死に食い下がる俺にしびれを切らしたのか、ディオンはため息をついて台の上にある書類や手紙に目を通し始めた。
「パーティからは明日にでも出て行ってもらう」
「あ、明日? こ、こんなところで放り出されてこれからどうしろってんだ!?」
「ふむ。確か近くの森の中に廃村があるらしいからそこで余生を過ごすのはどうだ?」
「本気なのかよ…?」
「話は以上だフラン」
※※※
朝日がみんなの背中を照らしている。さわやかな朝だ。冒険するにはもってこいの天気だ。しかしその冒険者パーティの中に俺がいない。彼、彼女たちは後ろにいる俺に一瞥もくれずにどんどん遠く離れ、ついには誰も見えなくなった。
「…っ、はぁぁ…」
口から情けない声が漏れて尻もちをついた。風の音がやけに寂しく聞こえる。
「…俺は終わりだ」
終わった。ただそれだけが頭の中で反響している。ふと顔の横にある枯れかけた草に目が止まった。まだら模様の何てことない雑草だが、その時の俺にはまるで俺そのものが打ち捨てられているように思えた。
黒いローブの隙間に手を入れて雑貨鞄の中身を物色する。魔晶石か肥料でもあれば良かったがツイてない事に今はどちらも切らしている。せめて水でもやるか。
「お前は俺と同じになる必要はないぞ。さあお前の悪運を俺に寄越せ」
俺は〈ラックリング〉を発動させた。右手に複雑な光の文様が浮かび上がってそれが脈動する。ちりんと鈴の音に似たものが辺りを優しく包み、緑色の光を帯びた右手を雑草に置いた。
「
雑草を一撫ですると白くきらめいた。撫でた右手からはもぞもぞとした気色の悪い感覚が体を通ってへその下に留まった。そのまましばらくすると空から轟音が聞こえてくる。
いつの間にか曇った空には稲光が走っていた。雷が辺りの空気を震わせた後に、ぽつ、ぽつ、と小さい音が聞こえると同時にざあと雨が降ってきた。
「さあさ命の水だ。存分に飲め」
その代わり雨は容赦なく俺の体温を奪う。さっそく体が震えてたまらない。
「は、は、は。も、もういっそ、楽に殺してくれれば嬉しいぜ」
他人を幸福にして自らを不幸にする能力〈ラックリング〉は俺を幸せにしない。使えば使うほど俺自身は不幸になり、悪運を吸われた周りが幸福になるからだ。
「!?」
いきなり頭に衝撃が走った。ちかちかする視界の隅で細長い物が、ばき! べちゃり! と音を立てて地面に突き刺さったのが見えた。
「ってええええ…! 何だ!?」
頭をさすりながら確認するとそれは剣の鞘のように見えた。
「…何でこんなもんが…」
ぎゃははは、という声が小高い丘から聞こえてきた。そこには十数人ほどの男がおり、手には剣や棍棒が握られていた。
「野盗…! くっそ! パーティから離れたらもうこれか!」
悪運を吸った俺はとにかくツイていない。今の俺には黙っていても岩が降り注ぎ、外に出ればご近所さん感覚で野盗と遭遇する。飯を食えば異物が混ざり、水浴びをすれば毒蛇が群れで溢れる。常に死と隣り合わせだ。それでも今まで生き永らえてきたのは俺が悪運を吸って、幸運になったパーティに囲まれていたからだ。
幸運の人間の側にいれば大規模な災害に巻き込まれる事も無く、せいぜい鳥のフンが降ってくる程度に緩和される。彼らにとっては俺が側にいる事自体が幸運だ。共生関係であるからこそ生きてこられた。だがそれが崩れた今、数百人分もの悪運が俺を目掛けて降り注いでいる!
「ひゃっはー!」
野盗は頭が悪そうな叫び声をあげて俺に向かって来た。
「やべえ! 逃げねえと…ん!?」
野盗に背を向け走り出した瞬間に背筋が凍った。おそらく野盗が投げたであろう剣の鞘から妙なモノが湧き出ていたのだ。しかし俺はこれを知っていた。何度も見た事があるモンスターだ。物理攻撃を受け付けず、俺が使えない魔法でのみ退治が可能な霊的存在。
「れ、レイス…!? な、なんでこんなところに!?」
横目で走り抜けると鞘の下には砕かれた大小の石が散らばっていたのが見えた。恐らくそこは悪霊を鎮めるための積み石があったのではないだろうか。
「ふ、ふざっ! ふざけんなああ!」
雨のせいで足元がおぼつかない。雑貨鞄から野盗の足止めにできそうな物を探したいが俺も必死に走っているので確認できない。
「おわ!?」
転びかけて雑貨鞄の中身をぶちまけた。しかしそれを拾っている暇はないがつい後を見てしまった。そしてそれを即座に後悔した。
「おご、ごごごご!?」
「うぎゅ? ぐぎぎぎぎ」
「おべべべえべべえべ」
レイスが野盗の体を乗っ取っていたのが見えた。体が、関節が、おかしな方向へ曲がっていく。
「ひぎゃああああああああああ!?」
上半身は全く動いていないのに足が異常に早く動く男、地面を四つ足で走り首が捻転している男、地面すれすれに体を横に傾けて走る男。
俺は異形と化した男達と一緒に森へ突入していった。肺が焦げ付きそうだったがそれでも足を動かした。
「はあ! はあ! どこだ!?」
ディオンの言葉を思い出していた。近くに廃村があるらしい。そこに村人がいれば悪運を吸い取って幸運にし、俺の悪運を緩和できるかもしれない。
「ぐ!?」
右肩に激痛を覚えて思わず足を止めて左手で抑えた。肩にある固い手応えのそれは小さなナイフだった。すぐに引き抜き無造作に投げてまた走った。
「くそっ…! 何とかまだ走れ…る…!?」
視界が歪んだ。木々が斜めに倒れて葉の隙間から見える空の色が解らなくなる。
「毒…かよ!?」
それを悟った瞬間に背中と左腕に衝撃を感じた。しかしそんなのに構っていられない。
「村ぁ…!」
途切れかけた意識で前へ前へと走り出す。闇雲でいいから前へ進む。〈ラックリング〉は悪運に惹かれる。進めば必ず辿り着く。廃村で細々と生きるツイてない奴らの元に。
「!?」
大地に落ちる俺の影が濃くなった。これも知っている。来たか! 最凶の悪運が!
「早く! 早くたどり着けええええええ!」
空が光り輝いていた。目を凝らせば光る球体が見えるだろう。あれは岩だ。燃えさかる岩が俺を目掛けて飛んできているのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
後ろにはレイスに狂わされた野盗、空には燃える岩。幸運のパーティはもういない。絶体絶命だ。それでも俺は足を動かした。ふいに視界が開けた場所へ出た。俺の前方には人影と思わしきものが数人固まっていた。
毒のせいか確かな事は解らないが、俺はそれに向かって最後の力を振り絞って飛び込んだ。
「お前らの悪運…俺に…寄越せぇ!
驚く表情を見せた人々の中で一人だけ目が合った。綺麗な薄水色の目をした少女のように思えた。だが次の瞬間に俺は泥の中吸い込まれていった。
「げほっ! ぐはっ! くっさ!?」
これは泥じゃない。何かは想像に任せるがそこから何とか這い出ると右手を確認した。光る文様がゆらめいて消えかけていた。どうやら悪運を吸えたらしい。安堵する前に世界は白に塗りつぶされ、遅れて衝撃と振動が全てを包んで無音になった。
「…」
音が鈍い。体に何かが降り注いでいる感覚がある。それが土だと解ったのは視界が明瞭になった後だ。息を整えて後ろを振り返ると地面が大きくえぐれていた。夜盗は逃げたのか姿が見えない。俺の周りにいる人達は悪運を吸った時と同じ姿勢で固まっていた。
「…たす…かっ…た…」
意識が消える瞬間に誰かの手が見えた。ゆっくりになった世界の中でその手を目で辿ると黄金色の髪が見え、続いて薄水色の目がきらきらと光っているのが解った。悲痛な表情で何かを叫んでいる少女は信じられないくらい美しかった。心なしか体もぼんやり光っているように見える。
(あ、やべ。女神様? こりゃとうとうお迎えかー…)
呟いたつもりの言葉は頭の中で霧散しただけだった。
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