第9話 手掛かり

 詰所より移動したフェリクス達は、フロアの中央部辺にある休憩スペースへとやってきた。少しでも寛げるようにと広めに作られたその場所には、ソファだけでなく雑誌が並べられたラックも置かれ、若い男女や年老いた夫婦、絵本を読んでいる子供とその保護者等々様々な人が訪れていた。

 自身にとっては見慣れた光景を後目に、フェリクスはビルとウォルトが腰を下ろしたソファ近くに車椅子を停めた。

 フェリクスの方へと向き直ったビルは、喉の調子を確かめるように声を漏らした後、改めて名を口にする。


「あー……改めまして、私はウィリアム・キースといいます。友人からはビルキースと呼ばれていますので、よければそう呼んでください」

「では、ビルキースさんと。どうぞよろしくお願いします。僕は――」


 自らも名乗ろうと薄く口を開くも、突然発せられたウォルトの陽気な言葉にフェリクスの声は掻き消される。


「じこしょーかいするの? じゃあぼくも! ぼくはウォルト! ウォルター・マスグレイヴっていうの! ねんれいは、えっと、えーっと……13!」

「…………、改めて、ありがとうございます、ウォルトさん。中学生、だったんですね?」

「うん! そう!」

――やっぱりそれなりに幼い子だったんだ。そう思うといい体格してる。……それにしても、マスグレイヴだって?


 自分なりに流れを掴んでか再び自己紹介をしたウォルトの行動に僅かに目を丸くしながらもつい彼の姿に目を向けた。ウォルトはフェリクスやパーシーよりも立派な体格で、13歳の中学生にしては随分と大柄だ。隣に座るビルキースと大して変わらないことからも、それはよく分かる。

 そして今しがた口にされた『マスグレイヴ』の名に大層驚く。その感情を表に出さぬよう務めることに苦労するほどには。

 マスグレイヴ――それは街では、いや、恐らくこの国では非常に有名な名だ。本家当主は数々の戦地で活躍し名を轟かせ、多くの勲章を手にした名将と称される軍人であり、その親族――分家は大規模な海運会社の代表を務めている。その証左として、少し離れているが港にでも向かえば、その会社が関連する多くの船舶を目にすることができる。

 つまり目の前にいるこの少年は、本家にしろ分家にしろ、恥じる必要などどこにもない正真正銘の坊ちゃんだ。道理で二人とも見るからにいい服を着ているものだ、と内心冷や汗をかきながらウォルトとビルキースを見る。

 ウォルトの服は半袖のワイシャツにサスペンダーつきの半ズボンで、ビルキースの衣服は綺麗に仕立てられた背広。シンプルながらもそのどちらもフェリクスには上等なもので仕立てられたと分かる代物だった。

 だが相手の身分や服装などに気を取られている場合ではない。小さく咳払いをしたフェリクスは、漸くエマリオン人としての名前を口にする。


「僕はフェリクス・イェイツといいます。お好きなようにお呼びください。どうぞ宜しくお願いします」

「こちらこそ。……この度はウォルター様を助けていただき、ありがとうございます」

「助けるなんて、そんな」


 真剣に謝辞を述べたビル、もといビルキースの言葉に、フェリクスはなんでもないとジェスチャーで示す。

 事実、突然見知らぬ相手がやってきたのは驚いたが、あのまま突き放したところで後味は悪いものとなっていただろう。

 謙遜するフェリクスに、ウォルトは溌剌とした笑顔で元気よく礼を言う。


「ほんと、ありがと! フェリにいちゃん!」

「いえ、無事お兄さんが見つかって良かったです」

「うん! でも、ビルにいちゃんは、おにいちゃんってわけじゃないよ?」

「やっぱりそうなのですか」


 ソファの上でバタバタと足を動かすウォルトの言葉を受けて、フェリクスは納得する。

 彼は捜し人を『にいちゃん』と呼んでいたことから、てっきり探している相手は実兄と思っていた。しかし、彼がフェリクスのことも『にいちゃん』と呼ぶことや、彼等二人の容姿があまり似ていないことに加え、ビルキースの態度から、主従に似た関係だと考えていた。どうやらそれは当たっていたらしい。

 因みに、ウォルトが言っていた『姉』は実の姉であるようで、呼び方により紛らわしくなるものだとフェリクスは思った。


 二人の関係性も分かったところで話はフェリクスの捜し人へと移行する。ウォルトが捜していたビルキースは見つかったとなれば、捜すのは勿論パーシヴァルだ。

 ウォルトは依然として落ち着きなく体を揺らしているが、きちんとフェリクスの話は覚えていたらしく『そういえば』と元気よく切り出す。


「フェリにいも、さがしてるひとが、いるんだよね? ビルにいにもいったらどうかな?」

「そうなんですか? ウォルター様がお世話になりましたし、もし宜しければ、お手伝いいたしますが」

「あ、本当ですか。それでは、その……彼なんですけれど、見たことありませんか?」


 二人の裏のない言葉を受けて、フェリクスは戸惑いながらも上着から出したパーシヴァルとの写真を見せる。軍人の装いの少年を見せられたビルキースは、暫し沈黙したのち何故か気まずそうに眉を顰めた。

 そんなにも分かりづらい写真だったろうか――小さな懸念が脳裏を過ぎるが、ビルキースが口にしたのは、捜索とは関係の無い点だった。


「すみません、彼は、貴方から見たらどういうお方で……」

「弟です」

「……貴方と弟さん、一体何歳なんですか?」


 その言葉で、先程のビルキースの表情の理由を察したフェリクスは、平然と答える。


「僕は21歳で、弟は19歳ですけど」

「ええっ!?」

「えっそうなの!?」


 さらっと答えた言葉にビルキースだけでなくウォルトも大袈裟な程に驚いた。面食らいぎょっとし、思わず溢れ出た声がフロアに響く。そのせいで廊下にいた患者がびくりと肩を跳ねさせ彼等に目を向けた。

 その様子に気づいたフェリクスはジェスチャーで謝罪をし、改めて目の前の相手に視線を向ける。

 視線に気づいたビルキースは我に返ったのか、多少顔を青くしてしどろもどろに言葉を発する。


「あ、申し訳ありません。てっきり、その、貴方はウォルター様と近い歳と思っていたので……」

「ぼくも! ちょっとだけ、おにいちゃんだとおもってたの!」

「あぁ……慣れてるので構いませんよ」


 中学生くらいと思っていた相手の『弟』が軍服を着た人物ではそりゃ疑問にも思うだろう。東洋人の血が混じる故に幼く見られることは慣れている。

 だからそんなことは置いといて、にこりと目を細めたフェリクスは、改めてパーシヴァルのことを問う。促され写真を凝視したビルキースは、悩ましげに首を傾げるだけだっだが、覗き込んだウォルトが突然短く大きな声を上げた。

 応じて目を丸くしたフェリクスとビルキースに、ウォルトは腕を鳥のようにばたばたとさせながら慌てた様子で口を開く。


「このひとっぽいひと、なんか、そとでみたきがする!」

「本当ですか!? 外のどこで!?」

「えっと、えっと、いっかいの、あのね、そとなんだけどね?」


 相変わらずたどたどしい物言いで話した彼の説明を纏めると、どうやら一人で病院を彷徨っていた際に見かけたということらしい。

 ビルキースを探し正面の出入口より外に出て、様々な人が行き交う病院前を歩いていた時のこと、とある一人の男性とぶつかった。慌てて謝ったウォルトに対し、その男性はにこやかな笑顔で「気を付けて」と言っていた。その人が、写真の人に似ていた気がするというのだ。


「そのひと、くろいかみで、なんか、めが、おおきかったような……? あ、あと、ぼくよりちっちゃかった!」

「ウォルター様、他に覚えていることはありませんか?」

「ほか? えっとね、うーん……あ、えっと、ふくはこういう、もようがはいってるベストだったよ。それで、えっと、がんたいつけたとってもほそいひととおしゃべりしてた!」


 ウォルトは衣服に入っていた模様を手の動きで再現する。それはどうやらチェック柄のようだ。今日のパーシヴァルが身に纏っていた軍服にそんな柄はないため、他人の空似だろうと思ったが、妙な違和感を掴み取る。

 

「……もしかして……」

「どうしました?」

「いえ、弟ではないのですが、身内にそのような格好をよくする人がいまして……」


 朧気に返答しながら、ここ最近のある人物の格好を思い出す。フェリクスの記憶が正しければ、彼はチェック柄など模様が入ったスーツベストを頻繁に着用していたように思う。

そして彼は、ウォルトが証言した黒髪、目が大きめ、小柄という特徴すべてに一致する。更に血の繋がった兄弟であれば、偶然ぶつかっただけの他人に『似た人』と判断されたことも納得がいくものだ。

 そう、フェリクスはウォルトが出会った人物を清武だと見当付けた。続けて、パーシヴァルの失踪には彼が関連しているのではないかと考える。あまりにも短絡的すぎるし勘でしかないことは分かっているが、パーシヴァルが戻ってこない事と、清武がいたことが無関係とは思えなかったのだ。

 しかしフェリクスの脳裏にはとある疑問が静かに浮かび上がる。

――でも、僕、あいつとの取り引き、受けたんだし……流石に、ない?

 疑問を抱えながら清武との会話を思い起こす。彼の話は、パーシヴァルの代わりにフェリクスが生贄となるというものだった。その後のパーシヴァルとのやり取りはともかく、清武と電話で話した時点ではそれで決着した筈だ。

 いや、そもそもウォルトが見た人物が清武とは断定できず、パーシヴァルの失踪はもっと別の事件である可能性もある。しかし、突如現れた大きな異物を無視することができなかった。

――パーシーがいないこの状況で、僕は、一体どうすればいいんだろう。ひとまず……東さんを問い質すか……?

 考え込む中で僅かな怒りすら込み上げてきたが、思考の外からの声にハッと慌てて我に返る。今ここで悩むのは良くない。随分苦悩するフェリクスを心配してか、不安げに覗き込んでいたウォルトの丸い双眸と視線が合う。


「だいじょうぶ?」

「顔色があまりよくありませんが……」

「え、えぇ、大丈夫です。すみません、ちょっと色々考えすぎたようです。……ともかく、ウォルトさん。教えて頂きありがとうございます」


 ぎこちないながらも微笑んでウォルトに礼を述べると、彼は不安な表情をぱあっと切り替え大丈夫だよと元気よく言った。反して、その隣のビルキースは未だ不安そうだ。

 だからだろうか、彼は捜索を手伝うと述べてくれたが、フェリクスが言葉を返す前に、ウォルトが不服そうに声を被せる。


「えーっ、そろそろアギねえのとこいきたいんだけどー!」


 思い返せば彼等の目的は見舞いでパーシヴァルを捜すことではない。ウォルトが手掛かりをくれたのも本当に偶然だ。これ以上二人を付き合わせる訳にもいかない。

 それに、今のフェリクスの胸の内はとても穏やかなものとは言えない分、ひとりになる方が都合がいい。

 ウォルトの不満さを理由にビルキースの申し出を丁寧に断ると、彼は少し表情を曇らせた。


「……では、せめて病室までお送り致します」

「ありがとうございます。では、それだけお願い致します」


 頷いたビルキースがゆっくりと車椅子を押す。道案内と雑談をしながら病室に戻って、フェリクスは軽く会釈をする、


「送っていただきありがとうございました」

「いえ。こちらこそありがとうございます。……無事、弟さんが見つかりますよう。もし見かけたらお伝えします」

「えぇ、ありがとうございます」

「ばいばい! フェリにい!」


 最後まで元気のいいウォルトに手を振って、フェリクスは彼等の背を見送った。

 完全に見えなくなったのを確認して、フェリクスは一度部屋の中に戻り、自身の手荷物から小銭入れを取り出して電話機へと向かった。

 周囲にビルキースやウォルトの姿や声はないことを確認しながら、少し騒がしい廊下を往く。耳に届く他者の会話から他の階に警察が来ていることを思い出しながら、フェリクスは電話機の前に座し電話をかける。繋いでもらい暫し待つと、聞こえてきたのは使用人の声。清武に代わるよう頼むが、どうやら彼は本邸にいないらしい。焦るフェリクスに気を回した彼女から『仕事先』だという番号を教えられ、短く礼を述べた。受話器を置いてその電話番号にかけると、今度は知らない人が出た。相手に事情を伝えると、静寂の後、癇に障る声が耳に届く。


『やぁやぁ尚幸! またまた電話をかけてくれるなんて嬉しいよ! ここの番号は女中さんに聞いたのかな? まぁいいや、さて、なんの用かな?』

「……僕、貴方と話すことなんてないと思ってたんですけれど、お聞きしたいことができまして」

『うんうん』

「パーシーのこと、拉致なんてしてませんか?」


 随分陽気な声に神経を逆撫でされる感覚を抱きながら、フェリクスは挨拶も何も無く核を突く。明らかに怒りを孕んだ低い声に一瞬相手はたじろいだかに思えたが、すぐさま陽気な声が反響した。


『してるよ! いやぁもうバレるとは思わなかった! 予想したよりずっと早かったな』


 当たって欲しくなかった直感の的中に、体がわなわなと震える程の怒りを感じる。怒鳴りそうになる衝動を堪えるように奥歯を噛み締め、暫しフェリクスは何も言えずにいた。言いたいことは沢山あるのに、怒りのせいか何一つ言葉として形容出来ず、フェリクスは悔しげに唸る。

 対する清武はけらけらと笑い、フェリクスの意を察したかのように口にする。


『お前の怒りはよぉく分かるよ。なんで尚武に手を出したとか、取引はなんだったのかとか、そんなふうに思ってんだろ?』

「……えぇ、まぁ」


 清武の言葉に頷き、漸く言葉を形作っていく。ひとまず、息を吐いて多少落ち着きを取り戻させた。


「……パーシーを、犠牲にせぬために僕は貴方の提案を受け入れました。取引とも言い難いあの提案を。……それなのに、パーシーを連れ去るなんて、貴方、なにを考えてるんですか……」

『はぁ』


 声を震わせ苦しげに話すフェリクスの耳に、受話器越しに不思議そうに短く零された声が聞こえた。後に、彼は躊躇なくあっさりと答える。


『俺は、初めから二人ともモノにすることしか考えてないよ?』

「……っ、あんたって人は……」

『だってそうだし。タイミングはどうあれ、最終的には二人とも俺のところに来てもらうつもりだった。お前が自ら生贄になることを選んでくれたことを思えば、取引も無意味じゃない。いやあ、実に幸甚だ』

「……なにが、幸甚だ。ふざけるな、ふざけるなよ……!」


 清武の言葉に、フェリクスはまたもふつふつと怒りが沸き上がるのを感じ、その感情が恨みのように禍々しい声色で吐き出される。普段のフェリクスを知る人物が聞いたら、非常に動揺するであろうほどだ。

 当然ではあるが、現在のフェリクスの感情は荒波のようだった。パーシヴァルを想い行動し、そして二人で立ち向かおうとしていたのに。侮辱されたようで、全てを奪われたようで、自分の無力さを痛感しなんともやるせない気持ちになる。

 ぐらぐらと沸き立つ怒りや悲しみのままに叫びそうになるが、今ここで感情を発露することはただ相手へ娯楽を与えることになる。現に受話器の向こうでは、楽し気に鼻歌――大和の民謡だった気がする――を歌う彼の声がする。本当にこの相手は性格が悪い。


『ま、お前が激怒してるのはわかるけど、明日の約束は破るなよ。うちの部下が迎えに行くから』

「…………」

『向こうで尚武に会わせてやるから、落ち着けって、な?』

「…………」


 沈黙を貫くフェリクスの様子に、受話器越しに呆れたような溜息が零れた。続けて、何かを思い出したように短い声を上げた清武の口から出たのは、この流れでは予想していなかった友人の名だった。


『ところでさあ、尚幸。アルフレッドさんには今日会った?』

「……? いえ、会ってませんけど……。といいますか、彼をご存じで……?」

『うん。だって、俺の先輩の弟だし、その人』


 その言葉で、フェリクスは長年連絡が取れていないというアルフレッドとブルーノの兄を思い出す。まさかこんなところで繋がりがあるとは、世間とは意外と狭いものだ。だがそれは一旦置いておこう。今ここでわざわざ世間の狭さを示すだけにその名を発したとは思えなかったからだ。


「……だから、なんです」

『病院さあ、朝から警察が結構いるよね?』

「……います、けど。また不審死が起きただとか……」

『それだけ? 他に聞いてないか?」


 フェリクスの予想は当たっていたが、それだけでなく、嫌な予感がひやりと身を震わせる。同時に思い浮かぶのは、今朝看護婦から聞いた行方不明者の話だ。

――彼女が言っていたのは、確か……。

 彼女とのやり取りを思い起こそうと頭を働かせたその時、自然と清武の言葉が耳を刺激する。


『何か聞いてないかな。三十代の男性が行方不明、とか』

「……あ――」


 その言葉で思い出す。朝には今までになかった行方不明者の存在を知り、後に友人との会話から三十代の男性が行方不明なのだと知った。その時に、アルフレッドでなければいいと思っていて――

 そこまで考えて脳裏を白く染めたフェリクスは目を見開き小さく喉を震わせる。無意識に受話器を戻していた彼は、短く呼吸を繰り返しカタカタと小刻みに暴れ出す自らの肩を抱く。


「まさか、アルフレッドさんが……!」


 気づけばフェリクスは移動を始めていた。ハンドリムに手を添えて、急いで方向転換をし、廊下を進む。己の足で廊下を走れないのがもどかしく感じられるほど、焦燥に駆られて、バクバクと心臓を高鳴らせてエレベーターに乗り込んだ。

 朝に聞いた話と、清武が持ち出したアルフレッドの話が無関係なわけが無いとフェリクスは確信していた。

 アルフレッドの病室がある階に辿り着くと、そこは警察や記者らしき人物の影が見受けられ、彼がいた病室は関係者以外入れないようになっていた。

 しかしこれだけではまだアルフレッドの行方不明の証拠にはならない。確かめるためにも、見張りのように出入口付近に立つ警察に声をかける。


「あの、け、警察の方」

「ん、何かな?」


 子供に向けるような言い方と声色だ。普段なら訂正していたかもしれないが、今はどうでもいい。極力冷静を装って彼と話していたその時。


「……フェリクスくん?」

「――あ、ブルーノ、さん」


 そこにいたのは、茶の軍服を着込んだブルーノだ。随分と久々に見た気がする彼は、何も聞かずとも分かるほどに疲弊しているようだった。妙にやつれ、目の下のクマも濃くなっているように見える。気のせいであればいいのだがと思いながら、フェリクスは一言警官に礼を述べ、乱れた心持ちでブルーノの方へと移動した。


「アルに会いに来てくれたんか? ありがとの」

「え、えぇ、でも、その……いなくなっていた、とかお聞きしまして……本当、なのかと……」


 優しげに目を細めるブルーノから目線を外して、思わず口篭る。沈んだ声調で問いかけたフェリクスに対し、ブルーノは細めた瞳を僅かに見開くと、緩く口元を下げ、かけられた言葉を肯定する。


「あぁ、そうじゃ」


 ハッとして見上げたフェリクスの目の先で、ブルーノは悲哀を纏い言葉を続けた。


「……アルが、おらんようになった。……全部、わしのせいじゃ」

「……何故、そんなこと。貴方のせいなわけが――」


 苦しげに口にしたブルーノは、フェリクスの否定の言葉に耳も貸さず、遠くから聞こえた声に、慌てて身を翻した。

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