一ノ巻  襲来、亡霊侍巨人(一)


 西暦2020年、日本――。


 暖かい布団に潜り込んだその10分後、根生ねぶ将吾郎しょうごろうは、またがった原付の荷台の上で寒さに震えていた。


 ハンドルを握る親友の小柄な背中に、将吾郎は感嘆の念を送る。

 さすがは有田あるた裕飛ゆうひだ。いきなり夜中に人を叩き起こしたかと思ったら、問答無用でドライブに連れ出すなんて。


「――あんたの人生って、あの子のオマケみたいね」


 家を出る直前、珍しく家にいた母親からは嫌味のようなことを言われた。


 将吾郎が裕飛の突拍子のない行動に巻き込まれるのは、これが初めてではない。

 そのたび、将吾郎は長年連れ添った妻のように、あるいは忠義に厚い執事のように、文句も言わず行動を共にした。


 そんな自分を周囲の人間がどう見ているか、将吾郎は充分知っている。

 金魚の糞、コバンザメ、パシリ――。

 母親が今更どんな言葉を投げ込んでこようが、彼の心にはもう波紋さえ起きない。


「~~~~~!」


 裕飛がなにか言っている。だが容赦なく吹きつける向かい風に阻まれて聞こえない。

 将吾郎はただ彼の身体にしがみつき、眼鏡が飛ばないことだけを祈った。


 最終的に辿り着いたのは、閑散とした地元の駅前。

 空気にまで埃が漂っているかのようなロータリーを今まさに出て行かんとするマイクロバスの鼻先に、裕飛は原付を滑り込ませる。

 バスはけたたましい音を立てて急ブレーキ。


「なんだ、君たちは」


 スーツの胸元を大きく開いた、ホストみたいな若い男が迷惑そうに出迎える。

 裕飛はかまわず、男を押しのけるように車内へ。

 バスには6、7人ほどがバラバラに別れて座っていた。


 将吾郎の目は、後方の座席に座った派手な顔立ちの少女に止まる。

 知っている顔だった。


「逸花!」

「……ユウ?」


 裕飛に呼ばれて、米河よねかわ逸花いちかは心底ビックリという顔をする。

 将吾郎は慌てて手櫛で髪を整えた。もっといい服を着てくればよかったと思う。


 それよりもだ。クラスメートの少女が、なぜこんなところにいるのだろう?

 だって明日は休日でも祝日でもない。

 法事や祝い事なら家族と一緒に向かうはずだ。

 学生が、1人夜中にバスに乗って何処へ行こうというのか。


 将吾郎が戸惑っているうちに、裕飛は逸花の前までズンズン歩いていった。

 そして、叱りつけるように言う。


「バカな真似するんじゃねえよ――自殺なんて!」


 きっと自分は今、間抜けな顔をしているだろうと将吾郎は思った。

 それくらい、裕飛の言葉は意外なものだったから。


「自殺……? どういうことだよ、裕飛?」


 慌てて裕飛の背中に追いつき、聞き返す。

 頼む、聞き間違いだと言ってくれ。


 だが裕飛は今更なに言ってるんだという顔で振り返った。


「途中で説明したろ、聞いてなかったのかよ」

「聞こえなかったよ!」


 話が呑み込めない将吾郎に、ホスト風の男が哀れむように説明してくれる。


「いわゆる自殺オフ会ってやつ。俺たちはこれから死にに行くってわけ」

「自殺オフ会……?」


 将吾郎は逸花をまじまじと見つめた。


「放っといてよ、ヒーロー部……! あたし、ユカリのためにこれくらいしかしてやれないんだ」


 ユカリ。木ノ白きのしらユカリ。

 逸花の疎遠になった幼馴染みで、逸花とは正反対に地味な少女。いつも1人で本ばかり読んでいるような。

 いじめに遭っていて、つい最近遺書を残して自殺した。

 いや、正確にはまだ失踪だったか。


「だからって、こんなバカな真似!」


「バカで悪かったね」


 手首に包帯を巻いた、いかにもといった風体の女が敵意に満ちた視線を送ってきた。


「お利口さんはバカにかまわず、おうちに帰ってほしいんだけど。私もその子も、さっさと終わらせたいの」

「こいつを連れ戻したら出て行くよ! つかあんたらも帰れ!」


 裕飛は逸花の腕を引く。が、逸花は椅子にしがみついて離れない。


「ショウ、見てないで説得してくれよ!」

「え……そんな、急に言われても」


 手負いの獣みたいな逸花の目が将吾郎を迎え撃つ。


「なに? あんたに言えることなんかあんの? ユウにくっついてるだけの、自分の意見なんかなにもない、腰巾着のくせに!」

「…………」


 どうしてだろう。

 他の人間から言われたなら、なんとも思わなかっただろうに。

 逸花の口から投げかけられる言葉は、吸血鬼にとっての白木の杭じみて、将吾郎の胸を苦しめる。


 そこでホスト風の男が、ポンと手を叩いた。


「じゃあこうしよう。君たちも一緒に来るといい」

「はあ? なに言ってんだよ」

「道中は長い。時間はたっぷりある。説得できたらサービスエリアでもどこでも、彼女と降りればいい。できなければ、君たちには俺たちの『第1発見者』になってもらうだけ」

「…………」

「俺たちはただ、死ねればいいんだ。その邪魔さえしなければ危害を加えるつもりはない。そう言っても、怖い?」

「怖くなんかねえよ!」


 裕飛は逸花の隣にどすんと腰を落とした。

 将吾郎は溜息ひとつついて、逸花の1つ前の席に座る。

 その隣に、あのホスト風の男が腰かけてきた。空いた席などいくらでもあるのに。

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