3章 20話 泣く子にゃ誰も勝てはしない
「とりあえず、しばらくは安心だな」
ブリッツが「ふう」とため息を吐く。疲労感でいっぱいという暗い表情だ。
私も、そして他の二人も似たような感じだった。
行き着いたのは路地裏。
屋内の方が見つかりにくいんだけど、どれも扉が氷漬けになっていて破壊しないと中に入れなかった。
もしそんな痕跡があれば簡単に見つかってしまう。だからこういうところぐらいにしか逃げ込めなかった。
それでも遮蔽物があるというだけで、いくらも寒さや追い詰められる悲壮感はマシになっている。
矢を撃って、術を使って撹乱して、全然関係ない場所を燃やしたりしてそうしてようやく獣たちを撒けてここにいる。
この体に有り余る体力によってジョギングした程度にしか疲れはないが、精神的な追い詰められようは根深い。
誰もが顔を上げられないでいる。
それもそのはず、あんな戦力差を見せつけられ、そして景保さんの凍結により逆転の一手など浮かべようはずもなかった。
それに、途中に屋内に逃げ切れなかったのか、景保さんと同じく氷の像となって雪に埋もれている人を幾つも見掛けた。
手当の仕様もなく、それを無視して振り切った。
おそらくアレンたちも今頃同じ目に遭っているのだと思うと、おかげで胸がぎゅうぎゅうと締め付けられるかのように痛くなる。
この街は文字通り氷雪に閉じ込められ、現在進行系で氷点下に支配されていっており地獄と化していた。
私は雪鮫に噛じられた腕を擦る。
美歌ちゃんにとっくに治してもらっていたが、あの凶暴な感触はまだ残っていた。
「……しばらくって。逃げて時間を稼いでどうするんですか。何か打開策でもあるんですか?」
頭では分かっていても感情はまだ抑えきれず、私の口から出たのはそんな益体もない言葉だ。
一旦離れたせいで、もう一度一人で攻め込むという気にはなれない。
それにジロウさんの責任を取るという台詞に少し期待したからこそこうして付き合った。
「打開策? 無いな」
だが、私の勝手な切望を裏切り、ジロウさんは無責任に否定の単語をぽつりともらす。
頭の中が瞬間湯沸かし器の如く沸騰した。
「じゃあどうするんですか!?」
駄目だ。分かっている。彼を責めたところで何も解決しないのは。
それに人に任せる問題でもない。でも目の前で仲間が氷漬けにされ悲しくてせつなくて、そして取り戻すことがあまりにも困難過ぎて冷静でいられなかった。
「落ち着け。ここで爺さんを責めたってどうしようもないだろ。他人どころかそもそも俺たちの命すら危ないんだぞ」
ブリッツに諭され目だけで睨んだ。
どうしても今のが自分可愛さに聞こえてしまったからだ。
「現状をまとめると、あっちの戦力は霙太夫一体と、雪猿が二十体。そして他のモンスターが数十以上。総勢約百体。たいていは鎧袖一触のものだが、中には厄介なのもちらほらと混じっている。対してこっちは四人か。仮に頑張ったとして一人で同時に雪猿二、三体の相手が限界ってところだな」
「なら逃げ回って一体一体潰していくのはどうだ? それなら時間は掛かるがまだ現実的だろ」
ジロウさんの話にブリッツが提案する。
確かに上手くいけばそれが最も確実なような気がした。
けれどそれは不可能だ。
「情報に付け加えます。モンスターたちは無限湧きのようです」
私が口を挟んだことによりどちらも押し黙ってしまう。
運ばれる時に目に映ったのは新しく生まれるモンスターたち。
無限というのは言い過ぎかもしれない。おそらくは魔力だか霊力だかで作り出しているんだから、限界はあるはずだ。
だけどそれがどれぐらいが底なのかは分からない。我慢比べをする方法も無くはないが、街中の人からの魔力を集めているというのであれば、たぶん私たちの方が先に根負けする確率が高いと思う。
「なら葵がやったようにポーションを飲ませるというのはどうだ? これなら上手くすれば全部を相手取る必要はない」
「あれだけの数に邪魔されなければね。土蜘蛛姫の時だって、一時的に大ダメージを与えた上で青龍に雁字搦めにしてもらってようやくって感じだった。少なくても両腕が使えないようにしてもらわないと」
「お前さっきから文句ばっかりだな? 案を出さずに批判だけなんて誰でも出来る。せめて代案を出せよ」
「うるさいわね。無謀な作戦に口出して何が悪いっていうのよ」
よくある軽口じゃない。
イライラとしたフラストレーションが溜まって本気の言い合いになりかけている自覚があった。
不甲斐ない大の大人二人に失望もしている。
「やめろ。言い争っても益にはならん。あの結界のせいで逃げることも叶わず、ここであいつを倒さないと儂らは全滅だぞ? しかもただの死じゃない。ひょっとしたら氷像となって永久にこの世界に留まる可能性もあるんだ」
真っ白な半紙に墨汁が塗られ真っ黒になっていくかのような、全身が総毛立つ話だ。
そうか。あの状態が死亡が確定していない見込みもあると思っていたけど、それは逆にずっと閉じ込められたまま生かされているということになる。
意識があるのか無いのかは知らない。でもどっちにしたって最低最悪だ。それこそ本当の地獄。
もし意識があるとすれば五年も十年も……ひょっとしたら百年以上もその場にいなくてはいけない可能性だってある。
永遠に氷の中で死ぬに死ねないという状態はどれほどの苦痛なのだろうか。恐ろし過ぎて想像すらできやしない。
思い出すとゲーム内の霙太夫の縄張りにはいくつも氷像があった。
ほとんどが男性のものだったが、あれはそういう責め苦を与え続けられているという設定なのだろうか。単なるオブジェクトとして気にも止めていなかった。
「そんなことは分かってます! でもあんなの……どうしたって無理じゃないですか!」
駄目だ。これは甘えだ。
今までなら自分しかいなかったから、全部自分で考え自分の責任で動いてきた。
だというのにここには私よりもずっと年上の人間が二人もいて、無意識に彼らに頼り委ねようとしている自分がいる。
自分の弱さが嫌になる。
「ふむ。魔力の供給源が街の人間なら……」
ジロウさんは途中で言い淀んだが、その先を連想してしまい、すかさずキッと彼を睨む。
「人間ならなんなんですか? まさか殺して回るなんて言わないですよね?」
「言わん。単に方法として思い付いただけだ。それにどうせ無理だ。正確な人口など知らんが何万人以上いるんだろ。あいつらに気付かれずにそんなことをしている暇は無いし、そこまで外道でもない」
否定はされた。
でも疑いは腫れない。そんなことを考えつくだけでもおかしい。
「爺さん、それは俺でも引くぜ?」
「だからやらんと言っているだろうが。しかし大局的なことを言えば、ここで儂らが霙太夫を討伐しない限り被害はこの街だけでは済まなくなる可能性もあるぞ? 手荒なことや犠牲を避けていられる余裕なぞ無い」
私のジロウさんの印象は、ライラさんや世話になった獣人たちのことは気遣う人だ。
でもその逆に出会ったこともない他人には、現実という天秤に掛けてドライに立ち回れる人でもある。
あまりにも極端だけど、それ故に分かりやすいしハッキリとしているとも言えた。
「言いたいことは分かるが、俺はそれには乗れねぇ。自分の手が小さいことは分かっているが、掴めたはずの命を自分から零すような真似はしたくねぇ」
「ふん、お前がそこまでロマンチストだとは知らなかったよ。戦争なんて大量虐殺をしようとしたやつと同一人物とは思えんな。改心したのか? 随分と安っぽい心根だ」
ただジロウさんも私たちから責められ反対されたせいか、言わなくていい言葉を付け加え、少しだけ苛立ちのさざ波が揺れたのが見て取れる。
「何とでも言えばいい。俺にだって格好付けたいやつらがいるってことを思い出しただけだよ」
ブリッツが差す格好付けたい人物のことは分からない。
ただ確かにこの街の人間を守ろうとしている意志だけは伝わってくる。
「単純に囮は? 離れたところに雑魚モンスターを誘き寄せて、その間に三人掛かりで決める」
「そう上手くいけばいいけどな。例え全部寄越したとしても、数に制限が無いのであればまた新しく作り出せばいいだけだろ。それに一対三でもあの景保がやられた氷を使われればこっちは終わりだ。あれにどんな発動条件とかあるのかどうかは知らないがな」
ブリッツが指摘するあの解除不可能な氷。
いくらなんでも使いたい放題ではないはずだ。もしそれなら私たちもとっくに氷漬けになっているはずだから。
ただ彼が言うように発動条件が分からないことにはこっちも迂闊に手を出せない。
さっきまではまだ腕が凍る程度だと思ってばんばん前のめりに接近戦を挑んだりしていたけど、行動不能にさせられるとなれば話は別だった。
「! そうだ、名無しは? あいつの絡繰りなら自動操縦でも前衛を任せられるパワーはあるし、機械だから凍らされてもアイテム欄に戻せばいいんじゃない?」
霙太夫戦に一番活躍しそうなやつの存在を思い出した。
あの理不尽な強さの絡繰り武者ならじゅうぶんに戦力になるし、壊れてたとしても合戦後には復活しているはずだ。
ようやく光明が見えた気がしてテンションが上がる。
しかしブリッツの顔は浮かない。
「実はとっくにやってる。ただ連絡不能になってんだ。今の段階で出て来ないってことも加味すると、おそらくすでに街を出て結界の外にいるんだろうよ。外にいるからこの結界の効果のせいで連絡が遮断されていると考えると筋が通る」
「そんな……。どっかで隠れてるんじゃないの?」
「あの結界を見れば霙太夫を倒さない限り出られないことぐらいはあいつも分かるはずだ。もし中にいるならいくらなんでもさすがに合流している」
「じゃあどうすんのよ? 遠距離攻撃だけで削り切れんの? 大体それ言うんなら何したって一緒でしょうが。余計に難しくなるだけじゃない」
「そう言うんならお前が正面切って戦えよ。俺はあんな死に方だけはご免だ!」
「ッ! 景保さんはまだ死んでない!!」
その言葉だけは許せなかった。だからモロに感情を出してしまった。
こいつの中ではこのままでは霙太夫に勝てず、景保さんはすでに死んだことになっているんだろう。
気持ちは分からなくもない。でもだからって看過できるものではなかった。
「撤回しなさい!」
「あぁ分かった。悪かったな。まだ死んでない。だがもうすぐ死ぬ」
「あんたっ!」
気持ちの全く入っていない謝罪と煽るような言葉に怒気が急速に湧き、さっき闘技場で戦っていた時ほどに敵意がぶり返してきた。
私だけじゃなく、誰もが苛立ちや不安を処理しきれていなかった。
「やめろ!! 馬鹿もん共が!!!!」
特大のジロウさんのたしなめる声。
親に怒られたのを思い出されるような、大人が子供に説教をする感じがあった。
しかしそんなものでは止まらない。止められない。膨れ上がった疑心や剣呑なムードはむしろ感情を逆撫でるだけ。
ここで仲間割れしても意味が無いことぐらい理解できるけど、それでも私の怒りの矛先はブリッツへとどうしても向いてしまう。
「――ふ、ふぇーん……」
苦しく重い空気が陰鬱に漂う中、そこに天下御免の印籠みたいに少女の泣き声が割って入ってきた。
焚べられたごうごうと燃える私の怒りの炎が瞬時に消火される。
声の主はずっと押し黙っていた美歌ちゃんだ。
「ど、どうしたの?」
私だけじゃない。ブリッツもジロウさんもどちらも溢れ出る彼女の涙を見て困惑し、今までのことなど一気に吹っ飛んだ。
泣く子には勝てないと言うが間違いなくそれだ。みんなが冷水をぶっ掛けられたみたいだった。
「う、うちが悪いんや……。ぐす……。景保さんを守れんかったから……」
「そ、それは美歌ちゃんのせいじゃない。悪いのは霙太夫だよ」
そうだ。ここにいる誰かのせいでこうなったんじゃない。元凶はあの女だ。
ここで言い争うのはあいつの思うつぼにしかならない。
美歌ちゃんのおかげで少し冷静になれた。そして彼女を見て思う。
よくよく考えればこの子はまだ中一だ。去年まで小学生。恐怖で正常な意識が保てず涙を流してもおかしくない。
それを考慮すればこんな修羅場に居合わせること自体がおかしいんだ。
思わず眉を歪ませ泣きじゃくる彼女を抱きしめる。
泣いているせいで鼻の先が赤く染まって、小さな体は熱がこもって暖かい。
でも悲しみと恐れに小さく震えていた。
そんな子のいる前でがさつに言い争う姿を見せてしまったのが恥ずかしくなった。
「分かってる。分かってるんや……。でも……うちは何にもしてへん……。な、何の役にも立ってへん……。景保さんが……ぐす……言い残したこともほとんど聞き取れんかった……」
背中をゆっくりと撫でると少しずつ落ち着き始める。
美歌ちゃんだけじゃない。私も自分ではない人の体温を感じることによって、誰かを傷付ける荒立った気持ちが、この子を守ってあげたいという優しい気持ちに変じ沈静化してきた。
そういえば景保さんは凍り付く前に彼女に何か語りかけていたような……。
「何を言ってたの?」
「そ、それが分からへんねん。声が小さかったし風もきつかったから……。でも『……を探して』ってだけ聞こえた。ずっと何を探すのか考えてたんやけど……ごめん……」
探す? 何をだろう?
彼が全く無意味なことをあのタイミングで伝えるとは思えないけど、それが分からなかった。
他の二人にも目をやったが、どちらも首を振って返してきた。
「さっぱり分からんが、あいつは何かを思い付いたのか? それが分かれば逆転の一手となるのか? 『弱点を探して』だったら単なる肩透かしになるぞ?」
「ごめんなさい……そこは……。ただ、あそこからでも見えてた宮殿の方に目線がちょっと動いてたからそっちに何かあるんかもしれないです」
「宮殿? アジャフのか……」
美歌ちゃんの口から出てきたその情報にジロウさんが考え込む。
あそこになんかあったっけ? 一度入ったことはある。ただあの時は逃げるキッカケを探してて、あんまり内部構造とか覚えちゃいないんだよね。
その時だった。急に耳に張り付く雪風が止んだのは。
不審に辺りを見回し警戒する。
数秒後、代わりに届いたのは私たちを追い込む忌々しい女の声。霙太夫だ。
それは何かしらの術なのだろう、街中に響いていた。
『仲間を見捨て尻尾を巻いて逃げて、今頃は子うさぎのように震えている大和の屑ども! お前らだよ! 聞こえているか?』
明らかに馬鹿にした言い分だった。
ただし言い返せない。まだ私たちにはそれだけの力も算段も付いていないのだ。
『逃げる途中で人間たちの氷漬けは見たか? あれは優しい俺様から新しい世界の住人たちへの贈り物だ。氷像にしたら歳は取らないし腹が減ることもない。天国だろ?』
何が天国だ。イカレてる。
顔は見えないけど、あの女が愉快そうに嗤っているのが想像できた。
上機嫌な霙太夫は『ただし』と続ける。
『駄賃はもらう。お前らは雪だけでは凍らないがこの街のやつらは寒さに無抵抗だ。今頃は全員が同じ状況になっているだろうよ。これから魂がカスカスになるまでたっぷりと搾り取ってやる! 不老不死なんてお前ら人間の好きそうな話だろ。良かったな。くっくっく、あーはっはっはっは!!』
霙太夫の耳障りな高笑いだけが街を支配する。
雪に覆われ生命が凍るここでは、この声以外の音は何一つ聞こえなかった。
『ふふふ、さてここからが本題だ。さすがに俺様もよ、こんなに餌がいっぱいいるとは思ってなかったんだ。つまり、何が言いたいか分かるか? ――多少は間引いてもいいってことだよ!』
全員で顔を見合わせた。
何となく言いたいことが察せられたからだ。
おそらくあいつは……。
『お前らがこそこそ鼠のように出てこないのなら端から潰していってやる! 最初はお前らの仲間からだ。さぁどうする? 俺様は見捨てても一向に構わねぇと思うが、
哄笑が止み、再び容赦の無い吹雪が降り注ぐ。
なんでもない、私たちを誘き出すための見え見えの単純な罠だ。
けれどそれが分かっていたところでどうしようもない。
あまりにも今の私たちは無力でちっぽけな存在だった。
少し気まずい沈黙が流れる。
何を言って良いのか誰も分からなかったから。
「……こうしていても仕方ない。四半刻は確か三十分だったはずだ。タイムリミットはたった三十分。それまでに方針をどうするか決めるぞ」
最初に口火を切ってしゃべり始めたのはジロウさん。
「方針?」
「逃げるのか、戦うのかをだ」
彼から突きつけられるのは二択。
「逃げるって、結界が張られてるんですよ?」
「そうじゃない。ポーションを使って逃げるんだ。ただ死んだだけでも帰れるらしいが、氷像にされたらそれも無理。そうなる前に帰還するっていう道もあるってことだ」
「そんなのっ! 景保さんを見捨てるっていうことですか!?」
「分かってる。しかし儂だって単なる命欲しさに言ってるだけじゃない。こっちには中学生だっているんだぞ。この子まで道連れにするのか? 我がままだけでどうなる問題でもない。それを理解しろ」
美歌ちゃんに自然と目がいく。
まだ幼い彼女は怯えていた。
あの脅威に、そしてこれから起こるだろう暴虐な悪夢に。
この子を顧みないのは確かに間違っていると思う。
彼女だけでも帰らせてあげたい。でもそれは著しい戦力低下でもあった。そうするとあのいけ好かない女を打倒し景保さんを奪還する道へは遠のく。
葛藤する二律背反の気持ちがもどかしい。
それと同時に、私だけはそうして逃げることが出来ないという残酷な現実もある。
自然と服の裾を掴んでしまう。
「爺さんの言うことは一利あるな。せめて美歌だけでも帰させるべきだろう」
三人の視線が集まる中、当の本人は首を左右に振った。
「うちは……うちは帰らへん」
「勝ち目の無い戦いに子供が付き合う必要はないんだ。それぐらいは大人として格好付けさせてくれよ」
ブリッツが美歌ちゃんの頭をごしごしと撫で精一杯の虚勢を張る。
そして私の元へウィンドウポップが開いた。
ブリッツからだ。
内容は『ポーション』の譲渡。
「あんた……」
「本当は戦闘が終わったら景気祝いにやるつもりだったんだがな。そうも言ってられる状況じゃないだろ」
このタイミングで差し出される蜘蛛の糸。
どう考えても格好付けすぎだっての。
「要らない」
「強がるな。俺はいいんだ。どうせ帰っても似たようなもんだからな」
「どういうことよ?」
「気にすんな。女子供は黙って甘えてろ」
「子供扱いしないで!」
美歌ちゃんと同じように頭を触ろうとしてきたのを振り払い、アイテムトレードのウィンドウをキャンセルする。
本気で嫌ってことじゃない。こんなことでうやむやに誤魔化そうとするのに腹が立つんだ。
自暴自棄になっている人に施されても何にも嬉しくない。
「そうや、うちだって子供やない。このまま帰ったらまた見捨ててしまうことになる。そんなん耐えられへん!」
さっきまで泣いていた美歌ちゃんも、彼女なりの琴線に引っかかったのかブリッツに反感を持ったらしい。
それではっと気付く。
この子を子供扱いして無理やり離脱させようとしたら、今ブリッツに反発した私をも否定してしまうことになることに。
「最近の女は気が強いのが多いな。大和伝やってるやつだからか?」
「儂に聞くな」
ブリッツから求められる助け舟をジロウさんが飛び火しては堪らないとばかりにそっぽを向く。
「私はギリギリまで諦めないよ。どれだけ絶望的でも不可能でないのならやり遂げる」
「うちもや。景保さん守れんかった。それにあいつ放っておいたらカッシーラの人たちにも迷惑掛けよるかもしれん。そんなん黙ってられるかいな」
「「女子供だ(や)からって舐めてもらっちゃ困るわ(んや)!!」」
二人で宣言した。
ストレートで強い物言いに、ブリッツはまさしくパンチを食らったみたいにたじろぐ。
「かー。おい爺さん、逃げてないで年長者からビシっと言ってやれよ」
呆れたブリッツに話を振られジロウさんはほんの少し思案した後に口を開いた。
「なら、気の済むまでやってみろ。後悔しない方を選べばいい」
「爺さん!? 無責任過ぎやしないかそれ」
「これ以上、言っても無駄だ。それに元の世界だったら確かに大人として導いてやらないといけない責任もあるかもしれん。だがここでは異邦人として対等だ、そうだろ? 儂らはすでにそういう場所に足を踏み入れてしまっているんだ」
岩をも砕く一騎当千のこのアバターの力を所持した私たちは、一歩間違えれば人を殺しかねない。そんな危うい力が与えられてここにいる。もし失敗をしたからと言って子供だとか女だからと許されるものではないだろう。
だから人生経験値が低かろうと自分で考え自分で行動しなければならない。そしてその力を以て霙太夫と雌雄を決することを選んだんだ。
ジロウさんは一人の異邦人として女子高生や中学生ではなく、【くノ一】と【巫女】としての私たちの意志を最大限の尊重してくれている。
「爺さん絶対子供や孫を甘やかして奥さんから嫌味言われるタイプだったろ?」
「嫌なことを思い出させるな。若い頃に女房にグチグチと追い詰められて仕方なく子供に尻叩きして叱ったら、一週間も口を聞いてくれなくなったことがあってな。それ以来、ずっと悩みっ放しだ。しかも数十年も前のことを未だに覚えてると言われる始末で、孫にもやるんじゃないかと警戒されとる」
図星だったのかジロウさんの素の表情が垣間見れた。
可笑しくてぷっと吹き出してしまう。
「いいか? だからと言って無茶や無謀をやれと言ってるんじゃない。孫の年齢とそんなに変わらない嬢ちゃんたちが犠牲になる姿なんて見たくもないんだ。誰も恨まないし文句は言わん。いざとなったら逃げてくれ。それだけは約束しろ」
自分こそ孫みたいな見た目しているくせに、そんなことを真顔で言われてもまともに頭に入ってこない。
「はーい」
「分かってる分かってるで」
だから二人しておちゃらけてしまい、ジロウさんは難しい顔をして額を擦り出した。
「これがジェネレーションギャップなのか?」
「知るかよ!」
さっきとは立場が逆になったブリッツにバッサリと切られてしまうジロウさんは、ゴホン、と咳払い一つして気を取り直す。
「じゃあやれるだけのことはやるぞ? 今から話し合うのは決して無謀な突撃ではなく、困難な戦いへの希望だ。覚悟はいいなお前ら?」
私たちは一斉に力強く頷く。
ずっと耳に纏わりついていた吹雪く雪の物悲しいメロディーよりも、今は胸の鼓動の音の方が強くなっていた。
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