◆刑事とじぇいけーと終りの始まり。
これは一体どういう状況なんだろう。
なんだか不思議な事になってしまった。
酒葡先輩と一緒に喫茶店にいた時、僕は彼女を止めるべきか迷った。
いろいろ彼女だけでは危険だと感じたからだ。
次点で、群馬へついて行くべきかとも感じた。
一緒に居れば出来る事もあるかもしれない。
しかし、どちらを優先すべきかを考えた時、今目の前にいる二人を放っておくべきではないと思った。
どちらが正しかったのかは分からないが、少なくとも間違ってはいないはずだ。
急にメールが入った事にはびっくりしたが、念のためと先輩が教えておいたのだろう。
抜け目の無い人である。
当の二人はといえば、待ち合わせ場所で合流するなり行きたい場所があるからと言って自由に行動している。
この子達は危機感って物がないのだろうか?
あれだけの事があってどうしてこう平然としていられるのだろう?
正直理解できない。
わざわざ警察を呼ぶという事はそれだけ恐怖を感じているからだと思ったのだが…二人の様子を見る限り少し違うようだ。
しかしどこへ行くのだろう?
二人は僕と合流しても特に何かを聞いたり話したりする訳でもなくただ警察というアクセサリを身に着けているかのように振舞う。
要は飾りなのだ。
僕が必要なのではなく、警察が必要な訳でもなく、様子を見る限りどこかへ出かけたい彼女を心配して警察官を呼んだだけ。
そんな感じがする。
それならまぁそれでもいい。
坂本さんには今日監視対象の様子を伺ってくると伝えてあるし余程の事がない限り緊急招集される事もないだろう。
だから自分がすべき事をすればいい。
しばらく黙って二人の後ろをついて行くと、目的地がどこなのかなんとなく分かってきた。
しかしこんなところに何をしに来たのだろう?
彼女達がここに来たところで何か意味があるとは思えない。
とりあえず何も言わずに見守っていると、縁ちゃんの方が僕に話しかけてきた。
「なんだか今日はすいません。無理を言ってしまって」
それを言うならもっと早い段階で言ってほしいものだ。
「しかし彼女はこんな所に何をしにきたんだい?」
「…それが私にも良く分からなくて。ただ、一通り見て回りたいからと言って聞かなくて」
…それも不思議な話だ。
酒葡先輩じゃあるまいし彼女が今更この殺人現場を見て回って何か分かるとでも言うのだろうか。
「あ、もう大丈夫らしいんで次の場所へ行きましょう」
縁ちゃんも無理矢理付き合わされているといった具合で、やれやれと言いながら次の場所へと向かう。
これらの現場に僕を連れてある事自体が何かしらの意味を持っているのだろうか?
それとも彼女が現場を見て何か確認したい事があるのだろうか?
しばらく地面を注意深く確認したり、周りにある監視カメラの位置関係を確認しにうろうろしたりしながら現場を回っていく。
何を探しているのか、或いはこの行為自体に意味があるのか…それは分からないが、こうやって眺めている限り彼女が何か新しい発見をしたようには見えなかった。
「今日はいったい何を探していたんだい?僕ら警察が一通り調べてるし素人が見ても何かわかるとは思えないんだけれど…」
縁ちゃんが少し離れている時に彼女に直接聞いて見る事にした。
「…別に。こうやって私がうろうろしてればまた犯人が新しい事件を起こすかなって思って」
…言葉も出ない。
この子は一体何を言ってるんだ?
明らかに自分を刺激するために事件が起きているのを理解していて、その上で外出をしているという事なのか?
何のために?
彼女は事件を望んでいる?
分からなくなってしまった。
この子がいったい何を考えているのか。
僕の知っている彼女ではない。
やはり、酒葡先輩にも言ったように彼女の記憶を呼び覚ます事が重要なのではないだろうか?
彼女が幼い頃の記憶を無くしている事は聞き込みの最中に水江さんから偶然聞くことが出来た。
僕はその時かなりの衝撃を受けた。
記憶喪失なんて自分とは一切関係の無い稀なケースの症状だと思っていたので、まさかこんな近くに実際記憶を失ってしまっている人間がいるとは。
それに対する興味がない訳ではないが、そんな事よりも早く記憶を取り戻してもらいたい。
そうする事でいろいろな事が前に進むようになるはずなのだ。
「…緑茶。今日はもういいや。無理言ってごめん」
「そっか。とりあえずこのまま帰るのもなんだし喫茶店でお茶でも飲んで帰ろうよ」
…結局今日は何の意味もない一日だった。
あちこち歩き回ってもう日が暮れる時間だ。
このまま何もない一日にしてしまうか、
それとも彼女になんらかの情報を開示して刺激してみるか…。
「今日は何か得るものがあったのか?」
「えー?何が?」
「いやいや、何か探してたんだろう?わざわざわがまま聞いて出かけてきたんだから何か少しくらい進展がほしいじゃないか」
「んー?よくわかんない。とりあえずどこかでお茶するんでしょ?早く行こうよ♪」
気が抜けてしまったのか、もう現場などには一切興味がないようなそぶりで彼女は笑う。
僕は少しだけ、彼女が恐ろしくなった。
二人は特に場所の宛ては無かったようなので昨夜先輩と待ち合わせした喫茶店へ二人を案内する。
「こんなお店あったんだ?ちょっと遠いけどいい感じのお店だね♪」
「…確かに。私も来た事はなかったがとてもいい香りがしてるし期待できそうだな」
二人が僕にいい所を教えてくれてありがとうと頭を下げた。
「いやいや、気にしなくていいよ。むしろここは僕がかなり気に入ってる場所でね、いろんな人に布教したいと思ってたから遠いのに無理矢理連れてきちゃって悪いね」
そう、今まで僕らが居た所からは結構距離があったのだが、タクシー代を出すからと言ってここにしてもらった。
何せここのコーヒーが大のお気に入りなのだ。
気持ちを落ち着かせるのもそうだし、大事な話をするのもここのコーヒーを飲んでからの方が安心できる。
渋い顔のマスターにいつものコーヒーを注文した。
「あ、私も同じので!」
「私は紅茶を貰おうかな」
「私?」
「ちーがーう」
「知ってるー♪」
なんだか女子高生のわちゃわちゃした感じが繰り広げられて微妙に居心地が悪い。
「刑事さんは砂糖いくつ?」
「えっ、あぁ。僕は砂糖無しでいいよ。ブラックが好きだから」
そう言うと彼女は「うぇ~っ」といいながら苦い顔をした。
「みんながザッハみたいに甘党とは限らないんだよ」
「ザッハ?ザッハトルテ?」
「お、まぁある意味当たってるよ」
「やたー♪すごいすごい?」
「うん、すごいすごい」
「えへへー♪」
わからん。
この子らが何を言ってるのかさっぱり分からない。
とにかく、目の前で角砂糖を七個くらい放り込んでいるのを今度は僕が苦い顔で眺めつつ、コーヒーを一口流し込む。
相変わらず舌触り、コク、鼻に抜けていく香り、全てにおいて僕の好みの味だ。
お腹もすいたので僕はパスタを注文し、彼女達も軽い食事を取った。
よくよく考えれば昼頃から動きだして今が大体二十時だからお腹がすくのも当然だろう。
食事を終え、会計は僕が払い店を出たところで、彼女に声をかけた。
まだどうすべきか悩んでいる。
酒葡先輩はいい顔をしていなかったが、どうしても僕は彼女の記憶を呼び覚ましたい。
「ちょっといいかな?話しておきたい事があるんだけど…」
「んー?別にいいけどどーしたの?」
「というか喫茶店の中で話せば良かったんじゃないですか?」
縁ちゃんの言う事はごもっともなのだが、どうにも気持ちの整理がつかなかったというか、覚悟が出来なかったのだ。
これから言う話を聞いて彼女がどうなってしまうのかが心配で。
でもここは動くべきだろう。
このままでは何も変らない。
「すぐに終わるから。ここだと人通りもあるし、少し歩こうか」
ここからちょっと離れれば裏路地が多く、ちょっとした公園もある。
公園に到着するまで僕は一言も発する事が出来なかった。
未だに葛藤があったからだが、覚悟を決めるべきだ。
彼女らを公園のベンチに座らせ、僕はその前に立つ。
「話ってなんだろ?…もしかして事件の事?」
「うーん。なんて言うのかな。関係無いって訳じゃないんだけど、君の記憶に関してね」
「ちょっと待って。それは紅茶にとって嫌な話じゃないよね?」
縁ちゃんが話の内容を心配してか僕の方を軽く睨む。
「…僕はね、彼女に記憶を取り戻してほしいって思ってる。そうすればいろいろな事が進展する筈なんだ。だからね、悪いけどちょっとだけ無茶をするよ」
「なになに?どーいう事??」
「紅茶、場合によっては僕が君の耳を塞ぐ。或いは目の前の刑事を張り倒す」
なんて事を平然と言ってのけるんだこの女は…。
「そうならないよう願いたいね」
「刑事さんの話って私の昔の事なの?私は知りたいよ?」
「そっか。そう言ってくれるとありがたいよ。君は昔群馬に住んでいたよね?」
「そうらしいんだよねー。でもいまいち覚えてないんだ。住んでたって家を見に行ってももうなくなっちゃってたみたいだし」
…なんだって?
「家を、見に行った?」
その質問には縁ちゃんがかわりに説明してくれた。
「はい。先日紅茶と私で群馬まで行ってきました。結局あまり意味が無かったですけど…呑萄酒葡も後からきて、彼女的には得る物があったみたいです」
…三人が、群馬に…?
僕が群馬に行っていたのと同じ日に?
なんて偶然だ。
むしろややこしい事になりかねないから群馬で遭遇しなくて良かったというべきだろうか。
酒葡先輩なんかに見つかったら何を言われるか分かったもんじゃな…いや、先輩には僕が群馬に行った事を言ったんだった。
だからあんなに驚いていたのか。
むしろなんで群馬行って帰ってまたその日の夜に群馬へ向かうんだ?
調べ残した物があると考えるのが自然だろう。
やはりいろいろ急いだ方がいいのかもしれない。
「紅茶、君はね、幼い頃にお父さんに…」
「ちょっと待ってもらおうか」
その時、僕らに向かって聞きなれた声が飛んできた。
「やっべ…」
声の主を見て縁ちゃんが青くなる。
「縁…それと紅茶君。君らには出かけるなと言っておいた筈だな?」
「ご、ごめんなさい。でもこれには事情が…」
「そんな事はどうでもいい。君らの都合に興味はないよ。それより今大事なのは二人とも無事で僕の目の前にいるという事実と、そこの刑事が僕の忠告を無視して勝手な行動を取ろうとした事だ」
そういって先輩が僕をきつく睨んだ。
言い逃れはできない。
僕は彼女が避けようとしていた、過去の事実を突きつけようとしていたのだから。
「先輩、お早い…お帰りで」
酒葡先輩は、
探偵、呑萄酒葡は
とこちらに向かってゆっくり距離を詰めながら、こんな事を言う。
「まぁいいさ。二人が出歩いてる事に気付いた時は流石に焦ったがね、間に合ってよかったよ」
一瞬だけ彼女は目を伏せ、再び切れ長の眼を開くと、静かな、それでいて迫力のある声で言い放つ。
「さぁ、事件を解決しようか」
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