集塵器

ひよめき

よい目(最強の狙撃手,1時間)

アジール荒野の真ん中に天の牙と呼ばれる灯台がある。

黄色味がかった白い塔は、石のように固く、象牙のようになめらかで、その胴は大人が10人で囲いあってもまだ足りぬほど太く、見上げる先は空に吸い込まれるほど巨大であるにも関わらず、それ自体が最初からその大きさであったように継ぎ目なくそそり立っている。

それは神が作ったもの、神が下した牙なのだ、と荒野の人々はいう。

はるか空に届く頂は、まさしく星のように輝き、これがただの塔でなく「灯台」であると呼ばれるわけを日ごと証明する。

朝に夕に、尖塔は瞬くように輝く。


あれこそ、イサハの目、イサハの矢、闇を退けるもの。


「イサハ」とは荒野神話の中に現れる射者である。ダジ大河の一方から一方まで射抜いてミチェの湖とつなげた、石が降るシェーパ峡谷ですべての石を打ち落とし一時石降りが止んだ、など多くの神話を残している。

今でも「ギ・イサハ」といえば、イサハに近いもの、つまり最も優れた弓手のものに与えられる称号である。

いくつもの集落で様々な形のイサハの話が残されているが、その最期の話だけはどの集落でも変わりがない。次のような話である。


昔、この世は暗闇で満ちていた。

暗闇は子を抱き、子等が孵れば大鳥となって飛び立ち、また大鳥を生む。大鳥たちはあまねく大空を飛び回りし、闇を振りまいた。静かで暗いその闇は、地に住むものにとっては脅威であった。地に住むものたちは苦しみあえいだ。イサハは彼らが苦しむのを憐れみ、大鳥たちと取り決めを交わした。

暗闇の子らはイサハの両腕を求めた。その代わり、大鳥たちは夜に過ごし、昼は地のものとした。

暗闇の子らはイサハの両足を求めた。その代わり、大鳥たちはツグ大深樹より奥にすみ、それより広がる野は地のものとした。

暗闇の子らはイサハの体を求めた。その代わり、大鳥たちは一度に一子のほかをうまず、地のものは大いに生み増えることとした。

こうしてしばしの穏やかな暮らしが続いた。

しかし、大鳥たちは地だけでなく空にも住まうものであり、空に線は引かれなかった。夕と朝の光と闇が混交するとき、たびたび大鳥たちは自由に空を飛び、人々を恐れさせた。


もはや大鳥たちと語らう力のないイサハは骨の神に願った。

地を支え、天を覆う骨の神は、イサハの言葉を聞いた。

「お前に私の牙をやろう。お前が差し出すものと引き換えに」

「私にはもはや腕も足も体もありません。私の髪と引き換えに牙をください」

「お前の長い髪と引き換えに、ツィハーの崖ほどの牙をやろう」

「それでは足りない。私の首も引き換えに」

「お前の固い首も併せたら、ル・グ山麓を見下ろすほど牙をやろう」

「それでは足りない。私の頭も引き換えに」

「お前の賢い頭も併せたら、タギハ海とユシェリ海を見渡せるほどの牙をやろう」

「それでも足りない。私の目以外すべてお渡しいたします。どうかこの世すべてが見渡せる牙をください」

「不遜なり、不遜なり!」

骨の神は呵々と大笑した。

「お前の傲慢さと合わせて、私はお前にすべてが見渡せるほど高く聳え立つ牙をやろう。そこへ残ったお前の目を据えよう。射殺せ、イサハ。お前の目に映るものはすべて獲物であり、お前の目はすべてを射殺すのだ」



こうして牙は下された。その頂にはイサハの目が爛々と輝いた。

地をおびやかす大鳥が領分を外れればイサハはすべて射殺した。

灯台は天を行くものすべてをみそなわし、天を行くものすべてを采配した。

地に線が引かれ、天に目が置かれた。混沌たる世界は整ったのだ、と人々は語り、ここに長大なる神話時代は幕を引かれた。

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