開店ー1
昼食を終え、大人たちがそれぞれの仕事へと出向いた後、ソルトとシュガーは店舗を建てるための土地の選定を行った。空いている土地の利用許可については、昼食の間に村長から取り付けてある。
「じゃ、建てようか!」
「シュガーが建てるわけじゃないでしょ……」
「気分を代弁!」
妙にテンションの高い姉貴分を視界の外へと追いやりながら、ソルトは腰元に括っていた袋の中から手の平に収まるほどの小箱を取り出した。その小箱は薄いガラスのような透明の材質でできていて、中に入っているものが外からでも窺える。
「これって、もしかして店舗? 箱の中に入ってるの?」
「そうだよ。危ないからちょっと離れて」
言われた通りに彼女がその場から距離を取ると、ソルトは小箱の中から小さな建築物を慎重に取り出して、空いている土地の中央付近にそっと置いた。
それから彼もシュガーの元まで歩き、建築物から距離を取ると、小箱の内側に刻み込まれている小型の魔法陣をそっと指でなぞった。
なぞられた魔法陣が淡い白色の光を帯びると、土地に置かれた小さな建築物も連動しているかのように、薄い白の光を帯びてゆく。
それだけでなく、建築物の方は徐々にその形を大きく、存在感を増していった。みるみるうちに大きく広がる建築物は音を立てることなく、その比率も保ったまま、土地をゆっくりと侵食してゆくのである。
建築物が土地の中に収まりきらないかどうかという手前で、小箱の魔法陣が光を消失させた。と同時に、建築物も放っていた光を消失させ、その質量の増大を止めたのだ。
結果として、土地には十分に店舗たりうる建築物がその存在感を放つこととなった。その外観は、都会で一般的とされている薄めの白黄色に染められている。屋根の葺かれていない、立方体のような四角い建物だ。落ち着きを感じさせるその趣きある佇まいは、田舎の村の中にあってもそれほど奇異とは映らない。奇異というほどに目立つものではなく、ちょっとしたわくわく感や、中に入ってみたいという感覚を、見る者に与えることだろう。
「ふわー……こんな魔道具もあるんだ! すごいねー……!」
「うん」
シュガーの感嘆に、ソルトはそっけない言葉を返した。が、ソルトも内心では喜んでいて、それがあまり表に出ていないだけのことである。
早速、中に入ってみようと行動を始めた彼女に続いて、彼も建築物の中へと入る。
建物の内部は既に、店舗としての役割をある程度果たせる装いとなっていた。
丈夫で艶のある木材で作られたカウンターが設置されており、魔道具を並べる大きな空棚が壁際に並んでいる。けれども天井の高い、開放感のある空間が内部を多く占めており、採光のための天窓による光の加減も相まって、都会の片隅に佇んでいる小さな喫茶店のような過ごしやすさを感じさせる。
「お洒落な建物だねー! 店とは思えないくらい居心地が良いよ!」
「うーん……だとすると、客用の椅子くらいは用意した方が良いかもしれないね。外観や内装による居心地の良さは利点だけど、置ける魔道具の数は限られるかな……。場合によっては、倉庫と作業場を拡張する必要があるかもしれない……」
「ソルトくんは相変わらず真面目だなぁ!」
シュガーが微笑ましそうに見ているそばから、ソルトは手にした袋から見栄えの良い魔道具を次々と取り出しては、空の棚へと入れていく。彼の手際は良く、そう時間も掛けない内に、空の棚を全て魔道具で埋めてしまった。
「んー……やっぱりもうちょっと棚を増やすべきかな……。でも、この広さは取っておきたい感じもあるからなぁ……」
「ソルトくん、その袋もやっぱり魔道具なの?」
「……ん? そうだよ?」
彼の持つ袋が魔道具であることは、もちろん彼女も分かっていた。だが、それでも聞かずにいられなかったのは、自身の持つそれよりも、内包できる量が遥かに大であるためであった。
「ああ、これは僕が市販の袋を改良して作ったんだよ」
何気ない口調で言ったソルトだったが、このときシュガーが受けた衝撃は大きい。
正直な話、彼女は彼がいうところの魔道具屋というものに対して、大した興味を抱いてはいなかったのである。
いや、正確には今もなお大した興味を抱いてはいない。ただ、普及している魔道具を自身の手でより便利で使い勝手の良いように改良できるソルトのことを、見直したという話である。
(いつまでも、子どもじゃないんだよね)
それは彼女自身も同様であり、そして悪い癖だと自覚してはいるのだ。直そうとも、思ってはいるのである。けれども、どうしても自身より頭一つ分は背が低く、口下手である彼のことを、弟分として扱う癖が抜けないでいるのだ。それを、どこかでもどかしく感じている自分がいることを感じつつも、されど意識しないままに置いていた。
気づいてしまえば、今までとは同じでいられない予感を、未知にも似た恐れや不安を感じるようになるだろう予感を、心のどこかで分かっていたからである。
「お店はいつ頃から開く予定なのかな?」
そんな自身の心からさらりと目を背け、シュガーは変わりない態度でソルトへと尋ねた。
彼は少し視線を上げて考え、呟くように彼女に答えた。
「そうだね……看板も作っておきたいから、明日の午後か、或いは明後日くらいを考えてる」
「宣伝とかもするの?」
「そこら辺はシュガーのお母さんが広めてくれるでしょ」
「ソルトくんのお母さんもね」
二人は、口が軽くて仲の良い、互いの母を思い浮かべて、どちらともなく微笑み合った。
◇ ◇ ◇
ソルトの魔道具屋が開店して数日経ったが、客の足は一向に伸ばされることは無かった。
「なんでさ!?」
「いや、どうしてシュガーが怒ってるの?」
カウンターに幾つか設置された席のひとつに座って、シュガーは腕を組んでいる。その顔は怒りに満ちてはいるものの、元々愛嬌と笑顔の似合う顔であるから、いまいち迫力というものに欠けていた。
頬を膨らませた彼女の顔を横目に見ながら、ソルトは軽く息を吐く。その手には、魔道具を磨くための布と、磨かれていた用途不明の魔道具がある。
彼は磨き終えた魔道具をカウンター内にある棚に丁寧に置きながら、ぶうたれるシュガーの愚痴をそれなりに流しながら聞いていた。
「だってさー、せっかく綺麗なお店なのに誰も来ないんだもん! 中の様子を見に来るくらいはするでしょ、ふつう……!」
「いや、子どもたちはたまに来るけど」
「ちびっ子たちだけは見る目があるよねー。大人ってやつらは目が曇ってるからさー」
ころころと機嫌を変える彼女もまた、村の子どもたちと同様に、魔道具屋の数少ない客でもあった。もっとも、どちらの客も遊びや話をするのが主な目的であって、魔道具そのものに関しては二の次であることが多かったが。
(まあ、畑仕事をするよりはよっぽど楽で良いやね)
ソルトは客層に文句はなく、むしろ冷やかしでも人が店に訪れることを良しとしていた風であった。というのも、どの客も――子どもばかりではあったが――店に置かれている魔道具を珍しがり、詳しい説明や使い方を聞いたり、試しに魔道具を使ってみたりと、まるっきり興味がないわけでもなかったからである。
「まあ、子どもたちにすら興味を持たれない可能性はあったからね。今のところ、大成功とは言えないまでも、成功とは言っても良いと思うよ」
「ふーん、そういうもんですかねー」
不貞腐れたような声を出したシュガーだったが、何かを思いついたように「あ、そうだ!」と不意に声を上げ、椅子から勢いよく立ち上がった。
怪訝な顔をしたソルトが何事かを問う前に、彼女は彼へと笑顔を向ける。
「一緒に狩りに行こうよ!」
「……待って、理解が追いつかない」
だからさぁ、とシュガーが言うには、開店祝いのために肉を獲りに行こうというのである。店もソルトがいうところの成功を果たしているわけで、祝わずにはいられないのだと、彼女はそう主張したのだ。
「別に、僕まで狩りに行く必要はないよね?」
「たまには店から出て狩りくらいしないと、老後の健康に響くよ?」
その後、幾度かに渡って不毛な遣り取りを交わしてから、ソルトはシュガーに頷いた。彼がどれだけ行きたくないと言っても、彼女は行こうと譲らなかったからであり、遂には落ち込み始めたからである。古来より男は女の涙に弱いものとされており、それはこの世界でもそうであったらしい。
彼としては店から出ず、魔道具を磨いて過ごしたかったところではあった。しかし、確かに彼女の言い分ももっともで、彼はここしばらく、店内に篭って魔道具を磨いたりメンテナンスしたりして日々を終えていたものだから、彼女が彼を少しでも外に連れ出そうと思ったのも、頷ける話ではあったのだ。
行くと話が決まれば、ソルトは行動が早かった。
狩りに必要だと思われる魔道具の装備を数分で揃え、店外で待っていたシュガーを驚かせたのである。
「随分と、重装備だね……?」
「そうかな? 素人だから、これくらい準備しなきゃ辛いと思ったんだけど」
彼の格好はパワードアーマーとでも称すべきほどのもので、堅固且つ鈍重な、さな
がら動く要塞であった。全身の装甲は隈なく複合素材によって繋がれた金属繊維の塊で、そこに魔力を通す細い管が全体に行き渡ることにより、通常時でも強固な装甲であるのに、さらなる防護を与えるものであったのだ。野生の獣の、例えば巨大熊の一撃であれば、彼を殴り飛ばすことは可能であろう。しかし、それでもその装甲にかすり傷ひとつ与えることはできず、また、装甲の内部にいる彼に衝撃の余波を与えることすらかなわないに違いない。
着ている服の素材ひとつ取っても、それだけの技術が詰め込まれているのである。装甲服に内蔵されているギミックを全て挙げていけばきりがない。加えて、彼の持ち物はまだあって、獲物を仕留めるための武器、回収・保存するための魔道具、疲れや痛みを軽減させる医薬品、そしてそれらを自在に取り出すことのできる携帯袋など、大陸どころか世界中のどこに行こうとお目に掛かれない優れた魔道具の数々を、彼は狩りのためだけに用意したのである。
「うん、仕舞ってきなさい」
「えっ……せっかく用意したのに?」
「うん。戦争に行くわけじゃないからね。気楽な散歩にその装備は過剰だよ」
「でも、せっかく性能テストができると思ったのに……」
「森がなくなりそうだからやめてね?」
「分かったよ……」
シュガーの笑顔から発せられる圧力に屈したソルトは金属と機械が奏でる重音を立てながら店内へと戻った。準備するときよりも時間を掛けて戻ってきた彼の姿はいつも通りの黒ローブであり、高まっていたやる気が随分と沈下していたことは明らかで、彼女の苦笑を誘ったのであった。
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