2章 21話 誤算

「おい早く積み込め!!」


「数が合わないぞ! 輜重係しちょうがかりどうなってる!?」


「隊列を乱すな! 作戦の確認をもう一度するぞ!」



 そこはすでに戦場だった。

 場合が場合だけに男爵家での会談をすぐに打ち切った私は案内されるがままにここに辿り着いた。


 いや打ち切らざるを得なかったというべきか。

 あの後、美歌ちゃんはかたくなに戦うことを拒否したのだ。



「あんな大きいのに敵うわけないやろ」



 彼女の主張はあまりにもド正論ではあるものの、それに「はいそうですか」と頷くわけにはいかない。

 あの手この手で協力してくれるように促したんだけど、元から目を合わせようともしてくれず、交渉は困難を極めついには閉じこもった亀のように心を閉ざしてしまった。

  


『あれと戦うんやったら、ワイらの力が必要になるのは分かる。でもなそれを強要せんでほしい。あんたが戦いたいんやったら好きにしたらええけど、力を持ってるからってそれを振るう義務はないんやさかい。美歌ちゃんを苦しめんといてくれるか』



 フォローしてくれるかと期待したハクビシンのテンの言い分も完全に主人を擁護する方へ傾いていた。

 豆太郎だって土蜘蛛戦で景保さんを置いて私と二人で逃げようって言ったぐらいだ。お供の優先順位の圧倒的な頂点は喚び出した人間の安全なんだろうね。

 

 でも正直、失望は隠しきれていない。景保さんみたいにきっと一緒に戦ってくれるもんだと勝手に思っていた。楽観視していた。

 いや案外あれが普通の反応で、会ったこともない他人のために首を突っ込んで危ない目に遭う方がおかしいのかも。私が麻痺しちゃってるだけなのかも。

 それに彼女はまだ中一ぐらいの年齢で、死線を超えた経験も無い。怖気づいて当たり前か。


 これ以上の押し問答は無意味と判断して私はあの場を後にし、あの巨体を迎撃するために町の外へ築かれた陣へとやってきたのだった。


 カチャカチャと鎧の金属音と緊張感を孕んだ兵士たちが右往左往し、余裕のない声があちらこちらで煩く飛び交っている。

 かつてない脅威によって浮足立っていると評するべきだろうか。

 その混雑の中を私は豆太郎と真っ直ぐに進む。



「ランク4、葵、来たわ」


「ランク4か、助かる! あっちに並んでくれ」



 町から出て数キロも歩かない場所で人員整理をしている兵士に懐から取り出した銅で作られた冒険者タグを見せて話し掛ける。

 

 冒険者タグは冒険者ギルドに登録した際にもらう認識票で、掘られた文字と番号で誰の物か判別するものだ。

 これを持っているということは冒険者ギルドに登録しているという証になる。

 

 私のタグはランク4になる折に鉄片から銅片にグレードアップしており、職人一つ一つ手作りの文様も入るようになった。

 ちなみにランク5は銀板、ランク6は金板、ランク7は白金板(プラチナ)だそうだ。


 紙に名前を書かれ、同じように冒険者風の団体がいるところへ指示される。

 ざっくり三十人ほどだろうか。全体的な年齢層が二十~三十代とやや低めでなんだか頼りない印象を受けた。

 装備品は様々だ。私のように軽装の人間もいるし、毛皮を被って上半身裸の野性味溢れるファッションから鎧姿まで。

 話によるとここにいるのはランク2の上位からランク3までらしいけど、あんまり強そうに見えない。


 その集団に足を踏み入れたら「アオイちゃん」と声を掛けられ首を回すと、そこにいたのは町に入ってから別れたきりのハイディさんだった。

 鮮やかな紫の髪がむさ苦しい男たちから本当に一輪の花のように浮いている。



「ハイディさん、お久し振りです」


「そのうち道端でばったり会うかと思ってたんだけどそんなこともなかったわねぇ」



 冒険者ギルドには一回しか足を運んでないし、この数日は夜の活動が多かったから仕方ない。

 彼女は村でいた時と同様に槍を携えている。当然この場にいるということは『防衛戦』に参加するのだろう。


 この場所は町からかなり近いけど、何とか数百人が動ける広さはある。これ以上広げるなら木を伐採していく他なく、そんな猶予は残されていなかった。

 だから苦肉の決断といったところか。



「ハイディさんも集められたんですよね?」


「えぇそうよぉ。かなり大きな魔物が迫ってるからと呼ばれてねぇ? 冒険者と兵士が数百人掛かりで事に当たらないといけないなんて、ここ数十年無いことなのよぉ」


 

 私は兵士経由からだけど、あのゴーレムに立ち向かうために戦って欲しいと招集されてやってきた。

 ここは戦う人間たちで溢れかえっている。数は兵士の方が圧倒的に多い。

 装備の点検や荷物を馬車に積み込んだりと彼らも忙しいのだろうが、交わされるのが怒号のような話口調のせいで、空気はピリピリとしていて居心地は悪い。

 ただ冒険者たちと違って兵士は割と精強そうだ。


 反面、住人たちの避難はあまり進んでいないようだった。

 理由としては、町の外壁が高すぎて三階以上の高さのある建物のさらに屋根から巨人の姿が見れないこと、巨人が攻めてくるというのをそもそも信じなかったり、屈強な兵士たちに信頼を置いていることなどらしい。

 要するに大半の人たちは平和ボケしていて動こうとしないんだとか。頼りにされていることが順調にいかない原因とはなんとも皮肉な話だ。

 


「逃げようとは思わなかったんですね?」


 

 年上の人に失礼かもしれない。でも素朴にそんな疑問がぽつりと口からもれた。

 ハイディさんは片眉を上げ鼻で笑う。



「ここで逃げるようなら最初から冒険者なんてやっていないわぁ。それに逃げたらペナルティもあるしねぇ。でも本当に命に関わることになるならやっぱり逃げるかしらぁ?」



 そうしてくれる方がこっちも気が楽だ。

 おそらくだけど、あの巨人――ゴーレムの原因は私たちにある。

 あの逃した人形ドールが連れてきたに違いない。他人にまで迷惑が掛かってそれがこんな事態を引き起こすなんて責任が重くのしかかる思いだ。



「アオイちゃん!」


「アオイ!」



 しゃべっているとオリビアさんとミーシャも人混みを掻き分けこちらを見つけてきた。

 


「二人も参加するんだね」


「そりゃそうよ。ただ私はやや後方になるけど」


「あたしや弓が使える連中は兵士の弓兵部隊に、攻撃魔術が使える連中は魔術部隊に組み込まれる。できるだけ遠距離から集中して攻撃を当てて倒したいらしいよ」



 普通の人間だと震動と風圧でゴーレムに近付くことがまず難しそうだろうしなぁ。

 それで決められるなら最善だろうね。



「あ。あいつも来てるじゃない」



 不快そうな顔でミーシャが睨む視線の先は教会騎士グレー、そしてその配下らしい騎士たちがざっくり二十人ぐらいいた。

 私たちは正直、彼に良い印象を持っていないし、ミーシャが嫌悪感を分かりやすく出しちゃうのはやむを得ない。

 あっちもこっちに気付いたようで、よせばいいのに憮然とした面白みのない顔をぶら下げて近付いてくる。



「まだこの町にいたのだな」


「いちゃ悪い?」



 投げかけられた言葉は喧嘩を売られているように思えて、私はつんけんしたボールを返す。

 しかしその暴球を受けてものっぺりとした表情は変わらず、そして彼の次の言葉は予想外のものだった。



「いや、助かったと思っている」


「は?」



 何を言っている?

 こいつひょっとして偽物か? それとも何か悪い物でも食べた?



「言葉通りの意味だ。他意はない」


「急にどうしたの? 冒険者は嫌いだと思ってたけど?」


「そうだ。だが事ここに至っては強大な敵の前では戦力であることも認めざるを得ないだろう。臆病者たちであってもだ」


「やっぱ何も変わってないじゃん!」



 見直しかけたのに損した気分だ。

 私の感想にグレーは鼻を鳴らすだけで応える。

 この岩よりも動かない堅物に何を言っても無駄だね。



「今はあんたに構ってる暇はないの。退いてくれるかしら」


「どこに行こうと?」


「……ダルフォールさんのところ」


「何をしに? かの御仁は現在、猫の手も……いやその頭の上に乗っている犬の手も借りたいほどの大忙しで一介の冒険者に割く時間などないと思うが?」



 なにその冗談。面白くないんだけど。

 言わないけど豆太郎の手はあんたの百倍役に立つよ。



「私はここの人たちの強さを知らない。ひょっとしたら単なる杞憂であっさりと倒せるのかもしれない。でも命の危険があるなら下がらせて欲しいって頼みに行くのよ」


「そんなこと受け入れられるとでも?」


「うるさいわね」



 自分でも無理くさいとは思ってる。

 でもやれることをせずに誰かが死んだりしたらやりきれないじゃない。


 本当なら私一人で先行して勝手に戦い始める方がいいんじゃないかとも思う。でも数百人規模の人が集まっているし、あのゴーレムだって見掛け倒しなこともある。だから素直に従ってここにいるっちゃいるんだけど、どうしても嫌な予感が拭えなかった。



「ちょっと行ってくるわね」



 グレーを無視し、オリビアさんたちに声を掛けたあとその横を通り過ぎてダルフォールさんがいるところにまで進む。



「なんだお前は?」


「ランク4の葵よ。ダルフォールさんに話があるの」



 彼がいる本陣らしき手前で呼び止められた。

 私の見た目では信用が無くてもランク4という肩書きなら通用するだろう。

 銅プレートのタグを見せると、そのおかげでちょっとだけ警戒が解けて雰囲気が柔らかくなった。



「だめだ。申し訳ないが今会わせられる時間がない。重要な案件ならこちらから伝えるから言ってくれ」


「……直接言わないと伝わらないと思うけど。まぁいいわ。ここにいる人たちをもっと後方に下げて欲しいの」


「なぜだ?」



 素っ頓狂なことを提案する私に不審がって目を細めてきた。



「私が一人で相手するから」 



 言った途端、一瞬耳を疑うような素振りをしてから一層疑念の色が濃くなったようだ。

 せっかく緩くなった空気がさっき以上に張り詰めていく。

 

 あー、これやっぱりダメなやつだね。

 自分で主張してても無理だろうなとはそりゃ予想はしてたよ。

 でも他にどう言えばいいのさ。



「お前が――」


「ぎゃははははは!! バカだ!! バカがいるぞここに!!」


「腹が痛ぇ! 今年一番の大物が登場しやがった!! 半端ねぇ! ぶあっはははははは!!」

  


 兵士が何か言おうとしたのを遮り下品な笑い声が後ろから聞こえてくる。

 後ろを振り向くと冒険者の一団にいた男数名がこっちを指を指して大爆笑中。

 猿かよこいつら。



「うひひひ、おいお前聞いたか? あいつ一人であのゴーレムを相手するんだとよ! 薬でもキメてんじゃねー? ダメだ、収まらねぇうぃやっはははは!」



 一体何が面白いのか近くにいた人にまで声を掛けて巻き込もうとしていく。

 あー、生理的にこういうのとは合わないなぁ。

 私が庇おうとしているのがこいつらだと思うとやる気が出ないよ。もちろん大勢いる中の一部だろうけどさ。



『あーちゃん、あのひとたちにぱんちしてもいい?』


「やめといた方がいいよ。あんなお猿、相手してもつまんないだけだし。はぁ……」



 むっとして眉をひそめる豆太郎が足元から小さな犬歯を見せてくれる。

 でもいきなりそれしたらさすがにまずいことは分かるからね。

 こんな子でもTPOは弁えているっていうのに……盛大にため息を吐いて後ろは無視することに決めた。

 


「おい小娘、なんだその態度は? こんなところに小さな犬っころ連れて来る頭のおかしいやつが生意気な口を聞くじゃねぇか」



 だというのに突っかかってくる。

 何でこういう輩は無駄にプライドが高いんだろ。

 しかも自分が悪いとは一欠片も理解していない。頭悪いどころじゃなくてもう病気だよ。



「あのさー、私の会話を聞いてたならこっちがランク4っていうことも知ってるはずだよね? 格上相手に喧嘩売るほど脳みそ小さいの? それとも一分でもう忘れちゃった? あんたこんなところよりも病院行くべきだよ。可哀想だから見逃してあげるし、早く行ってきな」


「こ、このアマっ! お前みたいな小娘がまともにやってランク4になんてなれるはずがねぇだろが! どうせイカサマを使ったか色仕掛けでもしたんだろうがよ。女は楽できていいよな!」


「こんな子供がランク4なんてその町のレベルはたかが知れてるなぁ? それが本当なら俺はランク7だぜ」



 おうおう言うじゃないかモンキー太郎君たち。

 こいつら今の発言で周りの女性たちから相当睨まれているのに気付けてもいないようだ。

 


「あぁなるほど、つまりクロリアのギルド長にそういう疑いを掛けているってことね? 帰ったら言っとくからあんたらの名前教えなさいよ。あのおっさんのらりくらりしてるけど、明確な敵には厳しいわよ」


「おいそういうの出すのずるいだろうが! これだから女は卑怯なんだ、力で成り上がれよ」


「ギルド長を盾にするなんて実力が無いって言ってるようなもんだろうが。点数稼ぎはやめて宿屋でブルブル震えてろ」



 ホント自分のことを省みずに好き放題だなぁ。



「権力の匂い嗅いだだけで自分が吐いた言葉引っ込めるぐらいなら最初から言うなよお馬鹿共。それがあんたこそが長いものに巻かれてる証拠だよ。それと私の実力をそのふし穴の目で勝手に決め付けないでくれる?」


「上等じゃねぇか、やってやるよ!!」



 もう頭に血が上って汚い唾を飛ばしてくる。

 どれだけ短気なんだよ。

 周りから制止させようとする声もあるが、止める気はないようだ。



「こんな状況で私闘するっていうの? あんたたちその小さな記憶力でここに何しに来たか思い出してみなさいよ」


「うるせぇんだよ! お前を叩きのめさないと気が済まねぇ! 他のことなど知ったことじゃねぇ!!」



 あー、こうなっちゃうか。

 いや私もさ、努力はしたんだよ。でも努力が全て実になるかと言われればノーだからさ。

 まぁでもある意味、こいつらを瞬殺したら私のゴーレムとタイマンさせてくれっていう意見は通りやすくなるかもしれないか。

 百聞は一見にしかずということで、言葉をいくら重ねようが説得力なんて皆無だし、ここはアピールするためのピエロになってもらうかな。 


 そうやって腕を組んで思案していると、私たちの一触即発の事態は突然のダルフォールさんの檄で中断された。



「諸君、聞いてくれ! これから近付いてくる巨人――ゴーレムに私たちは立ち向かう。敵の目的は不明、そして強大だ。諸君らに命を賭けてくれと言わなければならない。後退りして逃げ出したい者もいるだろう。しかし、そんなときはどうか守らなければならない人の顔を浮かべてほしい。我らが倒れればこの背中の後ろにいる友人は、恋人は、家族は、無残にも蹂躙される。彼らの顔が涙で歪まないよう、悲嘆に暮れないように諸君ら勇者の力を貸して欲しい」



 彼は武具を運ぶ馬車に乗り、高い場所からまるで一人一人の目と向き合うようにゆっくりと見回しながら語りかけるように話す。

 最初に下げてから上げる。そして後退する足を戸惑わせるために家族のことを思い出させ、最後にここにいる人間を全員勇者と評(あげつら)う、演説の基本だ。

 これで町に家族や守りたい人がいる人は逃げられなくなった。


 そしておもむろに精巧な鞘に収まっている剣を抜き、頭上に高く掲げる。

 その剣には刀身が無かった。イミテーションかと思いきや、ダルフォールさんが横に一振りしたら光に輝く刀身が現れる。

 周りを見渡すとたいていの人がそれを知っているようで、見惚れ期待と憧れに満ちた視線を送っていた。

 


「この町を照らし守り続けた魔剣『イルミナーデ』の加護もある。恐れず立ち向かい、必ず勝利を掴もう!!」


「「「「「「応!!」」」」」



 数百人規模の大合唱の号令は、音の振動だけで辺りや肌をビリビリと揺るがすほどだった。

 これが全員味方だと考えると確かにかなり頼もしい。

 しかし、それを遮り対抗するかのごとく遠くから木々が倒壊する生々しい音が私たちの耳朶に届いてくる。



「あ!」



 と誰かの声がした。

 それに合わせて次々とみんながそっちに顔を向ける。

 その先には見上げるほどの巨大なゴーレム。もはや距離は数キロを切っていた。


 大きな地響きと薙ぎ倒されへし折れる木のバキバキとした音が徐々に、しかし確実に大きくなってくる。

 ここからはもう絶えず地鳴りのような震動がずっと耳にまとわりつき、その脅威を如実に私たちに伝えてきた。



「お、おい、あんなのに勝てるのかよ……」



 そこにいる全員の目がそれに縫い付けられ動揺が波のように浸透していく。

 おおよそ十階建てのビルに匹敵する大きさが悠然とやってくるもんだからそりゃびびらない方がおかしい。

 触れられただけで衝撃で死ぬひ弱なネズミが何百集まっても人間に勝てるか? そんなレベルだ。

 遠くからだとぼやけていた脅威がようやく実感してきたみたいで、事ここに至って私たちの喧嘩をする雰囲気はもう完全に霧散した。


 だがこちらの懸念はお構いなしにゴーレムは一歩一歩と足を止めることなく進めてくる。



「お、俺たちだけでも逃げないか? あんなの絶対無理だぜ」


「兵士がこんだけいればなんとかなるんじゃね? 俺たちは後方待機ってことでなんとかならないか?」



 どよめきに包まれていき周りの若い冒険者たちから気圧され、臆病風に吹かれた者たちから順々にそのような囁きが聴こえてきた。

 そういうのは足手まといになるだけだから要らないけど、他を置いて逃げようとする卑屈な根性がむかつく。


 しかも距離の離れた場所から横目でグレーがほらみたことかと勝ち誇ったみたいな視線をこちらにやってくる。

 腹立つなー。



「逃げるならさっさと尻尾巻いて逃げなさいな。臆病者チキンさんたち」



 大きく通る声できっぱりと落ち着きを失う彼らに言い放ったのはハイディーさんだった。

 彼女は髪を揺らし腰抜けたちを小馬鹿にしたように見回す。



「はぁ? お前喧嘩売ってんのか!?」



 周りの目が一斉に彼女に集まった。

 だけどハイディーさんは敵意の籠もった無数の目を受けても全くたじろがず、むしろ涼しげに受け流し嫣然えんぜんと微笑すらする。



「ふふ、女には凄めるのね? 見てみなさいなそこの神殿騎士ジルボアさんたちのさげすんだ目を」


「う……」



 グレーが率いている彼らは何も言わないが、代わりに何も期待していない。そういう冷たい目をしていた。



「普段はどうせ教会騎士ジルボアなんて仕事を奪うだけだとか文句言ってるんでしょうけどねぇ、正念場になったら結局彼らに頼るのかしらぁ? みっともないわねぇ。ここで逃げるぐらいなら冒険者を辞めた方がいいわよ? 口だけの男なんていずれどこでも信用なんてされなくなるんだから」


「なんでお前にそこまで言われなきゃなんねぇんだよ!」


「ならここで仲間や町を見捨てて逃げた先に何があるって言うのぉ? どこに行っても卑怯者、小心者の烙印を押されてなじられるだけよ。冒険者としては終わりねぇ」


「それは……」


「それよりもここであれに勝てたのなら――英雄の仲間入りよぉ?」 


「は?」



 ぽかんとする男たちに当然といった口調でハイディーさんは自分の論理を進めていく。



「そりゃあそうでしょう。おそらくこの戦いは歴史に残るわ。あの化物に勝てた戦いに参加してたのならそれだけで英雄扱いよ。目撃者はここにいる全員。そして町の人たち。別に活躍する必要なんてない。与えられる役割をこなすだけで確実に富と名声が付いてくる。私はラッキーだとすら思っているけど、それを捨てるお馬鹿さんならどうぞお逃げ下さいな。数が減ればさらに価値は高まるんだし嬉しいことだわ」



 ただの感情論ではなく、メリットを出してここで逃げるのは惜しいと持っていったのは上手いと思った。独り占めするような発言も人間心理を突いている。

 それに歴史に名を残せるかもしれないとほのめかしたのもなかなかいやらしい。

 くすぶってそうな彼らからしたら、名声は喉から手が出るほど欲しいもので、それが参加するだけで付いてくるという。

 ならばまだ残る余地はあるはずだ、と考える人がかなりいたようで途端に殺気立った雰囲気が和らいでいく。



「諸君、恐れるな! 私が必ず守る。そして終わったあとのギルドへの報告も約束しよう。あれが来るまでそう時間が無い。すぐに配置に付いてくれ!」 



 そこへダルフォールさんのダメ押しの号令。

 この人もこの頃合いを狙ってたっぽいなぁ。



「確かに普段の生活だって安全ってものはない。同じ危険なら一発賭けるのも悪くねぇか?」


「俺はやるぜ? 家族も友だちも住んでるんだ。逃げるなんて真似できねぇ」


「本当にやばかったらその時に判断すればいいか」



 とりあえず逃げるよりは様子を見ながら従うという流れになったようで、兵士たちに指示され冒険者たちがぞろぞろと動き出す。



「すごいですね!」



 移動しながらハイディーさんに話し掛ける。

 話術だけであの人数をやり込めてしまった。こういう大人の女に憧れるよ。

 

 でも私的にはできればみんなには下がっていて欲しかった。

 もう空気的に一人でやるとワガママ言っても、もう何したって従ってくれる雰囲気じゃなくなったので諦めるけどさ。



「ヘタレの男の扱いに慣れているだけよぉ。アオイちゃんももう少し大人になったら分かるわよ」


「慣れたくないなー」


「そこに上とか下とかなくてねぇ、女が折れて立ててあげた方が男は気持ち良く動いてくれるの。誰かを助けるためだとか何かが得られるとか理由という餌があると頑張る生き物なのよ。可愛いでしょ?」


「えぇ……」



 あんなむさ苦しくてビビリたちを可愛いと言うのは私には無理かな。

 そんな雑談をしながらいつの間にか集団に別けられていた。


 もうすぐ木々の切れ目から全貌があらわになった瞬間を狙ってゴーレムに左右に配置した魔術師部隊と弓部隊の一斉攻撃をするらしい。

 それで足を止めたところに近接部隊が殴り掛かるという代物。

 この上なくシンプルだが、それぐらいしかないのも仕方ない。巨大ゴーレム相手に陣形がどうとか戦術がどうとかそういう物差しで図れるものじゃないだろうし。


 そして、その時がやって来る。



「――来たぞ!」



 誰かの緊迫した声がする。

 言われなくてもその超ド級の図体は見えているし、なにせ一歩ごとに気持ち悪くなるほどの揺れを感じていた。


 最後の太い幹の木が倒され葉が舞い散り、ようやくその全姿がむき出しになる。

 ざっくり三十メートルはありそびえ立つそれは、頭から足先まで全身が岩のようなゴツゴツとしたものに覆われていた。

 まさしく、巨兵ゴーレム


 デザインなのか目や口などはあるが、目玉があるわけではないし、口もただ開いているだけ。舌が無いが発生器官があるのかは分からない。

 当然表情などもなく、それは虚ろな顔をして登場した。



「撃てぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 その瞬間に、ダルフォールさんの気迫に満ちた命令が下る。



「『『『ファイアーバレット炎弾!!!』』』」


「『『『フローズンアロー凍結矢!!!』』』」


「『『『「ストーンクラップ岩塊!!!』』』」



 左右から炎の速射弾、貫く氷の矢、打ち砕く岩石が飛び交った。一つ一つは対人用程度の大きさだけれど、数十という数が合わさるとそれはゴーレムに十分通用するほどの威力となる。

 尾を弾いて何十本と発射される遠距離魔術がゴーレムの両足を砕こうと飛来した。

 色とりどりの魔術弾は数秒で即座に着弾する。


 魔術が交わったせいか、足が破壊されたせいか、耳を塞がせるほどの特大の音がして白い蒸気が発生した。



「次! 弓兵部隊、放てぇぇぇぇ!」

 


 お次は弓部隊の一斉射撃、全員分は揃えられなかったようだけど、当たれば人ぐらい貫通しそうな張りが強い強弓を弦いっぱいに引いて放たれる。

 人が相手であればオーバーキル間違い無しの矢が堅牢な足を射抜こうと煙の中に次々と穿たれていく。



「近接部隊、突撃ぃぃぃぃ!!!」



 最後の号令だ。

 ここまでゴーレムは完全に足を止めていた。

 そこに直接攻撃を用いて足を叩き壊すのが第一目標。

 いかに出鱈目な大きさのゴーレムであろうとも、足を砕きさえすれば勝機はあった。足が無くなれば進むのは疎かになり、もし核のようなものがあるならやはり胸の中か頭部だと考えられていたからだ。


 だから執拗にあの長大な体を支える二本の足を狙う。



「うぉぉぉぉぉ!!!」


「ここで食い止めろぉぉぉ!!!」



 雄叫びを上げ、勇気のある冒険者たちや兵士たちが煙が晴れていくのを見計らい同時にゴーレムへと殺到した。

 さすがに全員が攻撃できるわけではないので私は後ろから観察中。


 叩きつけられる金音が耳を塞ぎたくなるぐらい煩く高鳴っていき、大勢の戦士たちの叫喚が木霊する。

 わらわらと取り囲む我らネズミの軍勢は小さな歯で堅牢な鎧をかじり取っていった――ように見えた。



「き、効いてねぇ?」



 私の横にいた冒険者が惚けて感想をもらした。

 目を細めて噴煙が晴れた魔術が命中した箇所や武器で殴打場所を私も確認したが、残念なことに何の損壊も見当たらない。あれだけ射られた矢も一本も刺さっていなかった。

 それどころか殴りつけた武器の方が刃が欠け出しているのもいくつも見受けられるしまつ。



「あれだけの魔術や攻撃でも傷一つ付いてねぇって……!?」



 やがて、ゴーレムがおもむろに動き出した。 

 たくましく岩で覆われた豪腕を垂直に振り上げ、それに気付いた前線の人たちが悲鳴を上げて一目散に逃げようとする。ただ密集していたせいか押し合いへし合い途中で転ぶ者もいた。

 そして逃げ惑う人々を狙って――特大のメガトンパンチが直撃される。


 ど、っという地面を割り陥没させる鈍い音がしたと思ったら強烈な風が逆巻き私たち数百人を襲った。

 爆心地に近い人間たちは衝撃で吹き飛ばされ空から人が振ってくるという異常事態に陥る。

 今日の天気は晴れ時々人間ってか。


 風圧だ。ただの拳の風圧がそれだけで数十人掛かりの魔術と同等かそれ以上の威力を生み出した。

 パワーだけなら土蜘蛛姫を遥かに超える極大の一撃。

 これを直撃すればおそらく私とて一発であの世行き。



「こ、こんなのに俺たちどうやって勝つっていうんだよ!?」



 嘆く冒険者の戦力判断は間違っていない。

 こちらの攻撃は圧倒的な防御力に阻まれノーダメージ。一方あちらの攻撃はただのパンチが空爆にも等しい被害を与えてくる。

 この場にいた全員に絶望が骨の髄まで刷り込まれ、これだけの人数がいるのに逃げることすらも忘れ、辺りは静寂という袋小路に支配された。



『グルルルル!』



 そして当然、ゴーレムの反撃がこれだけでは終わらない。

 獣のような唸り声を上げながら巨体の足を後ろに振り上げ、振り子のようにその地面を掬い上げ放り投げた。

 大陥没が起こり、土、小石、砂、地面の中にあったあらゆるものが飛轢となって、後方にいた私たちの上から無情にも降り注ぐ。



「うわぁぁぁぁぁ!!」


「助けてくれぇぇぇぇ!!」


 

 ただの土が大規模な制圧兵器と化した。

 視界は不良、含まれた小石がスリングショット投石級の威力を持ち、巻き上げられ押し潰そうとしてくる土砂は体重の軽い人物ならそれだけで転倒するほどの重みと衝撃を生み、まるで散弾のように軍勢を飲み込む。

 誰も経験したことのない種類の攻撃に男たちは今度は慌てふためくばかり。



「絶望だ。カッシーラは終わりだ……。これだけいて足止めにもなんねぇよ……」



 誰もが呆然と恐怖の目でゴーレムを見上げるしかなかった。 



「まぁ、私は違うけどね!」



 そんな土くれをくぐり抜けて私と豆太郎はとっくに飛び出していた。


 これがどうした! こちとらそんな絶望なんて土蜘蛛姫でもう味わって乗り越えたんだよ!

 単身、ゴーレムに向かう。気分は上々。鍛えられた戦意はこの程度では折れやしない。

 

  

「豆太郎はまずは動けない人を端にやって!」


『わかったー!』



 頼りになる相方に指示を出す。

 風圧で倒れた人はきっと戦線復帰が難しい。でも近くにいられると邪魔になる。だから豆太郎に任せた。



「せいやっと! 硬ったーい!」



 まずは忍刀ですれ違いざまに岩のような足を斬る。

 硬質的な手応えがし、代わりに今まで何をしても無傷だったボディに刀傷の跡が刻まれた。

 予想通り、私と大和伝の装備であればダメージは与えられる。ただこの巨躯に三十センチの忍刀――しかも固くて刃先ほどしか滑り込めず、こんな微々たるものでは埒が明かない。それに手が地味に痺れた。

 せめて血が出るなら出血狙いもアリだけど、この無機物の相手に刀じゃ駄目なのは理解した。



『グガァ!』


「おおっと!」



 振りかぶられた巨大なトゥーキック。

 あたかも足元で小うるさい小動物を蹴り飛ばすかのように、振り上げられたゴーレムの足が迫り、それを辛くも躱す。

 ただしすぐ横を巨足が通り抜けたその風圧で吹き飛ばされ、空中を三回転して後方に着地。

 


「やっぱりこのままじゃダメだよね。よーしじゃあ久々に本気出しちゃうからね!」 



 ウィンドウを操作し、レベル制限を解除だ。久し振りに本気で暴れてやる。

 あんまり見られたくなかったけど、人目を気にするのももうやめだ。この状況でまで自分を律する必要はもうない。

 

 レベル百に戻った途端に、血管を通して体中が活性化し、毛穴が開いて充実した力が溢れ返ってくる。

 体も頭も軽くハイになった気分だ。



「要はあれでしょ? ゲーム的に言うなら斬撃、刺突、射撃耐性がある。ついでに魔法もかな。ならこうでしょ!」



 続けざまにウィンドウに指を這わせて【装備】をクリックして変更する。

 瞬時に腰の鞘と刀が無くなり、入れ替わりで現れたのは私の両の拳に付く漆黒の『鎧百足よろいむかでの滅打』というナックルだ。

 鎧ムカデというボスモンスターの鱗素材から作れる拳武器。

 拳系は【僧兵】が主に使い【忍者】の適正はやや低く、全ての拳武器を使用することはできない。攻撃力がやや低い軽めの物だけだ。ただこうした斬撃耐性が高い敵対策として拳武器を使うことはままあった。



『グルァ!!』



 再びの蹴り攻撃。

 しかしもはやそんなものは脅威にはならない。


 圧倒的な力と万能感に漲(みなぎ)る足を踏み込み神速をもってして脱する。

 もはや私の姿は誰も捉えられない霞の如ぎスピード。

 そして黒光りする自分でもちょっと恐ろしげな手甲を握りしめ、再度アタックを敢行する。



「おーりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!!」



 残像が幾重にも浮かび、二つの拳が何十にも見えるほどの目にも留まらぬ猛烈ラッシュ。

 吸い込んだ息を全て吐き切るまで無酸素で全力で打ち込んだ。

 今までほとんどの攻撃に傷も付かなかった堅固なゴーレムの体は、私が拳の猛打を浴びせた箇所全てにひび割れを起こしていった。



『ガァァァァ!!』



 そして私を蹴り上げようと片足立ちになっていたタイミングに一気呵成に痛撃を与えたため、ゴーレムはその巨躯をぐらりと揺らし無様に横倒しに倒れる。

 どすんと鼓膜を震わす音と震動が辺りに響き揺るがした。



「す、すげぇ……」


「人間技じゃねぇよ、あんなやつカッシーラにいたか?」



 近くで全身土塗れになって座り込み呆けていた男たちが壮絶な拳打を見て唸る。

 周りを見てみると大体似たようなぽかんとした間抜け面だ。

 でも私としてはちょっと不満がある。どうしても【忍者】だから手数勝負になっちゃってるんだよ。これが【僧兵】ならもっと威力があるパンチを繰り出せただろうに。


 しかもこのせいで完全に敵と認識されたみたいで、今まで私たちを群れでしか認識していなかったゴーレムが立ち上がるや否や私個人目掛けて鉄槌を炸裂させた。

 傍で大地が笑ってしまうほど砕け散り、風が巻き上がる。

 


「いやいやいや、そんなノロマな攻撃食らう訳ないでしょ!」



 見てから余裕の回避に成功した。

 力が足りない分は速度と手数でカバーかな。たとえその威力が土蜘蛛姫を上回っていたとしても、こんなのに易々と当たるほど私は優しくはないよ!



「素早さ特化の忍者舐めんな、っよ!」



 拳を振り下ろしたおかげで顔面が近くにあったので、腕を足場に飛び上がってゴーレムの額を思いっきりナックルでぶち込んでやった。

 すると――



『ガァァァァァ!!』



 ゴーレムが両腕で顔を抑え庇うような素振りをした。

 おっとぉ? これはまさか?



「ダルフォールさん!!」



 まだ大口を晒す大将に大きく呼びかけた。



「あ、ああ。しょ、諸君、今のを見たか? あれは冒険者ランク4のアオイと言う。そして一騎当千の彼女が今もたらした光明を! あのゴーレムはおそらくだ!!」


「「「!!!」」」



 私の呼びかけにちゃんと応えてくれた。さすがだね。

 この言葉で意気消沈していた全員の目に光が見えた。

 足に魔術とかは効かなかったけど、顔面なら何とかなるのかもしれない。それに一人であれを相手している私の存在が大きいのだろう。一人、また一人と武器を構え出していく。



「それにあのひび割れた箇所ならば今なら武器も通じるかもしれない! みんな、今一度勇気を振り絞れ!!」


「「「おおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」



 戻った気迫が渦を巻く。

 


「私が上で注意を引くから、その間に魔術の準備をお願い!」



 言って私も即座に駆け出す。

 ゴーレムもそれに過敏に反応した。

 手を出すとまた殴られると思ったのだろうか、踏み潰そうと片足を振り上げ、その巨影のせいで私の視界は夜になったみたいに暗くなる。上を向くと迫る足裏が見えた。

 それが地面に降ろされると拳以上の衝撃が周りを傍若無人に撒き散る。 



「当たらないよ!」



 ただそのような面を一気に潰せるピストン攻撃でも真剣マジな私の足は止められない。

 多少、風に妨害されても小回りの効かない巨人なんて的でしかないっての。

 僅かに曲げられたゴーレムの膝に跳び、そこからさらに腕へと飛び移り一気に肩にまで登頂を果たした。



「今だ!! 狙いを絞らせるな! 突撃ぃ!」



 ゴーレムの意識が私に向いたところに、ダルフォールさんが自分を筆頭に再び突撃を命じる。

 さすがにそうでもしないと二度目のアタックは指揮が保てないとの判断だろう。

 それを見て兵士や冒険者たちが彼の後を追って再びゴーレムの足に取り付き、剣で切りつけていった。

 もちろん、そのほとんどがさっきと同じように無傷だったけれど、私が殴った場所だけはボロボロと崩れていく。

 特にダルフォールさんの持つ魔剣とやらの切れ味は抜群だった。光る刀身は私の忍刀並に易々と切れ込みを入れていく。



「効いているぞ、そこを狙え! 削り取ってやれ!!」


「刃が欠けたやつは馬車に替えの武器を積んであるからそれと交換しろ! 全部使い捨てていい! ここで死守するぞ!!」


「怪我人も後ろに回せ! 回復班がいるからそっちで治療を受けろ!」



 ようやく自分たちの決死の覚悟も無駄にならないと知って活気付いてきた。

 


「こっちも負けてらんないね!」



 虫をはたき落とすかのごとく超質量の手が私を磨り潰そうと迫り、その指の隙間を冷や冷やしながらくぐり抜け避けていく。

 足場が少ない上に、手の風圧もあって、顔面を殴ってやりたいのに躱して落ちないようにするだけでなかなかに大変だ。

 次々と繰り出される面攻撃をノミのように捌いていく。


 下では動く足に弾き飛ばされて重体になる人が続出していた。

 すぐさま体を引きずって戦線離脱させ、魔術師よりも数が少ないオリビアさんたち治療班の元へ引っ張っていく。豆太郎はその中でも一番素早く活躍していた。



「準備できたぞ!! 離れてくれぇ!」


「了解!! ―【火遁】爆砕符―、そしてぇ【解】」



 少し離れたところで指揮を取り直しているダルフォールさんの声が下から聴こえて、超特急でゴーレムの上半身からダイブする。

 その際に火遁のくないを顔に投げつけ爆発させてやった。隙を作らないと腕でガードされちゃお終いだしね。

 痛がるゴーレムは後ろに一歩たたらを踏む。

 そして私の着地と同時に号令が発せられた。



「撃てぇぇぇぇぇ!!!」



 三色の魔術の砲撃の火線が今度は足ではなく、ゴーレムの顔に盛大にヒットする。

 私の火遁で仰け反った最良のタイミングだ。

 


『グガァァァ!!』



 顔を覆いゴーレムがもがき始めた。

 その魔術たちがどれほど効いたのかは苦しんでいるこの様から楽に察せられる。



「このままやれるぜぇ!」


「明日から俺たちも英雄の仲間入りか! 田舎のお袋に手紙書くぜ!」


「あ、あいつあんなに強かったのか。喧嘩やめといて良かったぜ……」


「油断するな、距離を維持しろ!」



 浮かれる冒険者たちを教会騎士ジルボアや兵士たちが諌める。

 ゴーレムは腰を折り俯いたままだ。

 このまま固まっているのなら足から砕いていこうかな、と思っていた矢先、キィーンと甲高い音が聴こえた。


 ――これは! これはやばい! 私はこれと似た音を知っている!


 背筋にヒヤっとする冷たくなるような嫌な予感が流れた。



「逃げて!!!!」



 だけど、私の注意喚起は遅かった。

 瞬間的に地面が薄くめくり上がり目の前が真っ白になる。

 辺りを大規模な『電撃』が私たちを無差別に襲う。

 昨日、私がやられたのと同じ、射出する方ではなく回避不能な空間制圧の雷だ。

 ただし規模と威力が大違い。

 


「くぅぅぅぅ!!!」


「「「がああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


『【ステート異常:麻痺】レジスト抵抗失敗 回復まであと三十秒』



 白い熱が吹き荒れ、体中を駆け巡る。肉を灼き、血を沸騰させ、目玉が飛び出るほどの耐え難い痛みを与えてきた。

 音からこれを連想するのに一歩遅れ、叫ぶためにさらに一歩遅れてしまい、私自身も食らってしまったのは本末転倒。


 おおよそ、ゴーレムからニ十メートルぐらいの範囲にいた人たちが私も含めそれで一瞬でやられた。立っている者は一人もいない。

 顔や装備が焦げ上がり、一発でダウン。肉の焼ける腐臭が立ち込め、誰も微動だにせず倒れ生きているのか死んでいるのかも分からない。

 でもどう楽観的に見積もっても全員が助かっているということはないだろう。

 私も今のでHPゲージが三割吹っ飛んでいるし、感電麻痺がおまけに付いてきて地面に突っ伏しているので急には動けない。



『ガアァァァァァァァァァァァァ!!!』



 さらにゴーレムは両手で地面の土を左右からすくって固める。

 とんでもない力で無理やり押し潰され固められた土はそれだけで巨岩の兵器と化した。

 ゴーレムは腕を振り上げると、それを魔術を放った遠距離持ちの集団に無慈悲に投げつけた。


 さっきとは比にならないあまりにも容赦のない岩礫が非力な魔術師たちに甚大な被害をもたらす。

 先程のが散弾銃ショットガンならこれは砲弾カノンだ。

 一瞬で集団の真ん中に直撃した。少しでも当たった者の肉体は原型が見れないほどにぐちゃぐちゃに潰れ、運良く難を逃れても地面に触れた瞬間に塊は崩れ散り直線上の人間を襲う。

 人の頭ほどの大きさで、岩ほどに固められた硬さの土が襲来し命を一気に奪い去っていった。



「そんな馬鹿な……」



 うつ伏せに倒れている私の耳にダルフォールさんの呆気に取られた呻きが微かに入ってくる。

 ここまで順調だった。倒せるかと思った。それを盤面から覆される奥の手。私もこいつがあの人形ドールと同じく全方位の雷をやってくるとは予想だにしていなかった。

 当惑と絶望の感情がそこにいる全員に等しく抱かれたのは間違いないだろう。

 


『――』



 ゴーレムは表情は変わらないが、こぞって地面に倒れ伏している私たちを見て、とるに足らない存在だと決めつけたのか、まだ一般人が多く残る町を目指し足を上げて前進を始めた。


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