◆推理と依頼とお兄ちゃん。
新たな犠牲者の名前は吉田俊夫。
紅茶とは違うクラスながら、軽く聞き込みをしただけで彼が紅茶に好意を持っていた事が分かった。
吉田のクラスメイトの中では有名な話だったらしい。
告白も秒読みかと思われていたらしいのだが、それはもう叶う事はない。
僕は紅茶の家から出た後中島に吉田俊夫の情報を聞き、彼の友人宅を幾つかあたってみた。
と言っても大して解った事はなく、彼が紅茶を好きだった事、先日紅茶とショッピングモールで偶然会っていたという事くらいだ。
おそらく僕がこの前モールで紅茶に会った時なのだろう。
なんでも、モールの中で気が狂った阿呆が刃物を持って暴れたらしいのだが、紅茶がその男に向かって啖呵を切ったのだとか。
しかし紅茶という女はとにかく面倒を引き寄せる体質のようだ。
彼女に何かあったら僕に報酬が入らなくなるじゃないか。
もっと気をつけてもらわないといけない。
本当にアレはかっこよかったんだと、吉田は友達に何度も力説していたらしい。
これで紅茶関連の事件がまた一つ増えた。
…のだが、どうにもおかしい。
普通に考えれば今までの事件と無関係と考えるのは不自然なのだが、どうにも今までと様子が違う。
中島から聞いた限りの事件の様相は次の通り。
まず被害者は自宅で頭部を何かで殴られて死亡していたらしい。
この時点で何かがおかしい。
今まではずっと現場は外だった。
こいつだけ何故自宅、自室だったのか。
そして、おそらく凶器はガラス製の何かだと思われる。
これは鑑識が部屋の床に落ちていた小さなガラス片を回収した事で明らかになった事なのだが、僕は以前にも似たようなケースの事件を解決した事があった。
その際の凶器はガラスの灰皿。
今回の事件にそれは当てはまるだろうか?
たとえば両親の灰皿が凶器になった場合。
侵入してきた犯人が居間等にあった灰皿を持って彼の部屋に行き、撲殺。
或いは、自宅では当人に高校生ながら喫煙の習慣があったという場合もある。
その場合は部屋にあった物なので凶器としては使いやすかっただろう。
だが、そのどちらだったとしても違和感はある。
彼の自宅は一件家で、片田舎ならともかく都内の家で鍵をかける習慣が無いという事は考えにくい。鍵は普通にかけていたと仮定する。
そうするとわざわざ開錠して侵入した事になるわけで、死亡推定時刻は午後十五時~十六時。まだ明るい時間な上に被害者の家は大通りに面している。
さすがにその環境で鍵を開ける作業などしていたらどうみても不審者だ。
犯人がそんなリスクだらけの愚行に走るとは思えない。
なので、今回の僕の見解はこうだ。
おそらく犯人は吉田に招かれて家に入っている。
家の中は特に荒れた形跡もない上に、現場が居間ではなく自室な事から、お互いは知人、或いは友人である可能性が高い。
ここでいろいろな可能性が浮上する。
一連の犯人が、今までの事件の一環として吉田を殺したケース。
そして、一連の犯人が突発性のトラブルで吉田を殺したケース。
もう一つは、全く関係の無い犯人による全く関係の無い殺人。
まず最初のケースを考えてみよう。
今までの事件の一環という可能性はあるかどうか。
個人的にはそれは薄いと思う。
被害者と知人か友人と考えるのならばあの雨合羽男が高校生男子と…?
部屋に入れる時点でそれなりの関係と言うことになり、必然的に犯人の年齢層も絞り込む事が出来る。
正直雨合羽男の情報に繋がる展開だからこれが一番望ましいのだが、多分違う。
手口の違いもそうだし何より今までに比べて意図が見えてこない。
今までの事件は少なからず紅茶に関係していて、尚且つ紅茶がショックを受けるようにしているような節があった。
それにプラスして、もし偽紅茶が共犯だった場合、紅茶に容疑がかかるよう振舞う事はいくらでも出来る。
だが今回に関してはそういう工作が一切感じられない。
次。
雨合羽男が突発性のトラブル等で予定にない殺人を犯した場合。
この場合は経緯は解らないが、今まで慎重に動いていた人間が衝動的な殺人をするとは考えにくい。
もし強行するとしたら、弱味を握られ脅された、或いは純粋に決定的な情報を知ってしまった。
大体そんなところだろう。
たとえば犯人の正体に気付いた吉田が警察に通報するだとか自首しろだとか言ってきた場合。
後はバラされたくなかったら…的な形で脅迫してきたか。
その場合は危険を排除する為に殺害せざるを得ないだろう。
引っかかるのは、もしそういう状況下だったとしてもその場でこんな露骨で衝動的な殺人をするだろうか?
考えていた犯人像とは合致しない。
そして、なんだかんだと一番可能性が高いのがこれだろう、全く関係の無い殺人。
殺害されたのが紅茶の同級生だったという事で関連付けて考えてしまいがちだが、状況を考える限り無関係と考えるのが自然だ。
なのに警察は同一犯の可能性を重視して捜査を始めたそうだ。
まぁその可能性がゼロとまでは言わないが、どうせ違うだろうな。
とにかく明日、朝一で現場を確かめに行こう。
中島あたりを捕まえて無理矢理案内させよう。
一通り考えを纏めながら帰宅し、いつも通り風呂に入ってワインをゆっくり楽しみ、そして眠りにつく。
翌朝、珍しく頭がスッキリと目覚める事ができた。
てきぱきと着替えて、事務所に移動し、出発しようとしたところで入り口のベルが鳴る。
…っ、誰だこんな朝っぱらから。
時計を見ると朝の七時半。
完全な営業時間外である。
追い返すか…?
しかし大口の依頼だったら…。
いや、今は紅茶の事件で忙しい。
新しい事件を請け負う予定など…
「すいませーん。朝早くごめんなさい。どうか話を…」
…くそっ。
話だけだからな!!
僕の悪い癖だ。
依頼が来るという事はもしかしたら事件かもしれない。
事件だとしたらそれは面白い事件なのかもしれない。
それを聞きもせずに追い返すという事は一つ可能性を失うと言う事で…
つまり、くそっ!
「こんな朝早くからいったい何だ?つまらない話だったら承知しないぞ」
悪態をつきながらもドアを開けてしまった。
ドアの向こうにいたのは、なんとなくどこかで見たことがあるような風貌の女性だった。
歳は大体五十手前というところだろうか?
「こんな朝に来てしまってすいません。実は…」
「ちょっと待ちたまえ、とりあえず中に入ってくれ。話を聞こう」
女性を事務所のソファに案内し、その対面に座る。
女性はなんだかそわそわした様子で事務所内を見回してから、「こんな時間にすいません」と繰り返し頭を下げた。
それはもういい。
そんな事よりなんの話だ。
面白く無い話だったらただではすまさん…と思ったが、面白すぎる話だった場合も困る。こっちには今やる事があるのだ。
「実は…最近娘の周りで良くない事が起きている気がするんです。警察に相談したくても、どうやら娘自身も疑われてしまっているようで…」
…ふむ。
…ふむ?
「なので事件と娘が無関係だと証明してほしいのと…それとは別件でもう一つ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
これはおかしい。
おかしいぞ。
「あの、もしかしてその娘さんの名前って…」
「あぁ、すいませんすいません。何も説明してませんでしたね。私は佐藤水江さとう みずえと言います。そして、娘は紅茶くれさです。紅茶と書いてくれさ」
なんてこった。
この依頼を受けてしまったら二重で報酬を受け取る事になり、詐欺もいいとこだ。
さすがの僕でもそんなあくどい事はできない。
「えぇっと…水江さんといいましたね。その件でしたら心配無用です。既に僕はその事件に着手しております。娘さん本人からの依頼という形で」
「えぇ!?紅茶が、探偵さんに依頼したんですか?あの子が…?」
水江さんはどうも信じられないという顔でこちらを見てくる。
確かに普段の紅茶を知っている人なら自分から探偵に相談するなんて有り得ないと思うかもしれない。
「実は私の身内が紅茶君とクラスメイトでして。そちら経由で僕のところに話が回ってきたという事ですよ。どちらにせよもう既に受けている依頼と被ってしまいますから新たにその依頼を受けるわけにはいきません。責任を持って、紅茶君の無実を晴らし、犯人を突き止めてみせましょう」
紅茶の周りの人間ばかりが死んでいく現状に気付いてしまったのなら殺人事件の犯人として疑われているというのもなんとなく親から見て解ってしまったのかもしれない。
その不安を解消すべく対応策を打っておきたかったのだろう。
「そうだったんですか…それは良かったです。もし紅茶が依頼料を払えないなんて失礼な事がありましたら私の方に連絡下さいね」
しっかりした親御さんだ。
これなら万が一の時も回収は心配しなくて済みそうだぞ。
「でしたら…もう一つの方はそれが落ち着いてからの方がいいかもしれないですね。日を改めます」
…ん?
そういえば別件があるとか…
「いや、それも一応教えてくれませんか?いったい別件で何を依頼しようと…?」
「今回こちらで沢山殺人事件がおきてますでしょう?それにはきっと関係ない事なので心苦しいですよ」
「いえいえ。聞くだけならただですし、完全に無関係かどうかは聞くまで解らない事です。良かったらお話だけでも聞かせて頂けませんか?」
水江さんは少し悩んでから、それでは…と話を切り出した。
「実は…娘は、紅茶は私の実の娘では無いんです」
おいおい。
いきなり重たい話をぶっこんできたな。
しかし、紅茶の家庭環境というか身内の事などノーマークだったのは盲点だった。
事件に関係があるかないか、必要か不必要かではなく、もう少し本人のまわりも調べておかなくては。
そんな事を反省しながら話の続きを促す。
「娘は…えっと、ややこしくなるので紅茶は、と言うようにしますね。紅茶は昔群馬県のとある村に住んでいました。私の姉が紅茶の本当の母親なんです」
「ほう。もしやお姉さんに何かご不幸でも…?」
「はい。と言っても姉は紅茶を産んで一年後くらいには亡くなってしまって。それから先は姉の夫が一人で育ててくれていたらしいのです」
なるほど。それ自体は良くある話だ。
それがどういう依頼に化けるのか少し興味が湧いた。
「そこから、何があったのかを調べてほしいんです」
「…はい?」
ちょっと待てよ。意味がわからん。
「すいません、説明が足りないですよね。でも私も何も解らないんです。ある日、突然なんです…紅茶が住んでいた家のご近所さんから私のところに電話がかかってきて、紅茶を預かってくれないかと…」
「…?ご主人からではなく、ご近所さんから、ですか?」
「はい。私もそれが不思議で。どういう事なのか聞いても何も答えてくれなくて…とにかく紅茶の父親はもう紅茶を育てる事ができなくなったから、の一点張りで…あの子を路頭に迷わせる気か!と怒鳴られました」
「それは…妙な話ですね」
一体どういう事だ?
父親に何かあって、それ以上面倒を見れなくなったために近所の人がおせっかいをやいたという事だろうか?
「はい。私も悩んだんですが、結局紅茶を引き取る事にしました。私はその当時結婚したばかりだったのですが、夫も快く了承してくれたので…」
「なるほど…では依頼の内容というのは、紅茶の故郷でいったい何がおき、貴女に預けられる事になったのかを調べてほしいという事ですね?」
「はい。そうなります。こちらは緊急性は全くないですし、探偵さんにお願いする事があるからついでに話しておいて暇がある時にそれもお願いできたらというくらいのつもりで考えていた事ですから…」
なるほど…。
確かに今回の事件と関係があるかは微妙なところだ。
しかし、興味が無いと言えば嘘になる。
オチとしてはただ単純に父親が病気になったとか、蒸発したとかが無難な所だろう。
そんなつまらないオチだったら残念ではあるがそのくらいの方が紅茶にとってはいい筈だ。
「その当時に何があったのかが解れば紅茶の記憶も戻るのではないかと思いまして…」
「ちょっと待って下さい。今なんと…?紅茶君の記憶…?」
「あら、紅茶からはその事聞いてませんか?…確かに事件とは関係ないですもんね。あの子は何故か私の所に来る前の事を何も覚えていないんです」
「幼い頃の話ですよね?覚えてなくても無理はないのでは…?」
話を聞く限り、私の想像ではあるが三~四歳の頃の事だろう。
それなら覚えていなくとも不自然ではない。
「…それが、私が預かる事になって家に来た時からなんです。その日以前の記憶が全く無い…」
…おかしな事になってきた。
「つまり、紅茶君を引き取ったところ、彼女は昨日の事も何も覚えていなかった、と?」
「そうなんです。最初は紅茶という名前すら覚えていなくて、それも私達が名付け親みたいになってしまって…」
それは流石に異常だ。
完全なる記憶喪失というやつか、或いは狂言か…。
「でも一つだけ覚えている事があったみたいです」
「ほう、名前も忘れてしまっているのに覚えていた事があるというのは興味深い」
「お兄ちゃんはどこ?…と」
「お兄ちゃん…ですか?ちなみに紅茶君に兄は…?」
「いません。一人っ子だったと聞いています。だから地元で良くしてくれた人の事なのかなとは思っているのですが…。ご近所の方は何があったのかだけではなく、何も情報を教えてくれなかったので私もそれ以上は解らないんです」
…可能性としては水江さんの言うとおり、幼馴染、仲の良かった男子がいた線が濃厚か。
しかし自分の名前も忘れているような状態でその相手の事だけを覚えているというのは不思議である。
「ちなみに紅茶君はその後お兄ちゃんについて語る事はなかったのですか?」
「一度名前を言っていた事があったような気もするんですが…なにせ昔の事なのと、子供の滑舌で言われたものでよく覚えていないんです。…かなにーとか、そんな感じでした」
水江さんはあまり自身がなさそうに教えてくれた。かなにーから連想される名前は何があるだろう?
かなやま。かな~という苗字というのはあるかもしれない。
名前だとかなだけでは女性の名前のようになってしまうし、少し連想しにくい。
そもそもかなにーという言葉自体が記憶違いだったらまったく無意味なのだ。
今考えてもしかたないだろう。
「でもよくわからない事があって。そのお兄ちゃんはどこ?という発言は引き取った当日なんですけど、引き取って都内に来てからも会っていた事があるかもしれないんです」
…はぁ?
「そのお兄ちゃんとやらも一緒に都内に来ていたとか、こっそりたまに会いに来てたとかそういう事ですか?」
「いえ、そうかもしれない、というだけで…」
いまいち煮え切らない。
「たまに言うんですよ。今日はお兄ちゃんとなになにをして遊んだんだ。とか、なになにの話をしたんだ。とか。だからそのお兄ちゃんはこっそり会いにきたりしてたのか、それかもしかしたら断片的に昔の記憶が戻って来ているのかも…と思いました」
「断片的に記憶が戻って、それをその日に体験した事と勘違いするというのはあるかもしれないですね。しかしそうだとしたら、昔の記憶は常にそのお兄ちゃん絡みの事ばかりですね…」
「そうなんです。だからよほど大事な人だったのではないかと…。その人の所在とか、誰だったのかというのも含めての依頼だったんです。可能でしょうか?」
正直今更この依頼を無しにしてくれと言われても勝手に調べるかもしれない。
そのくらいには興味を惹かれていた。
「勿論、今の現状として優先すべきは事件の解決と紅茶君の無事や無実の証明なので、その捜査の過程で可能なら、という範囲で宜しいですか?勿論その場合この事件が解決しましたら改めて本格的な捜査をさせて頂きたいと思っていますが」
「勿論大丈夫です。それでお願いできますか?」
これは面白くなってきたぞ。
それを知るためにも早くこの事件を解決してやらなくては。
「あの…それともう一ついいですか?」
お?まだ何か他に面白い情報が?
それともさらに別件の依頼か?
ワクワクしながら水江さんを見つめていると、申し訳なさそうに
「お値段は…いかほどでしょうか…?」
と言った。
僕は今紅茶の過去が気になって仕方なかった。
この依頼を受けるのは完全に趣味だ。
趣味で調べる事から大金を取るわけにはいかないし本題の事件は紅茶がしっかり払うと約束している。
なら、このくらいだろうか?
「完全成功報酬制で、五万でどうでしょう?」
金額には完全に満足して頂けたようで、ニコニコしながら頭を下げ、水江さんは出て行った。
どうやら水江さんは昨日僕が紅茶家を出てから帰ってきて、今日はこのまま仕事へ行くらしい。
なかなかヘビーな毎日を送っているなと思ったら、そういう訳ではなく、今だけ急病の友人の代わりに仕事を手伝っているだけで普段は専業主婦らしい。
そういえば確かに今まで僕が紅茶君の家に行った時水江さんは居なかった。
ここ一週間ほどずっと朝早くでて夜遅く出て来ているのだろうか?
事件が解決した頃母親が過労と心労で倒れた、なんて事にならないように早くこの事件を解決して安心させてあげよう。
そう思う程度には水江さんに好感を持っていた。
楽しい依頼を持ってきた人、としてだが。
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