17 奴隷業者撲滅キャンペーン

「ジロウさん! タマちゃん!」


『葵なのー!』



 私が手を振って叫ぶと向こうも手を挙げて返してくれる。

 久々に会えた仲間たちの顔を見て自然と自分の顔が綻んでしまう。

 特にタマちゃんとすりすりするのは豆太郎に匹敵する癒しなのよね。


 『ノーリンガム帝国』――その首都である帝都『グラレシア』の通りからやって来たのは数週間前に別れたばかりの仲間たちだ。

 先行していた景保さんとジロウさんの二人は途中で出会ったお婆さんたちを連れての徒歩だったので結局私たちの方が先に着いていた。


 何気にサミュ王子が失踪してからすでに一週間ほどが経過している。

 日に日にクレアさんはやつれていくばかりで私たちが掴んだ手掛かりは川辺に散乱してあったサミュ王子の荷物だけ。

 実はあの後、もう一度私が念入りに川岸を上ってみたらそれを見つけられたのだ。


 話し合った結果、サミュ王子とオーバーンは途中で難破したんじゃないかという結論に達した。

 この報告をした時点でクレアさんは卒倒しかけたんだけど、豆太郎に匂いを嗅いでもらうと僅かに岸にサミュ王子の残り香が残っており、さらに馬車の車輪の跡がちょっとだけ残されていたので保護されたんじゃないかという可能性に至る。

 さらに周辺で聞き込みをすると奴隷を乗せた馬車がその前後に目撃されていた。おそらくそいつらに連れて行かれたんじゃないだろうかと思ったんだけど、しかしここからがまた大変でどこへ向かったのかが分からない。

 近くに奴隷の売り買いをする場所は帝都にしかなく虱潰しにして探すしか道がなかったのだ。

 けれど今まで行った町よりもさらに広い帝都で土地勘も知識も無い私たちがそれを探し出すのはかなり難しかった。この一週間はほとんど無駄にしたと言っていい。

 その代わり、ようやくジロウさんたちと合流できる運びとなったのが今だ。


 ちなみにクレアさんたち騎士たちは街を出歩くことが難しく、ひっそりとした場所にある宿でお留守番中。

 なぜなら入る時に身分証を提示しないといけなくて、騎士としてのそれを見せてしまうと足が付いてしまうから。

 だからあの偽物村長のいる村で予め特急で偽の身分証を作らせていた。本当はやっちゃいけないことだし後で見つかるとやばいらしいんだけど、こっちもサミュ王子がいなくなって切羽詰まってたし彼が王様になればうやむやになるっていう皮算用だ。ちょうどあの村の弱みも握っちゃってたしね。

 それで変装して入れたのはいいけど、顔見知りに出くわさないように宿で待機してもらっている。アレンたちは外に出られない彼女らの代わりに、生活用品などの買い出しだったりの付き添いで残っていた。



「久し振りだね。元気なようで安心したよ」


『葵! おひさなの!』



 タマちゃんが元気よく駆け寄って来たので脇を掴んで高い高いしてあげる。

 尾っぽが盛大に揺れてもふもふっとした狐の元気っ娘は健在だ。



「うん? 装備を変えたのか。忍者なのにそんなに目立っていいのか?」


「ジロウさんあかんて。そういうのは似合ってるってまず先に言うのが礼儀やで」


「あ、しまった。そうだな。うん、似合ってるぞ」



 会うなり美歌ちゃんに指摘され慌てて言い直すジロウさん。



「すんごい適当感が漂ってくるんですけど……」


「がはは、本当だ本当。大丈夫だ」



 何が大丈夫なのか主語が知りたいよ。

 美歌ちゃんも真面目に言われると私の方が悲しくなってくるので控えめにね!

   


『葵は可愛いなのー!』


「うーんもうこの子最高ー!」



 あぁもう私の味方は豆太郎とタマちゃんだけだ。

 がっしりとした抱擁で返してあげる。



「それでどれぐらいこっちにいられるの?」


『今日の夜までなのー! 本当は葵と豆太郎ちゃんともっと遊びたいけど、景保を放っておくと心配なの! ごめんなの』


『いーよ! まーはがまんのできるおとこのこ!』


『さすが豆太郎ちゃんなの! あはは! くすぐったいなの!』



 私の頭の上に乗っていた豆太郎がぴょんと跳んでタマちゃんの首に巻き付いてペロペロとほっぺを舐めるとくすぐったそうに暴れる。

 二人を抱えたままじゃれ合われると落としてしまいそうになって危ないので地面に降ろしてあげた。


 ただ全員が合流できたということじゃない。

 景保さんと新メンバーのステファニーさんの二人はどうしても教会騎士団ジルボワの動向が気になるらしく、こちらに寄らずに北へ旅立っている。

 お供はどれだけ離れていても再召喚すればすぐに自分の元へとワープできるので、乗り物が無いと歩くのも大変そうな例のお婆さんたちを引き連れて、タマちゃんとお馬さんがこっちにやって来たわけだった。

 ただなーんか景保さんの様子がちょっとおかしかったんだよねぇ。これは女の勘だけどそのステファニーさんとなにかあったのかもしれない。



「本当はステファニーを嬢ちゃんにも会わせてやりたかったんだがな。景保なりに考えがあるらしくてし強くは言えんかった。儂が見た目通りの年齢じゃないと何度言っても聞かずにハグしてくるかなり癖の強いやつだが……」


「あぁ何か色々ビデオチャットでは聞いてます。でもジロウさんも満更じゃなかったんでしょ?」


「む? まぁそりゃあなぁ。だが他のやつには内緒だぞ? 威厳が保てん」


 

 その時のことを思い出してかジロウさんの頬が緩んでいる。

 何が威厳よ。もし奥さんに会うことがあったら絶対にチクってやろっと。



『ステファニーは面白いデースなの!』



 タマちゃんが大きく身振り手振りできゃっきゃとはしゃぎながらステファニーさんの魅力を伝えてくれる。

 ちょっと難解だけど、だいぶ懐いているのは分かった。まぁなんとなく聞いている感じで二人の相性が良さそうなのは分かる気がするし。



『ステファニーのお馬さんを紹介するデースなの! 『トモエサン』デースなの!」



 タマちゃんの後ろにいるポニーぐらいの栗毛の馬が近付いて来る。

 何となく大和伝のキャラだというのは分かった。違う個体だけどゲームの中では見たことがあるから。

 トモエさんは申し訳なさそうな声音で少し首を下げる。



『うちの子が子供に悪影響与えちゃってるみたいで本当にごめんなさいね。景保君にどう謝ったらいいのか……はぁ……もっと慎みと礼節を覚えなさいって言ってるんだけど耳から耳へと抜けていくみたいで……』


『馬の耳に念仏、馬耳東風デースネ! 諦めて下サーイ! ってステファニーが言ってたの!』


『言葉の意味が分かってるなら実践してよぉ……』



 項垂れる様はどうにも苦労人っぽい馬だ。出会ってもう同情したくなる。

 テンや蛇五郎とはちょっぴり反りが合わないけど、このトモエさんとなら仲良くなれそうだ。



「ええと、それでそっちの二人が……」


「あぁ、ジーナさんとキーラ君だ」



 そのトモエさんの背に乗っているお婆さんと少年をジロウさんが紹介してくれる。

 キーラ君は黙って頷いただけ。ちょっと警戒されているのかな?



「話はこの坊やたちから聞いているよ。あたしの能力を使いたいんだって?」


「ええそうです。八方塞がっちゃってる状態で。お願いします」



 私たちでは奴隷業者の潜伏場所など見つけられない。

 けれど景保さんからの聞き伝えによると、このお婆さんはそういうのに適した天恵を持っているらしい。

 だからこの人の到着を待っていたんだ。



「報酬はもらえるんだろうね?」


「――ババァ! がめついぞ!」



 後ろにいたキーラ君が今まで黙っていたのに急に咎めるような声を上げる。



「ふん、ここまで送ってくれた礼はしたいがね、あたしらは今、文無しなんだ。当面の生活費が無いと飢えるだけなんだよ。そういうところはシビアにならないといけないのさ」


「でもよ、ここまでずっと助けてもらってんだぜ? なのにそんな人たちから金を取るなんてさ、俺は……」



 少しびっくりしたけど仲が悪いということはないのだろう。やり取りを見ていればそれは分かった

 子供だからと言ってしまえばそれまでだが、感情として恩に報いたいというキーラ君の純真な気持ちも伝わってくる。



「なんだ通信ではちょっと擦れてるって言ってたけど全然良い子じゃん。こういう子の助けになるなら私はお金を支払っても構わないわ」


「う、うるせぇ! 子供扱いすんな!」



 恥ずかしがって強がるところも可愛いじゃん。

 言葉遣いは悪いけど、この場にいるみんなにこやかに彼のことを見ていた。



「まぁ具体的な金額は後でいいさ。まずは宿に案内しておくれ。急いでいるんだろ? すぐに始めるよ」



 そうして奴隷業者撲滅キャンペーンが始まった。



□ ■ □



「それで? あのガキはいくらになった?」


「全然だわ。値切られてたったの金貨十枚。せめてもうちょい肉が付いてたらなぁ」


「そりゃご愁傷様」


「これじゃあ今月はノルマギリギリだぜ」



 ノーリンガム帝の首都である帝都グラレシアにも一般人が普段立ち寄らない闇の部分がある。

 数人の男たちがその一角にある建物の中で秘密の会談をしていた。

 会話の内容は子供を売り買いしたというものだ。人一人が金貨十枚約十万円で取引されることの恐ろしさをそこにいる男たちは何も感じていない。

 頭の中にあるのは自分都合のことばかりで被害者たちがどうなろうが想像もしないししたこともなさそうだった。そんな連中がここには溢れ出るほど大勢いる。彼らだけが特別というわけではないのだ。



「ママレードさんもきついよな。先月からさらに送る人数を二割アップだぜ? 現場の苦労なんて聞いちゃくれねぇ」


「いっそのこと俺らで商会を立ち上げるってのはどうだ?」


「馬鹿。何の後ろ盾も無い俺らがそんなことしてみろ、すぐに逮捕されるっつーの。金で鼻薬嗅がせるような資金も持ってないだろ」


「まぁそりゃそうだよな。あーあ、借金漬けにするか攫うか、どっちにしても面倒だぜ」



 男たちは現状を嘆いてぼやく。

 このやり取りは一種のガス抜きのようなもので、本気で雇い主を裏切ろうとは思っていないのだろう。

 特にやりたいこともなく唯々諾々と従うのが楽で何も考えなくていい。その代わり手が空いたら不平不満を呟き合ってストレスを発散する。そんなどこにでもいる連中だ。

 

 ママレード――奴隷商人として裏では有名なやつらしい。

 貴族に守られていて、表向きは禁止されている奴隷業で大成功を収めているのだとか。



「それでもカモはどれだけ捕まえてもいなくならねぇ。あいつらネズミのようにいくらでも湧いて出てくる。ありがたくって泣けるだろ」


「ぐはは、違いねぇ」


 

 下品な笑いが零れた。弱者を食い物にする人間特有の嘲笑だ。

 人は誰でも最初は良心の呵責によって針で削られるような痛みがあるものだ。でも少しずつ削がれていきそれが慣れてしまいずっと続くと全く痛みを感じなくなるという。

 まさにこの男たちがそんな感じだ。最初こそは同情で心が痛んだ時もあったに違いない。しかしそれが日常化してしまうと慣れてしまい当たり前になる。そうなると疑問すら湧かなくなってしまうのだ。


 誰かにがつんと指摘されるまでは――



「あんたらの悪事、しっかりとこの耳で聞いたわよ」


「だ、誰だ!?」



 突然、部屋の中に若い女の声がしたのに男たちは慌てて首をきょろきょろと回す。


 

「ここよここ。あんたたちに名乗る名なんてないけどね、義賊のくノ一としちゃあ見過ごせないんだよね。今言ってたガキ――子供の居場所を吐いてもらうわよ」


「い、いつの間に!?」



 私が姿をさらけ出してやると目を剥いて驚く顔が面白い。

 ジーナさんが天恵で探し出したこの建物にくノ一の戦闘用ではなく隠密系のスキルをフル活用して侵入していた。

 ちなみにタマちゃんたちとは三日前にもう別れている。


 

「あんたちが奴隷にするために人を攫ったりしているのは知っているんだから! 今までの悪事も洗いざらい吐いてもらうわ!」


「しゃらくせぇ! 一人で何ができる! やっちまうぞ」



 ビシっと私が指でポーズを決めて啖呵を切ると、男たちは手近にあった武器になりそうなものを手に取り興奮して躍りかかって来る。



「邪魔よ!」


「なっ!? ぐぇ!」



 手近にあった抱えるほどの木箱を蹴り上げると男の一人に上から圧し掛かり押し潰した。

 頑丈さは木箱の勝ちだ。



「こいつっ!」


「遅い!」


「ぶべっ!?」



 そのままの勢いで軸足を変えて一回転させ他に接近中の男に回し蹴りを叩き込み、二人目は豪快に顔面から壁にぶち当たり沈黙する。

 瞬きするほどの間に仲間がやられ浮足立つやつに今度は私の方から接近した。

 

 

「なんちゃって裡門頂肘りもんちょうちゅう!」


「がばっ!」



 大きく右足を振り上げ重心を前に移動させて穿つ肘打ち攻撃だ。

 見よう見まねのけっこう適当なんだけど身体能力に差があるから力業でねじ伏せる!

 身長差によってお腹辺りに当たった私の肘はパイルバンカーの如く男を真っすぐに吹き飛ばす。

 軽く二メートルは後方に飛んで壁に激突し、三人目の男もぐったりと動かなくなった。

  

 

「次に技を食らいたい人はどなたかしら?」


「や、やべぇ! 逃げるぞ!」



 残った数人の男たちは泡を食って一目散に入り口のドアに殺到し始める。


 むぅ、思ったより逃げ足が速い。もうちょっと無双が楽しめると思ったのに。

 私の位置からすぐに追いつくのでしてもいいけどここは任せちゃおう。


 先頭の男がドアノブを回し開けた瞬間――



『にがさないよー! どーん! まわれみぎしてねー!』


「うわぁっ!?」



 外で待機していた豆太郎が待ち構えていて張り手一発で後ろ倒しに転倒させ、建物の中にみんな戻ってきた。

 


『しっていることおしえてもらうよー!』


「な、なんなんだよお前ら! お、俺らがママレードさんのとこのもんだと知ってんのか? こんなことしてタダで済むと思ってないだろうな! お前らだけじゃない。家族もみんな皆殺しにされるぞ!」



 二本足で仁王立ちして肉球を振り回しながらぷんすか怒る仕草をする豆太郎は私からしたら可愛いなぁって感じなんだけど、今やられたやつらからすると違って見えたらしい。

 あり得ないほどの怪力の見た目は単なる子犬と女の子に一瞬でズタボロにされて混乱度合いが増し、男たちは鼻水が垂れていて悲壮感が漂っていた。



「百も承知よ。っていうかここ数日でいくつか拠点を壊滅させてるんだけど知らないの?」


「き、聞いた! 確かに噂になっていた! だけど他の地区での話だったしそんな馬鹿なことするやつがいるはずねぇって思ってたから……。って、まさかお前らがそうなのか!?」


「正解。賞品はグーがいい? 拳骨がいい? それとも正拳突き? 選ばせてあげるわ」


「どれも一緒じゃねぇか!」



 口から唾を吐きながらツッコんでくる。

 せっかくクイズに正解したのに不満のようだ。

 


「じゃあ第二問ね。最近、金髪の十歳ぐらいの男の子をどこかで攫ったりして売らなかった? 川下りができる川べりでなんだけど」

 

「金髪の子供? いや知らねぇ」


「嘘吐くと後でこんなんじゃ比にならないぐらいもっとひどい目に遭うわよ!」



 今もなお気絶している男たちにこれみよがしに顎をしゃくって示唆する。

 これ以上ってなるともう病院で包帯グルグル巻きの重体患者コースかな。



「ほ、本当だって! 俺たちは街中とかスラム専門だから外には出ないんだって!」


「ふーん、ならそういうやつらがいるところを教えなさいよ」


「知らねぇ! 末端の人間はそういうの知らされてないんだ! こうしてゲロっちまわないように徹底されてるんだよ」



 その返答に私は静かに息を吐いた。

 もう同じ台詞を何度聞いたことだろうか。判を押したように今まで壊滅させたところにいたやつらも似たことを言っていた。

 必要以上に一つの拠点が大きくならないように調整し、数だけはやたらと多くて下っ端はお互いの顔すら知らないようにされている。

 ママレードってやつは相当に用心深いみたい。



『うそをいっているようにはみえないね』


「参ったな、もっと簡単に見つかるものだと思ってたのに……まぁいいわ。だったら売買リストを出しなさい。あるのは知ってるのよ」


「うっくそ……分かった……」



 ジーナさんのおかげで一歩前進したのは確かだ。

 けれど反面、すでに何度も外れ続きで暖簾に腕押しのような成果の上がらなさにモヤモヤしてくるものがある。

 ジロウさんや美歌ちゃんたちも私たちとは別行動で他の組織を潰したり情報収集に回っているのにこうも上手くいかないものなのか。


 男が棚から奴隷として売った一枚のリストを取り出して来る。

 それを豆太郎の後ろに控えていたネズミに見せた。


 そのネズミこそが感覚共有しているジーナさんだ。

 彼女にリストを見てもらってサミュ王子らしき人物がいないか確認してもらっている。

 だって私たちアイテム使わないとこの世界の文字読めないもの。



『チュウチュウ』



 ネズミは小さく顔を横に振った。

 つまりいないらしい。また失敗か。 



「ひょっとして連れ去られたっていうのは勘違いで、川で土左衛門水死体になってたり?」



 そんな嫌な予感がもたげてくる。

 でもまぁ今それを考えたって仕方ない。生きている前提で動かないと。

 


「しゃーない。もうここに用は無いからいつものように後処理して帰りますか」


『おー!』



 後処理とはこいつらを縄でグルグル巻きにしてそのリストを付けて人目の付く場所に置いていくことだ。

 さすがに大勢の人に証拠品共々見られたら兵士たちもちゃんと捕まえて取り調べるだろう。

 


「じゃーまずは暴れられても面倒だから眠ってもらうわね。ゲッヘッヘッヘ!」


「や、やめろー! ママー! 助けてー!」



 ってことで物理で殴って気絶させ、ふん縛って広場に放置してやった。

 もうこのやり方にも慣れて来たわ。慣れたくないんだけど。

 美歌ちゃんはキーラ君と足腰の弱っているジーナさんの付き添いをしながらゆっくりと後から戻って来るらしい。


 私だけ先に宿に戻りクレアさんの部屋をノックしてからカチャリと開けると――



「アオイ殿、どうだった!?」



 いきなりクレアさんに肩を掴まれ熱烈に出迎えられた。

 頬はやつれていてしばらく食事も満足に喉を通っていないとオリビアさんが心配そうに言っていたのを思い出す。

 私はどうしても少し伏し目がちになってしまう。



「すみません、まだ……」



 そう、まだ手掛かり一つ見つけられていない。



「そ、そうか……」


「でもだいぶ絞れてきました。さすがにそろそろ当たるんじゃないかと思います」


「分かっている! だがもうお姿を見なくなってから十日は経つ! 一体どんなひどい目に遭われているかと気が気ではないのだ!」



 吐露される心情は全てあのおバカ王子を心配するものだ。

 きっとクレアさんも本当なら自分で探し回りたいのだろう。

 けれどここでは顔見知りに見つかった場合を考えて外を歩くこともできない。

 日がなずっと部屋に閉じこもりっぱなしでストレスが溜まりまくっているのは目に見えて察せられる。

 これだったら街に入らずに近くの村とかで滞在してもらった方が良かったかもしれない。

 でも暗殺者たちの一件もあって離れ離れになるのも不安だった。



「ジロウさんも加わって、拠点は次々と潰れていっています。もう少しだけ待って下さい」


「あぁ分かっている。分かっているのだ。すまない……。こんな時ほど自制心を働かせなければいけないのに。私は弱いな」


「そんなこと……。私だって家族が誘拐されたってなったらどれほど取り乱すか分かりませんよ。だからクレアさんにとってそれだけ大切な存在だってことでしょ。それにサミュ王子だってたぶん必死に耐えてクレアさんに会いたがっていますよ」



 こんな言葉慰めにもならないけれど、それでも言わずにはいられなかった。

 クレアさんはパンパンと自分の頬を叩いて気合を入れ直す。



「……こんなことではサミュ様の筆頭騎士として恥ずかしいな。よしもう大丈夫だ」


「そうこなくっちゃ――」



 言い終わろうとした時、ドタドタとうるさい足音がドアの向こう側から聞こえてきた。

 振り返るとどうも複数の人の気配がする。



「何事だ?」



 それにクレアさんも気付いたらしい。


 そして即座にドアが乱暴に開かれた。

 入って来たのは軽めの鎧を装着したこの街の兵士たちだ。

 ぞろぞろと無遠慮にそんなに広くもない部屋に押し寄せてくる。


 なぜここに!?

 急なことで気が動転してどうすればいいのか分からず動けない。

 そして先頭の兵士が軽く睨みつけながら口を開く。



「見つけたぞ謀叛人クレア! ――『サミュ王子誘拐罪』、並びに『国家反逆罪』で連行する!!」


「な、何!? 馬鹿な、なぜここが!? しかも誘拐罪だと!? 一体どういうことだ!?」



 クレアさんがさっと青ざめた顔でこっちを見てくる。

 いや私たちじゃないし。でもどっから漏れた? クレアさんも含めて騎士連中は部屋でずっと缶詰状態だ。ひょっとして黙って誰かが抜け出して密告したのか?

 それにしたって誘拐だなんて言い掛かりにもほどがあるっての。

 


「お前は協力者だな。お前も連行する!!」



 兵士は私をも捕まえようとするらしい。

 ぐっと腕を取って捕縛する動きを見せてくる。


 ここで暴れて逃げ出すのは簡単だけど、余計クレアさんたちの立場が悪くなるか? どうするべきだ?

 瞬時に判断をしなければいけない状況に追い込まれた。

 

 私の選択は――

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