2章 22話 雷の咆哮(ライトニングハウル)

「こ、ここここっちに来ますよギルド長!?」


「言われなくても見れば分かるのである!」



 カッシーラの町をぐるっと堅牢に囲う外壁の上でギルド長であるモルデアと、彼が指名した子飼いの冒険者、それにダルフォールが配置した兵士数名がそこにつどっている。

 兵士以外の冒険者たちは直接的な危険から避けるため、そしてモルデアからの言いつけでここに待機していた。

 ダルフォール率いる部隊がそのまま倒すなら良し、もし抜かれた場合はここで仕留めて手柄を全て奪うつもりだと聞かされた冒険者たちは最初こそは乗り気だったが、あの大勢を一網打尽にした雷と巨大なつぶてを見てからは可哀想になるぐらい真っ青に青ざめていた。



「あんなのされたら俺たちも一瞬で黒コゲですよ!? 逃げましょうよ!」


「ま、待て待て、待つのであーる。あ、あれが連発できるとは限らんのである。それに、我輩たちの武器は遠距離用ばかり。あの範囲に入る前に片を付ければいいだけである!」



 モルデアがそうは言うものの、半信半疑は否めず台詞もどもっているので全く信用が置けない。

 冒険者たちは見捨てるべきかどうか決めあぐねていた。

 彼としてもただの巨人兵であるならばバリスタや‘奥の手’でなんとかなるつもりだったのだが、先程見た広範囲の雷は想定外で、ぷっくりと肥えて脂肪の付いた丸い顔は引きつって動揺は禁じ得ないところだった。

 

 モルデアが信頼するバリスタは三メートルを超す大きな設置型の弓で、これを領主に買い付けさせた経緯には彼も関わっている。

 商人からの謳い文句は『ドラゴンが来ても安心!』というキャッチコピーで東西南北の壁の上にニ基ずつ、計八基を置いていた。固定されていたそれらを急遽無理やり外し、現在ゴーレム用に八基のバリスタで狙っている最中だ。

 紹介料として多少の金貨はピンハネしたが、その性能を彼は信じて疑わなかったのだが、ここにきてさすがにその自信は揺らいでいる。

 

 その上、雨あられと射た強弓が一本も刺さらず弾かれたのを目撃してしまっている。バリスタであればさすがに無傷とはいかないだろうが、それでもバリスタだけで簡単に打倒できると信じる楽天家はここにはもう誰もいない。

 姑息な豚はダルフォールの予想が正しかったのだと今更ながらに思い知る。



「(これはやはり、奥の手を使う必要があるのであるな……)」


「ギルド長?」


「奥に置いている物を用意させるのである!」


「は、はいっ!」



 慌てて手下たちが布が被せられているモルデアの荷物を開いていく。

 隠すように仰々しく包まれた布を乱暴に解くと、その中身は木箱が数箱と弓だ。

 冒険者たちはこんなものが何になるんだと焦燥感に駆られながら蓋を持ち上げ、さらに木箱の中身を確認する。


「こ、こんなもんで何をしようっていうんですか!?」


「いいから黙って従うのである! ほら準備するのである」



 その間にもゴーレムは一歩一歩踏みしめるように悠然とこちらに近付いてきていた。

 そのたびに、ずしんずしんと重量感のある音がしてそのプレッシャーは汗が噴き出すほどに半端なく、生物としての生存本能はここから逃げろとずっと鐘を鳴らし続けている。

 外壁の上にいてもなお、見上げる壮大な体躯はもはや悪夢だ。

 普段であればすでに遁走していたが、功名心と高い金を出して買ったある物のおかげでモルデアはまだその場に留まることを選んだ。



「小隊長! も、もうやってきます!」


「まだだ、まだ引き付けろ!!」



 そんなお馬鹿な寸劇を横目に小隊長――と呼ばれた四十代の男はダルフォールからバリスタの運用を任され、撃つために最小限の人数だけ配置された兵士たちを率いてここにいる。

 ここが最後の防衛地点だと承知していた。だが、もしここにまでゴーレムがやってきた場合はもはや防ぐのは難しいことが予想されており、現場の判断で逃げる許可も与えられている。

 それでも守るべき住人を置いてこのまま一矢報いることもせず逃げ出す気は彼にはさらさらなかった。


 見ているだけでぐんぐんと彼我の距離は短くなってくる。

 狼狽し喉から絞り切った部下の今にも消え入りそうな声が次々と上がっていく。

 

 

「し、小隊長!!」


「ま、まだだ! 地面の敵に当てるんじゃないんだ。外壁よりも上にあるダルフォール兵士長が狙った弱点らしいあの顔に当てるんだぞ? もっと近くじゃないと当たらない! 恐怖に耐えろ!」


「り、了解!」

 

 

 彼は外壁からゴーレムに焼かれた一帯を睨む。

 全滅ではない。でも四分の一は確実にあの雷撃のせいで再起不能に成り果てた。低位の治癒魔術であれば即日動き出すのは不可能なほどの重傷者多数。加えて虎の子の魔術部隊は固めた土を投げるという単純で明快な攻撃方法で壊滅。

 生き残っている者はいてもその大半がうなだれ戦意喪失していてまだ動く気配はない。

 ――つまり、援軍は無し。



「そりゃそうだろうな」



 他人事みたいに呟く。

 小突かれただけで死んでしまうのに、さらにはあの防御不能な卑怯なまでの雷によって近寄っただけでやられる。

 しかも攻撃は顔面以外ほとんど効かないとくれば、戦う意思を挫かれるのに何ら不思議はなかった。無謀に挑む彼の心情にもう恨みは募らない。



「唯一の希望はあの黒いやつか……」



 だいぶ距離があるので顔まで確認できなかったが、ゴーレムに張り付いて、唯一ダメージを与え翻弄していた者がいた。

 その人物のことは知らなかったが、おそらくは高ランク冒険者だと予想する。

 彼か彼女かは不明でも、あれが生きてさえいればまだ望みはあるように彼には思えた。だからその時間稼ぎになろうと決心を固める。



「小隊長、あの黒いのが起き上がったら、まだ何とかなりますよね?」



 近くにいる部下も同じことを思ったらしい。

 何とかなるかなどあれの存在や名前すら知らないので答えようがない。それでも彼は考える間も無く即答した。



「あぁ、あいつならやれるだろうさ」



 勝手な期待と希望が十割ブレンドされている。保証などどこにも無い。

 しかしながらそんな詰まらない言い訳をして、ここで散る運命にある部下たちに水を差して一体何になるというのだ。

 小隊長は空元気でもそう答えるの務めだと思い肯定した。



「なら、俺たちがここにいることには意味がある。そうですよね?」


「そうだ。無駄死になんかじゃない! でも、お前たちに死ねとしか言えない無能な上官が俺だ。本当にすまん!」


「やめてください、この戦いに参加した以上、逃げないってもう意思は固めています!」



 もはや兵士たちは自分たちが助かるとは微塵も思っていなかった。

 愛すべき家族、守るべき故郷、職務としての誇り、それを持ってして迎え撃つ覚悟はすでに整えている。


 残り百メートルを切った。

 自分たちの職責と命を天秤に掛けて、恐怖に震えながらも任された仕事を全うすることを選んだ彼らは固唾を呑んでその瞬間を待つ。

 早く引き金を引いてしまいたい。その想いを痛いぐらいにガチガチと鳴る歯を噛んで押さえ込み兵士たちは我慢した。


 残り八十……、兵士たちの緊張は限界に達し、自然と涙を流す者もいる。

 それでも背中に家族がいる、友達がいるからと踏ん張った。


 残り七十……、手と足の痙攣がひどくなり、冬でもないのに寒くて仕方がなかった。

 喉がカラカラで力が入らず目眩すらしそうになる。根源的な恐怖から俯いて前を見たくない思いに駆られた。だから横を向いて同僚の顔を盗み見る。すると自分と同じく蒼白になって震えている仲間がいて、そのひどい有様を確認したらほんの少しだけ怯えが収まった。


 残り六十……、ゴーレムの影が自分たちを覆う。

 目の奥に何か光が見えた。焦点の合わない目をした無機物の怪物を通して自分たちの矮小さを悟る。ただ考えることはバリスタを命中させることだけ。他に何も考えられない。


 残り五十……、もうすぐそこに自分たちに死を与える化物がいた。死は逃れられない。次の瞬間に潰れたトマトのようになっているかもしれなくても、最後の抵抗だけはする。それだけは絶対に譲れない!



「――放てぇ!!!」



 小隊長の号令と共に八基あるバリスタから一気に矢が斉射された。

 轟音を伴いそれは狙い合わせた通りの射線を飛び、ゴーレムの弱点と思しき人面に――命中しなかった。



『――!』



 再びゴーレムがあの雷の幕を展開させたのだ。

 てっきり攻撃に使うのだと思っていたそれは、全方位を覆うシールドとなり、バリスタの矢をことごとく届くまでに空中で焼き潰した。



「は、はは……そんなのありかよ……」



 小隊長は呆然とする。

 全弾命中しても討伐することは難しいと思っていた。手で防御されても指の一本ぐらいはもっていけるだろうと期待していた。けれどそれが全部当たりもしないとは死を直面した頭では予想も付かなかったのだ。

 


「しょ、小隊長!」



 部下が次の指示を仰ごうとするが、これに全てを賭けていたのだ。ニの手などありはしなかった。 


 そこに、



「わ、我輩の出番であるな!」



 今にも恐怖で死にそうなモルデアが一歩前に出る。

 この豚は何を戯言ざれごとを言っているのだと、小隊長は心の中でなじった。

 雷のバリアのせいでもはや弱点に攻撃を当てることができない相手に何をしようというのか。


 だが彼の率いる冒険者たちはすでに準備完了していた。

 その手には弓矢と紐で括られた黒い陶器の玉がある。その玉から紐が伸びていて火が点けられていた。



「ぎ、ギルド長、準備完了です! う、撃っていいですか? いやもう撃ちます!」



 若い冒険者たちが思い思いに勝手に射始める。

 全く統率が取れていなかったが、逆にそれが脅威と認められなく功を奏したのかゴーレムは雷のバリアを張らない。

 そして、着弾と共に大爆発が起こった。



『ガァァァァァァ!!!!?』



 その玉は数日以上前に葵をあわや木っ端微塵にしようとした『焙烙玉ほうろくだま』だった。

 玉が付いている分の重量計算を視野に入れてなかったせいで、ほとんどが手前、もしくは足先に落ちて無駄弾となる。

 しかし、その矢がもたらした損害は今までで最高のものだ。一本だけ太ももに当たった箇所は岩の装甲が削れ飛んでいたし、足先で爆発したところは丸々吹っ飛んでいる。そしてゴーレムに一歩後退させることができた。



「や、やったである!! さすがシャンカラで一つ金貨百枚もして仕入れたお宝である!」


「す、すげぇ……なんだあの玉……。こんなのあったら楽勝じゃねぇか!」


「いやっほー! 今日から俺らが英雄だー!」


 

 自分たち出した成果にモルデアと冒険者たちは色めき立つ。



「だから言ったのである。我輩に全て任せればいいのだと!」


「「「ギルド長、一生付いていきます!」」」



 太鼓持ちで盛り上がっている彼らの横で、爆破を見た小隊長は青天の霹靂へきれきと言っていいほどの光景からようやく意識が戻る。

 そして唾を吐きながら彼らに怒鳴った。



「ば、馬鹿やろう!! 早くしろ!」


「何を言っているのである? 手柄を奪われてそんなに悔しいのであるか?」


「違うっ!! 第二斉射を早くしろ!! そんな物があるなら、ぞ!」



 その言葉の真意に気付いた全員がゴーレムに顔を向けると、今までほとんど閉じていた口が開き、そこから黄白い光がスパークしていた。



「ら、『雷の咆哮ライトニングハウル』であるか……」


「~~~!! さ、散開!!!」



 もしここで素早く二撃目を撃っていればどうなったかは分からない。

 しかし結果として彼らは、キィーンという聞き慣れない音を耳にしたのを最後にこの世から消滅した。



□ ■ □



「全回復!」



 状態異常の麻痺が収まり、ウィンドウから回復アイテムを消費してHPを全快にした私は辺りの惨状に顔をしかめる。

 咄嗟に顔を庇った人が多いものの、素肌が剥き出しになっている部分は薄く焦げて煙が出ていて嫌な匂いがしていた。

 死者が続出したかとも思ったが、小さく呻き声が聞こえるから大半はまだ生きているようでそこは安心する。でも、余談を許さない重症患者多数といった感じだ。



「痛ぇよぉ……」


「あ……熱い……た、助けてくれぇ……」



 即死でないことが逆に苦しめているのではないかと邪推しそうになるぐらい倒れた彼らは灼かれた痛みを訴えてくる。

 震える手と声、そしてこの無残な光景は地獄を私に連想させた。

 何とかしてあげたいけど私には回復はできない。こういうときはいつも辛い。【忍者】にも回復技があればとこの世界に来てから何度思ったことだろうか。


 それにもっとひどいのは魔術師たちがいた集団。

 あっちは硬質的な土の波に飲まれて体中が打撲により皮膚がめくめ血がダラダラと流れている。

 直撃を食らった人は魔術という神秘の力があってしてももはや取り返しのつかない悲惨な有り様をしていた。



「アオイ!」


「アオイちゃん!」



 そこにミーシャとオリビアさんたちが駆け付けてくる。

 オリビアさんの後ろにいた医療班はこっちと魔術師部隊に半分ずつ別れていった。



「無事だったんだね」


「そりゃ私たちは遠距離と後方支援だからね。それよりあんたは……ピンピンしているわね」



 ミーシャが目を丸くして足先から頭のてっぺんまでを見返して感想を吐いてくる。

 あの雷を食らった人はもれなく致命的ダメージを食らっていた。例外は私だけだ。驚くのも無理はない。



「アオイちゃん、回復要る? おそらくあなたが主力になるわ。あなたにしかあれは倒せない。怪我をしているなら教えて」


「大丈夫です。魔力だって有限なんでしょう? ならそれはここにいる人に使って下さい。それより早く追い掛けないとやばそうだし」


「本当に大丈夫なの?」


「全然おっけーです。その代わりこの人たちを救ってあげてください」


「……ごめんなさい。私は緊急度が高いこの人たちの回復で手一杯になるわ。でも最低限の治療をし終わったらすぐに追いかけるから」



 申し訳なさそうに謝ってからオリビアさんは怪我人の手当に回る。

 さすが生粋のヒーラーだね。この惨事に人を助ける方を優先した。


 それからゴーレムの背中を見やる。

 すでに町の壁に到達しそうな距離にまで詰められていた。早く行かなくては間に合わない。ただ上手い手が見つからない。

 ちょっとずつ拳で殴っていくのもアリなんだけど、町中に入られたら時間が掛かってどんどんと被害が甚大になっていくだろう。

 大規模忍術ももっと早い段階で使えば良かったと後悔してる。他の人を巻き込むかもしれないと思ったから遠慮してたんだけどね。



「じゃあ、私は行かないと」


「あ、ちょっと待って」


「なに?」


「ほらあれ」



 ミーシャが指差す方向からはダルフォールさんが私に用があるようでこっちに歩いて来ていた。

 


「アオイ、だったな? あれほどの力があるとは思わなかった。まさに万の兵士を味方に付けたような強さだ」


「今、急いでるんですけど。雑談なら後にしてくれませんか?」


「待ってくれ。改めて問いたい、君はカッシーラを守ってくれるんだな?」


「もちろん」



 吸血鬼騒動の犯人を逃したのは私の責任だし、そうじゃなくても守るに決まってる。

 彼はそんな言葉で安心したらしい。

 


「助かる。部下や冒険者たちの大半は怖気づいてしまった。それに取っておきだった魔術部隊もほぼ壊滅。これからすぐに再編して向かうが、住民の救助や避難誘導を優先したい。あれの相手は任せることになるが、それでも構わないだろうか?」


「だから全然おっけーですって。早くしないと――」



 その刹那、つんざく激しい爆発音がしてゴーレムがよろめいたかと思ったら、凄まじい稲光を吐き出し町の外壁を破壊した。

 ここからでもその威力が伝わってくる。あんなもの食らったらパンチ同様、私も即死級の一撃だ。

 まだあんな芸を隠しもっていたのか。いやっていうか、一直線に飛ぶ雷と、自分の周りを覆うバリアってあいつとやってること同じじゃん。

 これでやっぱりハッキリした。あの吸血鬼ドール野郎と、あの巨大ゴーレムは仲間だ。

 


「すぐに向かいます!」


「頼む! あれの相手は君にしかできないだろう。町を救ってくれ!」

 

『あーちゃん!』



 豆太郎も戻ってきた。

 もうここで救助活動する意味がないからね。


 その間に【装備】の入れ替えもする。

 装飾品の耳飾りを外してリストバンドに変更。『雷電鯰らいでんなまずの腕甲』という電撃耐性用のものだ。

 さすがにあの規模の雷は防ぐのは無理だろうけど、全面展開する薄い電気膜ぐらいならかなりダメージを軽減できるはず。



「お疲れ、今度はあっちで人助けしてもらうことになるかも」


『いいよー』


「うん、じゃあすぐ行くよ!」


『あいさー!』

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