一ノ巻 襲来、亡霊侍巨人(四)
夜空を駆ける炎の中に、巨人の姿が見える。
巨人は大きく分けて2種類。
鎧武者や足軽のような格好をしたものが、倒れているものも含め6つ。
頭から角を生やした、鬼に似たものが、3つ。
両者はどうやら敵同士らしい。
重力や慣性など存在しないかのように宙を舞い、両者は激しく斬り結ぶ。
縦横無尽に飛び回るロボットの姿は、やはり多くの人には見えていないようだった。
ちっぽけな人間たちは、逃げる方向さえ定められずに震えおののくしかない。
胴に長槍を突き立てられた赤い鬼が山に墜落、崩された土砂が人々を呑み込む。
青い鬼が武者を飛び越え、すれ違いざまにその頭部を蹴り飛ばす。
サッカーボールのように飛んだ武者の首が、さっきまで将吾郎たちのいたマイクロバスを押し潰した。
「なんでだよ……!」
逸花は悲痛に顔を歪め、戦うロボットたちを仰いで叫ぶ。
「みんな、ただ静かに死にたかっただけなのに! 家族や友達に裏切られて、見放されて、それでも復讐なんかしないで、自分が消えるほうを選ぶ、優しい人たちだったのにっ! 殺すくらいなら、なんで好きに死なせてやらねえんだよぉっ!?」
「米河さん!」
将吾郎は手を伸ばしたが、遅かった。
背後から伸びてきた巨大な腕が、逸花をつかみあげる。
「ひっ……!?」
黄色い
頭部にはヤギに似た角が3本。
後頭部からは無数のケーブルが髪の毛のように伸びていた。
肥大してゴツゴツした両腕。上下にプレスされたような寸詰まりのボディは、ファンシーなマスコットを思わせる。
それでもビルの3階くらいまでゆうに届くだろう全高は、可愛らしさなど微塵も感じさせない。
特に顔面は鬼に相応しい凶悪な面構えである。
レンチみたいな左手に逸花を握りしめ、鬼は戦場から逃げるように歩き出した。
動くたびに雅楽めいたモーター音が響いてくる。
「ショウ!」
振り返れば、さっきの足軽ロボットの胸甲が開いていた。
その奥で手を振っているのは、裕飛だ。
「まさかとは思うけど、それに乗って追いかけようっていうんじゃないよな?」
「そう、そのまさかよ!」
「動かせるわけ――」
次の瞬間、足軽ロボットの顔面でレンズが激しく明滅した。
関節部分から青い炎が噴き上がる。
「嘘だろ……」
「追いかけるぞ、乗れ!」
ロボットの簡素な手が、将吾郎に向かって差し出される。
乗る――コクピットがあるということは、本来そこに座っているべき人間、または生物がいるということだ。
そいつは今、どこにいる?
将吾郎は周囲を見回すが、夜の闇にあっては容易に見つからない。
足軽ロボットはキャンプファイヤーのように青い炎に包まれているが、それはかえって闇の深さを強調するかのようだった。
「早くしろよ!」
裕飛が焦ったように叫ぶ。
それも当然だ。こうしている間にも、逸花をさらった鬼はどんどん離れていっているのだから。
だが待て、と将吾郎は己に言い聞かせる。
こういうときこそ落ち着いて考えるべきだ。
まずこの都合のいい状況、何者かの罠なのでは?
力が必要なこの局面で、無人のロボットがどうぞ乗ってくださいとばかりに転がっているなんて、どうみても怪しい。
むしろ裕飛を降ろすことこそ、正しい選択ではないだろうか?
いや――違う。
将吾郎は頭を振る。
自分は怯えているだけだ。これ以上わけのわからないものに関わる事態を拒絶したいだけなのだ。
でもそれでは逸花をさらった鬼を追いかけることはできない。
それにどのみち裕飛は1人で行ってしまうだろう。あいつを見捨てるのか。
「なあ、姉ちゃんが消えたときのこと、おぼえてるか?」
唐突に裕飛はそんなことを言った。
将吾郎は胸を押さえる。
忘れる――忘れられるわけがない。
喪失の記憶はいつも心臓にナイフを突き立てるような痛みを伴って、それは6年間和らぐことはなかった。
「あの時も、鬼がいたよな?」
「……ああ」
奈々江が消えたとき、その背後にいた巨大な影。
角張った輪郭。5本の角と、2つの光る目。
今思えば、あれもロボットだったのではないか。
「今暴れてる鬼は、姉ちゃんをさらった奴らの仲間だ。あいつを追いかければ」
「……奈々江さんを取り戻せる」
「そうだ、逸花を助けるだけじゃねえ。姉ちゃんのためでもあるんだ。手を貸してくれ、ショウ」
裕飛の手が、将吾郎に向かって伸びる。
将吾郎には意外だった。
裕飛はよく将吾郎をトラブルに誘うが、将吾郎がぐずぐずするようならばさっさと先に行ってしまう、そんな奴でもあるのに。
そうか、と納得が将吾郎の胸を落ちた。
裕飛にしても今回ばかりは怖いのだ。
だから煮え切らない将吾郎を辛抱強く待っている。
必要とされている、という実感が、足の震えを打ち消した。
そうだ、裕飛を見捨てるなんてチョイスが、根生将吾郎にあるはずもない。
『――ショウ。悪いけど、ユウのこと、頼むよ』
だって奈々江と約束したのだから。
自分なんかに頼ってくれた、あの人の期待に応えなければ。
「わかった。行こう、裕飛」
「とりあえずこのロボの名前、『アシガリオン』にしようと思うんだけど、どうかな?」
「心底どうでもいい!」
将吾郎は足軽ロボットあらためアシガリオンの腕を駆け上る。
機体を包む青い炎に熱はなく、燃え移ることもなかった。
コクピット内部には椅子が1つあるだけ。
その椅子は裕飛が占領してしまっているので、将吾郎は椅子と壁のわずかな隙間に潜り込む。
胸部装甲が閉ざされ、一瞬、空気が抜けるような音がした。
装甲はマジックミラーのようになっていた。中から外の光景がよく見える。
明度の調節もできるらしい。外は真夜中だが、コクピットからは曇り空の昼間くらいに明るかった。
「行け、アシガリオン!」
肘掛け先端に置かれたソフトボール大の
応えるように玉が輝き、ロボットは忠実な猟犬のように猛然と走り出す。
速い。戦闘機もかくやという速度である。
素朴な疑問が湧いて出た。
「裕飛、なんでおまえ、これ動かせるんだよ」
「さあ? なんか、考えたら、動いた」
そう答える裕飛の顔が、将吾郎には不快に映った。
「なんか……、楽しそうだな」
「いや、だって。この
――燃えるか! なにがロボットアニメだバカ野郎!
だが将吾郎は舌の根までせり上がってきた衝動を寸前で呑み込んだ。
「……ああ、おまえはそれでいいや。それでこそ、有田裕飛だよ」
裕飛の独特な感性にいちいち突っ込んでいたらキリがない。
今大事なのは逸花の救出だ。
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