第6話 倒すのもいいけど、後始末も大変です

 洞窟にいたゴブリンたちを全て倒しきった私は、一旦スコットさんと別れてここで生き残りが帰ってくるのを待った。

 数匹で運搬するほどの大きな鹿や、両手で抱える魚などを成果として意気揚々と住処に帰還する彼らを、豆太郎と闇討ちして葬っていく。

 大和伝でも戦闘は欠かせない要素だったから別にいいんだけど、やってることが悪役みたいでちょっぴり心がすさみそうだった。


 そんなときは豆太郎に癒される。

 一人きりの異世界に、損得抜きに味方になってくれる存在がいるというのが、これほど心強いとは思わなかった。


 それに昔から犬が飼いたかった過去が私にはある。妹が喘息気味で毛のある生き物が飼えず悶々としていた日々。

 だからVRゲームの大和伝で相棒が念願の犬になったときはとっても嬉しかった。それが会話もできてこんなに可愛いなんてそれだけでこの世界に来たかいがあったというものだ。


 もし豆太郎に危害を与えるやつがいたら、国でもドラゴンでも喧嘩を売るに違いない。

 ってあぁやだやだ、また頭が脳筋になっていく。


 なまじこのアバターのおかげで何でもできてしまうから、思考が力任せになるのを自覚している。

 でも単なる女子校生が生き抜くにはこの世界はハードだ。無理ゲーに近い。だからこの体に文句はない。

 

 とりあえず謙虚さを忘れないでおこう……あ、またゴブリンが戻ってきた。


 という感じで夜まで二十体を越えるゴブリンたちを倒し全てウィンドウに収めた。

 日が暮れて少し待ってみたけど完全に気配は途絶え、これ以上はもういないかな、と思うので帰ることにする。

 それに豆太郎ももうオネムらしい。口から涎を垂らしとろんと半目を開けている。



「お疲れ様、戻っていいよ」


『……また……あそぼ~……』


 

 眠たそうに白い煙となって消えていった。

 ゲームでは特に時間制限されていなかったけど、宿屋で休んだりすると自動的にいなくなっていた。

 ここら辺の仕様が変わっているのかもそのうち確かめたいな。


 来るときは片道三時間も掛かった道のりを、本気で走ればどれぐらいのタイムアタックが可能か興味はあったけど、面倒くさいのでアイテムを使うことにした。

 【荷物】から笛を取り出し吹くと、甲高い音が響く。

 その音色に釣られて林の奥から、えっほ、ほいさ、と掛け声がする。


 そこから現れるのは【お猿のかご屋】だ。

 一日に一回だけ使える便利な拠点移動用アイテム。ちなみに課金すれば回数制限は増える。


 名前の通り、法被はっぴを着た猿が二匹、籠を吊るした一本の棒をお互いの肩に提げていた。

 


『へい、らっしゃい。行き先はどちらまで?』



 威勢の良いお猿だ。この台詞はゲームでも言っていた。

 現れる地図には私の行った場所しかマッピングされていかないのでほとんど真っ黒。

 唯一の拠点マークを押す。

 そういえば村の名前知らないな。

 


「ここまでお願いします」


『おう、任せておきな!』



 籠に乗ると御簾みすが垂れる。

 そのせいで景色が見れなくなるが、これがスタートの合図だ。


 えっほ、ほいさ、えっほいさっさ。 


 中で天井から伸びている紐を掴んで、お猿の掛け声を聞きながらしばし揺れを耐える。

 この仕様けっこう不評で要らなかったんじゃないかっていう意見は多かった。私も同じ意見だ。



『ほい、着いたぜ』



 そんなことを考えていると本当にあっという間に長距離を移動したらしい。

 出るともうリズのいる村の前だった。お猿さんたちは役目を終えて消えていった。

 

 これで三時間が実質一分ぐらいに短縮されたことになる。移動の革命児だね。

 これを使って運送で稼いでもいいかな。ウィンドウに収納して大量に運んだらウハウハじゃない? あぁでもさすがに不審がられるか。


 そんな風にお金儲けを模索していると、外灯なんて無い完全な暗闇の中、海に浮かぶ灯台のようにここだと主張する松明の明かりが確認できた。

 

 

「アオイ!」



 松明を持って待機していたのはスコットさんだった。

 結果を聞くまでいてもたってもいられなかったんだろうね。



「あの後、二十匹ぐらいのゴブリンを退治しました。合計で五十六匹。もういないと思います」


「そうか。ありがとう」


 

 報告を訊いてやっと肩の力が抜けたようだった。

 


「まぁ自分のやったことの責任を取っただけですから」


「それでも助かった。普通、五十匹以上のゴブリンを一人で倒すなんてできやしないんだから。君はさぞ高名な冒険者なんだろうなぁ」


「冒険者?」


「あぁ、この村には無いけど町とかなら必ずあるギルドのことさ。違うのかい?」



 あぁやっぱり定番のそういうのあるのか。

 こりゃ町へ行くのが楽しみだ。

 でも場所も知らないしどうやって行くべきかな。



「入ってはいないですね。ずっと田舎に篭ってたんで」


「そうか、君の強さならひょっとしたら二つ名付きかとも思ったんだけど」



 二つ名!? 中二病っぽいワードが出たなぁ。

 ムズムズしてくる。まぁでも今は休みたい。



「とりあえず、終わったんで今日はこれで寝ようと思います。また何かあったら明日ってことで」


「すまない、疲れているよな。村長への報告は俺がしておくからゆっくり休んで欲しい」


「お願いします」



 なんだかお風呂に入るのも億劫だったので、借家に戻ると濡らした手ぬぐいで体を拭くだけにしてすぐに眠ることにした。




 翌朝、目を覚ますとウィンドウからおにぎり等を取り出し、手早く朝食を済ませ外に出た。

 思ったより日が昇っていてお昼前ぐらいかな? といったところだ。

 

 気ままに歩いてみると村人の視線が二極化していた。

 主にいぶかしげなものと、恐怖の色。


 不審な感じのはまだ私が本当にゴブリンたちを倒したというのを信じられていないのだろう。そして怖がっているのはきっとあのデモンストレーションの場にいた人やその家族かな。

 どちらにしろ居心地の良いものではない。


 明日にでもこの村を出て行くのもアリかな。

 そもそもこの村に泊まれるお金もほとんどない。残りは金貨一枚だけだし、ここよりは町の方が稼ぎ口はあるはずだからそう悪くない判断だと思う。



「あ、そういえばゴブリンの魔石って売れるのかな」



 リズの家に向かおうと思ってたけど、先に寄ってみよう。

 場所は知っているし、そんなに距離もない。


 道具屋に着いて扉を開けるとまたお婆さんが居眠りをしていた。

 これだけ寝て夜寝れるのかな。



「すみませーん、起きてくださーい」


「んあ……寝とらんぞ。儂ゃ寝とらん」



 昨日と同じように耳元で声を掛けると起きてくれた。

 そんなに否定しなくても別に責めるつもりはないんだけど。



「魔石の買い取りってしています?」


「なんじゃまたお前か。魔石? あぁしとるよ」


「昨日倒したゴブリンの死体があるんですけど、剥ぎ取るところからお願いすることってできませんか?」


「まぁやれなくはないが、手数料が掛かるぞい」


「どれくらいですか?」


「ゴブリンは魔石以外に獲れる箇所が無いから胸を開いて魔石取るだけだしのぅ。魔石の一割じゃな。村の子供の小遣い稼ぎにさせるがそれでもいいかい?」


「構いません」



 一割くらいなら安いもんだ。

 死体自体に忌避感は無いけど、解体のノウハウを持ち合わせていないのでやる気にはなれないし、五十体以上を一人でやるとかもはや拷問でしょ。



「そんでどこにあるんじゃ? まさか森にまで取りに行けというのは無茶だぞ」


「いや、あります。五十体ぐらいですけど」


「五十!? いつの間にそんな数を運んできたんじゃ。まぁそれはええか。人の集まりが悪ければ今日一日で終わるか分からんぞ?」


「最悪明日になってもいいですよ。どこに持って行ったらいいです?」



 さすがにマグロじゃないんだから道端で解体ショーをやるわけにはいかないだろうし。



「ここを出て丘の方に行くと家畜小屋がある。そこの近くに屠殺用とさつようの小屋があるからそこに運んでおいておくれ。もしそこのハゲた親父に文句言われたらあたしの指示だって言いな」


「あの、屠殺って?」


「あん? 牛や豚を解体することだよ」



 そういうところか。私たちが普段食べているお肉もそういうことしてスーパーに出てきているもんね。



「分かりました」


「昼過ぎには声を掛けて始めるよ」



 店を出て教えられた方向へ向かうと、牛が数頭いる小屋が見えた。

 そこにいた髪の毛の薄いおじさんに、解体で小屋を使いたい旨を知らせる。

 道具屋のお婆さんに言われて、と伝えるとやれやれという感じで許可された。

 意外にあのお婆さん影響力ありそうだ。


 小屋は至るところに赤黒いシミがこびり付いていて、ヘタな心霊スポットより怖い。

 

 ウィンドウを操作し【荷物】にあった『ゴブリン×56』を次々と出していく。

 積み重ねても潰れるだけだし小屋に入りきれないので外にも並べた。

 最後に、他のゴブリンとは別枠扱いになっていた『ゴブリンリーダー×1』を置くと終了。

 

 私の仕業だけど、やばいよ、ここ正真正銘のスプラッター小屋になっちゃったよ。

 ファンタジーとホラーは紙一重って分かるんだね。



「なむあみだぶつ……」



 手を合わせて逃げるようにその場を去った。

 だって怖いんだもん。

 


 特にやることが無くなりリズの家を目指していると、井戸で水を汲んでいるリズを見掛けた。

 自分の膝ほどもある桶をふらふらと危なっかしく運んでいる。

 縁から水が零れて土や自分のスカートに水飛沫がかかってた。



「リズ!」


「あ、お姉ちゃん!」

  

 

 疲れて一度桶を置いたタイミングで呼ぶと、破顔し駆け寄ってくる。

 その仕草はなんだか豆太郎を思い出した。 



「こんにちは」


「こんにちは! ねぇ、大丈夫だった? お父さんから怪我はしていないって聞いてたけど心配だったの。朝は疲れてるだろうから行かない方がいいって言われてたんだけど」


「平気よ。こう見えてお姉ちゃん強いんだから。知ってるでしょ?」


「うん、とっっっってもすごいよね! まだ信じてない人も多いみたいだけど、お父さんも強かったって言ってた!」



 この世界の魔物や冒険者たちの強さをまだ測り兼ねてるけど、普通の村人からしたらきっとすごいことしたんだろうなっていうのは想像がつく。

 特に人を脅かす魔物がいるのなら、強さは憧れやヒーローに直結しやすいはずだ。昨日とは打って変わって晴れ晴れしい百点満点の笑顔だった。

 なのにこうして率直に慕ってくれるのはリズくらいで、まったく、彼女の爪の垢を他の人たちに飲ませてあげたいよ。



「ゴブリンはもう居なくなったけど、大人の人が良いって許可するまでは森へは行っちゃダメよ?」


「うん。もう勝手に行かない!」


「よし良い子だね」


「そういえば、小さくて可愛いわんちゃんもいたって聞いたんだけど、今はいないの?」


「会いたい?」


「うん!」



 リクエストされちゃ応えるしかないよね。

 私は【忍術】を使い、豆太郎を召喚する。



「わぁっ!? いきなり出てきた!」


「豆太郎っていうのよ」



 当の本人は事態をあまり分かっておらず、尻尾を振りながら首を傾げている。



「触ってもいい?」


「豆太郎、この子が触りたいって」


『いーよー!』



 ちょこちょこと短い手足でリズの元にまでいくと、屈んだ彼女の膝に乗る。

 豆太郎をリズが持ち上げると顔をペロペロと舐め始めた。

 


「あはははは、ちっちゃくて可愛いー」


 

 さすがに日本特有の柴犬はこの世界にはいないだろうし、こんな小さな犬も見たことないだろう。

 珍しい犬種に屈託のない笑みを深めて大喜びだった。

 この子が一頭だけでゴブリン全滅させられるって言っても信じないだろうなぁ。



「そうだ、お母さんがお礼を言いたいって言ってたんだ。お姉ちゃん来て」


「そうなの? じゃあお邪魔しようかな。それ私が手伝ってあげる」



 私は重そうな桶を代わりに持つと彼女の家に運んだ。

 たぶん三~四キロはあったみたいだけど軽い。小指でも持てそうだ。

 


「お母さん、お姉ちゃんが来てくれたよ」



 家に入るとリズの母親が鍋に火を入れているところだった。

 昨日も拝見したが質素より侘しいという言葉がぴったりの家だ。

 


「話は全部聞きました。本当にありがとうございました」



 手を止め、深々と頭を下げてお礼を述べてくる。

 昨日初めて会った際よりは顔色は良かったけどまだ全快はしていなさそうだった。



「いえ、全然大丈夫ですから」



 大人にこうも丁寧な態度を取られると恐縮してしまう。



「でも、この子だけじゃなく、村の危機まで救って頂きました。そうだ! お昼食べていってくださいな」


 

 突然の提案に目だけリズを窺うと、そうして欲しい、と顔に書いてあったのでご相伴にあずかることとなった。

 用意されたのは昨日の差し入れであるスープとほとんど変わらない。具材にキノコが足されているぐらいだ。スプーンで突くと弾力があった。

 固いパンも健在。



「そのキノコは昨日主人が帰り道で採ってきたんですよ。アオイさんのおかげでまた食べることができました。ありがとうございます」


「いやぁーあはは」



 スコットさん、食材探しして帰るなんて意外と余裕あったんだなぁ。

 しかしこうも素直に賞賛されると照れる。


 ちなみに豆太郎は床で『ペットフード』を美味しそうに食べている。

 お供専用のHP回復用のアイテムだ。

 


「あの人、帰ってきてからすごかったんですよ、子供みたいにはしゃいじゃって。目に見えないほどの速さで動いて大きな炎を操って、すっっっっごかったー! って言ってました」


「ちょっと張り切っちゃいましたかね」



 微笑みながら語られると恥ずかしくて頭を掻いた。

 スコットさん、全然そういうの表には出さなかったけど、けっこう子供っぽいところあったのか。感想もなんだかリズと似てる気がするのが微笑みを誘うなぁ。



「お父さん昔は冒険者に憧れていたみたいなの。だけど村を出てすぐにおじいちゃんの具合が悪くなって辞めて戻ってきたんだって」


「ひょっとしたら自分が果たせなかった夢をアオイさんに重ねているのかもしれません」



 へぇ、そういう経緯があったのねぇ。

 人に歴史ありってやつだね。


 

「そんな大したものじゃないんですけどね、私。あ、そうだ、これ食べてください」



 私はリズにも食べさせたみたらし団子をテーブルに披露した。

 


「これは?」


「元気が出るおやつです。甘いので美味しいですよ。三つあるので一人一本ずつですね」


「お母さん本当よ。ほっぺたが落ちるぐらい美味しいんだから!」



 まじまじと初めての食材に戸惑う彼女に、リズがお手本のように串を取って一番上の団子を口に入れた。

 私も同じように噛み出すと、おっかなびっくり頬張る。

 そして目を見開いた。



「本当! とっても濃厚な甘さだわ。この蜜ははちみつよりも芳醇で奥深くって、白くて丸いのも蕩けるような弾力で口に入れたのが嘘のようだわ!」


 

 リズといい、この家の女性陣は食レポが上手いな。

 するすると口から並べるように出てくる感想に頬を緩めた。

 バトルもいいけど、こうしてのんびりするのもいいよね。

 


「それだけ喜んでもらえると嬉しいです。そういえばスコットさんって今どこにいるんですか?」 


「今は村長のところに行ってると思うわ。あなたへの報酬をどうするか相談しているはずよ」



 あー、報酬か。あんまり期待してなかったけどもらえるならもらっとこうかな。

 自分で危機を作って自分で退治してってマッチポンプみたいだけど、そこは突っ込まないで欲しい。

 


「あ、お父さんが帰ってきたみたい!」



 噂をすれば影。玄関の扉越しから足音がしていた。

 私にはただの人の歩く音にしか分からないけど、リズには何となく判別できるんだろう。


 扉が開く音がして頭を動かすと、本当にスコットさんだった。ただやけに不機嫌な顔をしての帰宅だ。

 一体何があったんだろう?


 ちょっと率先して声を掛けるのはためらっていると、スコットさんは私を見るなり、

 


「アオイか! ちょうどいいところにいた。ちょっと来てくれ」


「え?」



 用件も伝えられないまま腕を掴まれ、強引にスコットさんに連れ出された。

 なんだかこういう強引なところもリズと似てる。

 その剣幕にされるがままに身を任してみるけど、あんまり良い予感はしていない。


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