泥棒と銀貨

白銀 蒼海

泥棒と銀貨

「全く、今日はついてねぇなぁ」


 俺はそう呟く。


「まさかあんな近くに警官がいるとは思いませんでしたよ。お陰で今日はこれしか盗ってこれませんでしたね」


 弟子のジョージも不貞腐れながら文句を垂れる。

 今日の成果は銀貨たった1枚だった。


「これじゃあ酒買うだけで終わっちまうぜ」

「節約すれば五日は持ちますよ!」

「最近節約ばっかりだな、っておいジョージ! 銀貨しまえ!」

「どうしたんですか慌てて…う、うわっ! やめろ!」


 上空からカラスに襲い掛かられた。

 二人がかりでなんとか追い払う。


「あ、危なかった。よく見たらカラスだらけですね、この道」

「中央通りのゴミがこの路地裏に流れてるせいで、餌には事欠かないんだろ。コレクションには飢えてるみたいだが」


 時は夕刻。

 場所は城下町。


 城下町と言えば聞こえはいいが、一本裏の通りに入ってしまえばこの有様である。

 ゴミは溢れかえり、カラスにネズミ、宿無しの男たちがそこら中でうなだれていた。


「この辺りまでは警官も追ってこないですし、しばらくこの国を拠点にしてもいいかもしれないですね」

「そうだな」


「ハァ……ハァ……」


「!! 師匠、誰か来ます!」

「なに?」


「そこの二人!泥棒ですよね!?」


 息を切らしながら、青年は叫ぶ。

 どうやら見られていたらしい。


「警官には見えないな。なんの用だ」

「ああ、僕は警官じゃない。あなた達に話があってここまで追ってきたんです」

「話だって?」

「その……、僕をあなたたちの弟子にしてもらえませんか!」

「ほう」

「で、弟子ィ!?」











「悪いな、何ももてなす物がなくて」

「いえ、そんな」

「それで、さっき言ってた話ってのは一体なんなんだ?」


 人のいない空き家を見つけ、俺たち3人は腰を落ち着けた。

 ここがしばらく拠点になるだろう。


「はい、その前にまだ名前を言ってませんでした。僕の名前はロイドと言います。これからよろしくお願いします」

「よろしくするかどうかは、お前次第だな。さぁ聴こうか」


 ロイドは話し始める。


「僕は元々貴族だったんです。こうして路地裏で生活してみて、あの頃はとても豊かな暮らしをしていたと思います。当時は親の付き合いでいろいろな人に会いました。その中で僕が14歳のときに、同い年の女の子がいる家に行ったんです。そこで出逢ったのがアリシアでした。僕と彼女はとても仲良くなって、親とは関係なく二人で会うまでになりました」


 そこまで話すと、彼の表情は曇る。


「17歳になった頃、僕の父は業者に騙され、財産を全て奪われました。父と母は大喧嘩した挙句、二人ともどこかへ消えてしまいました。置いて行かれた僕は行くところもなくこの路地裏に流れ着き、生きるために靴磨きや新聞配達を始めました。これが三年前までの出来事です」


「なんだよ、じゃあそれだけじゃやっていけなくなったから、盗み方を教えてくれっていう話か?」

「違います」

「違うのか」

「おいジョージ、話は最後まで聴くもんだ。そんで、そっからが本題なんじゃないか?」


「……実は、先日靴磨きをしていたら聞いてしまったんです。アリシアの結婚式が来週の日曜日にある、と。確かに、この路地裏に来てから僕は彼女に一度も会っていないし、今更口出しできる立場でもない。でも、結婚相手があのビット伯爵はくしゃくと聞いては、黙っているわけにはいかなくなったんです」


「誰だぁそりゃ?」

「爵位を得るために、裏で殺しをやっていると噂されるような危険な男です。彼女の両親は聡明な方で、本来ならそんな男を結婚相手に選ぶはずがありません。ですが、その二人も二年前に事故で亡くなっていたそうなのです」


「両親がいないことが関係あるのか?」


「求婚は伯爵からだったらしいので、恐らく彼女の親戚たちが勝手に了承したんだと思います。親のいない貴族の娘に、わざわざ伯爵が結婚を申し出てきたのです。親戚側からすれば、伯爵の身内になるチャンスですから、利用しない手はなかったんでしょう」


 椅子に座っていたロイドは立ち上がる。


「僕は彼女を、アリシアを助けたい。だから、あなたたちの弟子にしてほしいんです」


「それは泥棒じゃなく誘拐だぞ」

「そうかもしれません。でももう時間がないんです。どうか、どうかお願いします!」


「どうしますか師匠。こう言ってますけど」


「いいぞ。協力してやる」

「即答じゃないですか! 俺の時はあんなに嫌がってたのに!」


 そうだったか?忘れたな。


「あ、ありがとうございます!」

「だが聞きたいことがある。お前、覚悟はあるのか?」


「覚悟、ですか?」


「伯爵を敵に回し、女一人連れて逃げる覚悟だ。この国にはもういられないし、逃亡生活は、今まで貴族として生きてきた彼女には相当な負担になるぞ?それでもいいのか?」


 彼はうつむいたが、やがてゆっくりと顔をあげる。


「それは……どうにかして…………いや、必ず守ってみせます!その覚悟は――」


「ならもう一つ、もしも彼女が伯爵と本当に愛し合って結婚を決めていたらどうする? それでもお前は、彼女を盗み出す覚悟はあるのか? お前といるよりも伯爵といたいと断られたらどうするつもりだ?」


 続けて問いかける。


「そのときは……それでも……僕は彼女を……」


 そんなことは考えたことなかった、というような表情だ。


 やや苦笑しながら、彼は再び答える。


「いえ、もしもそうなら僕は、引き下がります。だって彼女が自分の意思で決めたなら、僕のやろうとしていることは余計なお世話ですから」


 俺はまっすぐとロイドの目を見た。


「なるほど、充分だ」


 固い表情を崩し、笑いかける。


「なら今日はもう解散だ。アリシア嬢奪還計画を立てなきゃいけないからな。ロイドは自分の寝床に戻って、また明日ここに来てくれ。見たところ、このアジトにゃ二人分のボロ布しかないみたいだ」


 ロイドは目を見開いた。


「ほ、本当にいいんですか?」


「不服か?」

「い、いえ! ありがとうございます!よろしくお願いします!し、師匠!」

「おい! 師匠の一番弟子は俺だからな! お前は二番弟子だから、俺のいう事にも従えよな!」

「はい、もちろんですジョージ兄さん!」

「兄さん!? なんだよ、分かってるじゃねぇか。へへへ」

「なに調子乗ってんだ、さっさと寝る準備するぞ」

「了解でっす師匠!」


「それでは僕は失礼します。二人ともおやすみなさい!」

「風邪ひくなよ!」

「またな」




「師匠が自分から厄介事に首突っ込むなんて珍しいですね」

「うん? そうか?」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。

 泥棒ゆえの逃げ癖が染みついていたのだろうか。


「俺たちが断れば、アイツは一人で行ってただろうしな。相手が貴族なら、くたばったって文句は言えねぇわけだ。……寝覚めが悪いだろうよ。それに」


 それに――


「あの目をしたヤツに手を貸さないのは、〝嘘〟だろう。俺は他人は騙すが自分に嘘はつかない」

「流石です師匠!」

「分かったら外で水でも汲んで来い」

「了解!」


 他人は騙すが自分に嘘はつかない?

 自分で言っておいて、あまりの格好悪さに笑ってしまう。


 自分以外の人間を信じていないってことだろうに。


 だからこそ、俺は今こうして泥棒なんてやっているわけだ。


 割れた窓から夜空を見上げる。


「忙しくなりそうだ」











「明日はとうとう私たちの結婚式だぞ。楽しみだな、アリシア」


 アリシアは無言のままそっぽを向く。


「ここまで来るのに随分と時間がかかった。最初に君を見た時から、必ずめとってやると決めていたよ。だが君の両親もなかなかに強情だった。『アリシアにはもう結婚相手がいるんです!』とか言ってな」


 気持ち悪いニタニタ笑いを浮かべたビット伯爵は続ける。


「だが君の結婚相手になりそうな男たちはみな揃ってどこかへ行ってしまった。いやはや、私は本当に〝運が良い〟」


 そこまで言われ、アリシアはハッと気づいたように伯爵を見た。


「あなたまさか!」

「だというのに、君の両親はがんとして首を縦には振らなかった。強情すぎるというのも困りものだ。しかしそんな二人も〝運悪く〟事故で死んでしまったがね」


勢いよく立ち上がったせいで、今まで座っていた椅子は後ろに倒れてしまった。しかし、彼女はそんなことを気にも留めない。

 奥歯をかみしめながら伯爵をにらみつける。


「お前っ! この人殺し!」

「威勢のいい女性は大歓迎だよ」


 部屋のドアがノックされる。


「入れ」

「失礼致します」


「要件はなんだ」

「明日のことでもう一度確認がしたいと式場から電話が来ております。いかがなさいますか?」

「分かった。すぐに行く」


 伯爵は手に持っていたワインを飲み干した。


「ではまた明日。おやすみアリシア」

「…………」


 伯爵と執事が部屋を後にした数分後、再びノックされた。


「……どうぞ」


「失礼致します。こちら、アリシア様あてに結婚祝いのお手紙が届いております。ご一読ください」


 執事は手紙の束を持ってきた。


 ――本人が苦しんでいるのに何が祝いの手紙だ。


 束を机の上に置くと、執事は早々に部屋を去っていった。


 手紙の差出人たちは皆、家族を失い寂しさに暮れているアリシアに優しい伯爵が結婚を申し出たと、勘違いしている残念な者ばかりである。


 うんざりしながら封を開いていた彼女だが、一通の手紙に手を止める。


(差出人名がない?)


 書き忘れだろうか。


 そんなことを考えながら、アリシアは手紙を開いた。











「本当に大丈夫なんでしょうか」

「なんだぁ?今更おじけづいたのかよ」

「二人とも、盗んで見つかっては逃げての繰り返しで、泥棒ってもっと見つからない努力をするものだと思ってました」

「こそこそしてたって、見つかる時は見つかるもんだからいいんだよ」

「それはそうですけど」

「まあ任せとけって! 師匠は本番に強い男だからな!」


 下準備をしていた俺はようやく帰宅した。


「戻ったぞ」

「師匠! おかえりなさい!」

「ああ」

「おかえりなさい。上手くいきましたか?」

「なんとか手紙をしのばせるのには成功した。あとは嬢と"運"次第だな」


 ロイドは不安そうな顔で下を向く。


「運、ですか……」

「そんな顔したってどうしようもないぜ。練習なしの本番一発勝負だ。勢いに身を任せて、全力でやるしかないのさ」

「それそう! それに、最初はあんなにへっぴり腰だったのに、もう俺と一緒に逃げられるくらい走れるじゃねぇか。もっと自分に自信もっていいんだぞ!」


 なんだかんだいいつつ、ジョージも自分のことを兄さんと呼んでくれる弟弟子おとうとでしを気に入っているようだ。


「師匠に兄さん、ありがとうございます……明日は頑張ります」

「おうよ!」


 ぼろ机の上に、入手した地図を開く。


「俺は逃走経路をもう一度考える。お前らは明日に備えてさっさと寝ろ。いいな?」


「はい! じゃあ僕は外の川で歯を磨いてきます!」


 ロイドは歯ブラシを持って勢いよく飛び出して行った。

 ここ数日兄弟子あにでしと行動していたからか、だいぶ明るくなった気がする。


 成長を喜んでいたが、当の兄弟子は神妙な面持ちだった。


「…ああは言いましたけど、どうなんですか実際? 行けそうなんですか?」

「なんだ、珍しくビビってんのかよジョージ」

「そりゃあビビりますよ! だって相手は人殺しの貴族ですよ! 捕まったら拷問だけじゃすまないかもしれない! 師匠は恐くないんですか!」


 こいつは俺のことを過大評価している。

 だが。


「残念ながら、俺もビビりまくりだ。だからこうしてギリギリまで逃げ道を探してる。こっちには銃もなければ車もない。追いかけっこになった時点で圧倒的に不利だ。屋敷に閉じ込められてる嬢ちゃんを攫うチャンスはたった一度。この路地裏に逃げ込めさえすればなんとかなりそうだが……」


「そういえばこないだコーヒーの粉盗ってきてましたよね。淹れましょうか?」

「いや、お前ももう寝ろって」


 あまりにも脈絡のない申し出で思わず呆れたが、しかし。


「……やっぱり頼めるか?」

「もちろんです師匠!」


 いつの間にか師匠と呼ばれるのにも慣れてしまったが、仲間であることに変わりはない。だから、こうして困ったときは頼るのだ。


「準備は整った。最後までやり切ってやろうじゃないか」











 胸元にキラキラの宝石が飾られた、黒いタキシードの男。


 伯爵はご立腹だった。


「遅い。アリシアはまだか。」

「先ほど確認に行った際には、衣装係からもう少しお待ちをと…」

「遅すぎる! もう一度見てこい!」

「かしこまりました!」


 怒号が飛ばされ、執事は慌てて確認しに向かう。


「大変です伯爵様!」

「どうした」

「あ、アリシア様がいなくなりました!」

「なんだと!? どういうことだ!?」

「トイレに行ったまま戻ってこなかったそうで、様子を見に行くと"窓”が開いていたと……」


 伯爵は椅子を蹴り飛ばした。


「脱走だと!? クソ! 兵をかき集めてしらみつぶしに探せ! 女の足だ、そう遠くへは行けん。私も街へ出る! 招待客にはもう少しかかると伝えておけ!」

「か、かしこまりました」











「はぁはぁ……よかった……待っていてくれて」

「はぁ…はぁ…ごめんなさい。ロイドも…そちらのお師匠さん?とジョージさんもせっかく助けに来て下さったのに、私ったら遅くて足手まといで…」

「俺たちはそれが分かった上で、嬢ちゃんを攫いに来たんだ。なぁロイド」

「もちろんです!」


 スカートのすそをギリギリまで破り、上からフード付きの服を着てもらったお陰で、バレずにこの路地裏まで逃げ込むことができた。


 ロイドは息を整え、アリシアに手を差し出した。


「アリシア、これから先の人生、貴族に追われるとしても必ず君を守ると誓う。その覚悟があって、僕はここにいる。だから君も、僕についてきてもらえないだろうか?」

「ええ。手紙を貰った時はとてもびっくりしたけど……二人の時間を過ごしたあの頃から、私の心は決まっていたもの。ロイド、あなたとだったらどこまでだって行けるわ」


 アリシアは差し出された手を握る。


 ジョージはにやにやしながらその様子を眺めている。

 空気を読め。


「でも私、あなたに謝らなければいけないの。あなたのご両親が騙されたのは、あの伯爵の企みだったの…それに、私の両親を殺したのも…」

「じゃあ伯爵は最初から君のことを狙って…!」

「本当にごめんなさい…私のせいであなたの人生まで…」


「ええっとお二人さん?積もる話もあるとは思うけど、今は逃げるのを優先した方がいいんじゃないかな」

「休憩はもう十分だろう」


 二人は慌てて手を放す。


「す、すみません師匠」

「ごめんなさい」


「謝ることはないさ。せっかく誰にも追われず来れたんだ。さっさと逃げちまおうぜ!」


 ジョージの軽快な発言も空しく、後方から走る音が聞こえてきた。

 世の中ってのはなかなか上手くいかないようにできている。


「動くな!」


 いち早く足音に気付いた俺とジョージは、二人をかばうように前方に立っていた。


「な、なんでここが」


 うろたえるロイドをあざ笑うかのように、兵たちの後方からビット伯爵が姿を現した。


「何、簡単な話さロイド君。この路地裏は犯罪者や浮浪者のたまり場。身を隠すにはうってつけだ。あとは浮浪者に金貨をちらつかせれば、すぐにお前たちがどこに行ったか教えてくれる」

「あいつら~!」

「あの爺さんどもに文句を言っても仕方ないだろう」


 彼らに責任を説いたところでなんの意味もなさない。


「いやはや、まさかこんな路地裏で生き延びているとはね。そのドブネズミが如き生き汚さには、流石の私も舌を巻いてしまうよ。さてロイド君、そろそろ私の妻を返してもらえるかな? これから大事な式が控えているんだ」

「お前との結婚なんて、ドブネズミですら願い下げだろうよ! そこのゴミとキスでもしてろ外道!」

「ひゅー!いいねぇ」


 この一週間で随分と口が悪くなってしまった。ジョージと一緒に行動させたのは失敗だったかもしれない。


「……話の分からんやつだ。そう思わないか?なぁアリシア」

「頭にスポンジケーキでも詰まってるの? さっさと帰って、楽しいケーキパーティの準備を進めたらどう?」


 話には聞いていたが、本当に気の強いお嬢さんだな。

 この状況でも物怖じしていない。


「威勢が良い女性は好きだが、良すぎるというのも困りものだな。さて、ならば取引だ誘拐犯諸君。今アリシアを引き渡してくれるなら、命だけは保証しよう。だが取引に応じないというのであれば、問答無用で私の兵たちが引き金を引くことになる」

「嘘よ。私があっちへ行った瞬間、あなたたちハチの巣にされるわ」

「だろうな」


 アリシアさえ帰ってくればいいのだから、当然だ。


「それと、もし万が一足に〝流れ弾〟が当たって動けなくなってしまっても、それはきっとそこにいる彼らが抵抗したのが悪いんだ。何かあっても、私がおぶって式場まで連れて行くから、安心してくれたまえ」

「お前ッ…!」

「アイツ、全部俺たちのせいにする気ですよ。とんでもねぇ野郎だ」

「外道とか畜生とか言われてるのが良く分かるぜ」


「アリシア、よく考えてごらん。自分が傷ついて三人が死ぬか、自分が傷つかず三人が死ぬかだ。どちらかがいいかなんて明白だろう?さぁ早くこっちに来るんだ」


 アリシアは舌を出した。


「そうか。ならば仕方あるまい。これで」

「あー伯爵様? その服の胸についてる宝石、キラキラしてて綺麗ですねー」

「今更命乞いか? 残念ながらそれには答えられそうにな――」

「それと兵士も! その銃かっこいいねぇ。銀色でピッカピカだー! なぁジョージ、そう思わないか?」

「ええ本当に! 眩しくて直視できねぇや!」


 路地裏には路地裏に相応しい格好がある。

 それを破れば、洗礼が待っている。


「……貴様、何が言いたい?」

「いやいや、ずいぶんとキラキラしてるもんで、だいぶ〝集まって〟来てるから」


 ――ニヤリと笑う。


「泥棒にはご注意を」

「そらよッ!」


 ジョージが上空へ銀貨を放り投げると、それを合図に一斉にカラスが襲い掛かる。

 キラキラ目がけて一直線に。


「なっ!? うわ! やめろ! ぐあぁ!」


「逃げるぞ!」

「っしゃあ! 二人も早く行くぞ!」

「え、は、はいっ!」


 ロイドもアリシアの手を引いて走る。


「オイ何してる! 早く撃て、がっ!? ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 カラスの爪が左目に刺さり絶叫する伯爵。


 兵士たちも混乱し、真っ黒な視界の中で銃を乱射する。


「クソッ! クソッ!」

「おいお前やめろ!やめっ…」


 互いに撃ち合い、次々と倒れていく。


「畜生……! 畜生……!」


 伯爵には残された右目で、逃げていくアリシアの背中を眺めるしかなかった。











「この地下通路を右、右、左、右、左の順に進めば、港町に出られるはずだ。そこから先はお前たちの好きにしろ」

「師匠たちも一緒に来るんじゃないんですか?」

「お前はもう人生で一番盗みたいものを盗めたんだ。だったら泥棒は廃業だろう。一般人が俺たちと一緒にいて何になるんだ」

「そんな……じゃあせめて、今回の助けてもらったお礼を!」


 小銭の入った袋を取り出した。


「お礼? いらねぇよそんなの。その金で彼女の服でも買ってやれ。」

「でも」

「師匠が弟子から金を巻き上げると思うか?」

「ッ!!」


 彼は息をのみ、笑う。

 精一杯の笑みを浮かべ、叫ぶ。


「師匠! 兄さん! 短い間でしたが! お世話になりました! もしまた生きて会えたなら! 次はお酒でも呑みながらお話しましょう!!!」


 聴き終えると同時に、俺はもう後ろへ振り返り歩き始めていた。


「ああ、楽しみにしてるぜ」


「弟弟子! 頑張って生きろよ!」


「本当に本当に! ありがとうございました!!!」


「私からも、ありがとうございました!」











「せっかくできた弟弟子だったのになぁ」

「あの二人はこれから真っ当に生きるんだ。俺たちがいたら邪魔になるだろ」

「それもそうですね。ってか、よく考えたら俺たちもまた逃亡生活なんですよねぇ。今回はいつもより貯金ありますけど」

「貯金ならロイドの小銭入れにいれちまったぞ」

「ふぅん……ん? ええ!? じゃあまた無一文で新しい街ですか!?」

「安心しろ、ちゃんと生活できる分は残してあるからな。なんたって」


 ポケットに手を突っ込む。そして――――


「俺たちは、銀貨1枚で五日は生活できるんだろ?」


 呆然と立ち尽くすジョージをよそに、俺は歩みを進める。


「そういう問題じゃないですよおおおおおおお!!!???」


 泥棒たちは今日も闇を往く。

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