和風MMOでくノ一やってたら異世界に転移したので自重しない
@pengin4gou
プロローグ
一章 第1話 VRMMO「大和伝」
「うー、寒い寒い。今夜は本当に冷えますなぁ」
「この分だと夜半には雪がチラつくかもしれませんな。どうです? あちらで一休みしませんか?」
「そうしましょうか」
ちょんまげ姿の武士たちが腕を擦りながら廊下を歩き去っていく。
季節的に冬の今、厚手の着物を羽織ってはいても足元は木の板張り。
薄手の足袋ぐらいでは底冷えしそうな冷たさから体を守るのは難しいだろう。
防寒にと着込んだ上着もそう頼りにならず、どちらのちょんまげ武士も顔色はやや青白くなっていた。
彼らはお城の夜を寝ずの番で警備する役職に就いている‘NPC’で、一定の周期で火鉢のある部屋へと休憩しに向かう行動ルーチンをする。
私は彼らがいなくなるのを見計らってから天井から音も無く舞い降りた。
プレイヤーネームは『
この和風フルダイヴVRMMO【大和伝】のプレイヤーで、中の人はゲーム好きの女子校生一年目。名前も実名をそのままにしている。
そんな私がこの城に潜入しているのは【
「これが無かったら凍死してるね」
懐から取り出したのは手で掴めるサイズの石。
アイテム名は『蓄熱石』。その下には【アイテム】【消費】という分類タグが浮かんでいる。
名前の通り熱を発する性質を有し、持っているだけで体を温め寒さから守ってくれるアイテムだ。
これが無いとどんどんHPが削られてしまうので常に携帯している必需品である。
私の格好は、当然忍者なので軽装。
頭は頭巾で隠しているが、上は黒いインナーにジャケットのようなもので、下は忍者装束のズボンに
多少近代色があるけど、時代錯誤に江戸縛りではなく、そこら辺はゲームなので大らかだ。
こんな装備でお城に潜入しているのには訳があった。
このゲームは単純な魔物との戦いだけではなく、職業によって専用の任務がある。
今やっているこれは最近実装された忍者の専用任務の一つだ。
城の一番上の天守閣の間にある『巻物』を取って帰るのがその目的だが……。
「それにしても……」
長いな。と小さくため息を吐く。
こうした任務はいくつかやってきたが、たいていは商人のお屋敷とかばかりでこんな大掛かりなお城への潜入は初めてだった。
護衛の人数も多く、なかなかに大変。でもやりがいはある。
「戻ってくる前に行こう」
警備の男たちが戻ってきてはまた一からのやり直しになる。
だから急がねばならなかった。
廊下を声も足音も殺して奥へ進むと階段を見つけた。
しかし通路と違い蝋燭の火のような照明すら無く、ギリギリ窓から差し込む月明かりで上がれる程度の薄暗闇。
ここで慌ててはいけない。
私はウィンドウを開いて【スキル】のタブを押す。
使うのは【夜目】だ。使用している間は微々たるものだけど
最初から有効にしていても良かったけど、いつ何があるか分からない以上、節約は大事だよね。
スキルが有効になるとほとんど見えなかった先が細部まで‘視える’ようになる。
「やっぱりあった」
階段に細い糸を見つけた。
これはトラップだ。引っ張ると何らかのギミックが発動することになる。
対策を用意していなかったら確実に足に引っ掛けて罠を発動させていたに違いない。
ゆっくりと
次の階から少し光が差し込んできていて、階段の途中で隙間から目を凝らすと、また新しい警備の武士がいた。
視界の端に映る簡易な見取り図(任務前に高額で購入可能)には一人だけしか反応はない。
ならばと私は再びウィンドウを開き、今度は【忍具】欄をクリックして『吹き矢』を取り出す。
効果はもちろん【睡眠】の状態異常付き。
階段下からの難しい角度。幸い相手がこちらに全く気付いていないので狙い澄ますことはできる。
大和伝では飛び道具の判定は、自分と相手のステータスと装備品を加味した上で、予測弾道が表示される。
成功率が低いとそれがブレるが、今はかなり正確に見えているので安心のようだ。
鼻から肺に酸素を送り込み、溜め込んだ空気を「ふっ」と筒に勢い良く送り込む。
すると極細の針が射出され真っ直ぐに男の首に突き刺さった。
彼は「うっ」と短い呻きをもらしながら途端に襲われた睡魔に抗えず、瞼を半分閉じ壁にもたれかかり腰を下ろしていく。
きっと睡眠欲と仕事へのプライドが抵抗し合っているのだろう。
それでも無慈悲に【睡眠】の状態異常タグが付き、ついには完全に目を開かなくなった。
良し! と内心ガッツポーズをしながら駆け上がる。
「そろそろ一番上のはずだけど」
完全に昏睡して無抵抗になった武士を横切り、窓から下を眺めるとだいぶ上に上がっているのが分かった。
見取り図を確認してもやはりここが最上階らしい。
ただそれにしても最上階のくせに警固しているのが一人だけというのに引っ掛かる。
「でも特に何にもないよね」
ぐるりと廊下を回ると大きな
これを開けると最後の部屋、天守閣の間だ。
ここまで来ても守りが薄いという以外におかしなところは見受けられない。
そうっと開けて中を覗く。
中は時代劇とかでよく見るお殿様とかが座っていそうな広い
見た感じ誰もいない。
よくは知らないけどここが西洋風に言うと王様がいる謁見の間みたいなものならなんと非効率なんだろうとふと思う。
だっていちいちここまで上がって来ないといけないのは足腰疲れそうだし。もちろん威厳とか色々あるんだろうけど。
まぁそれはともかく、
「さてお宝の巻物はどこかな?」
任務の詳細情報によると奪取する目的の物はここのお殿様が脱税したお金をどこかの山中に埋めた場所を記した巻物、だったはず。
おそらく連続任務というやつでこれをクリアするとそのお宝を探す任務が出てくると予想している。
誰もいないのを確認してから入り、ぐるりと見渡し一番奥の壁にある戸棚に忍び足で近づき横に引く。
何かを入れておくのはここしかない。
「あった」
予想通り、巻物が一つあった。
あとはこれを持って城から脱出すれば完了となる。
ただ正直、来た道を戻るのは警備もいるし面倒くさい。
見取り図に記してあったけど、天守閣の一番上のこの部屋の隣にバルコニーのような城下を一望できるスペースがあって外に出られるはずだ。そこから飛んで逃げるのが最も手っ取り早い。
そう考えて出口へ顔を向けると、突然、襖が勢い良く開かれた。
「やはり曲者、出おったな! 皆の者、出あえ出あえ!」
現れたのは豪華な着物を着てドヤ顔しているお殿様だった。
え、お殿様がこんな寒い晩に見張りしてたの?
掲示板とかで冷やかされそうなところに思わず突っ込んだ。
そうしているとみるみるうちに刀を抜いた武士たちがどこからともなく湧いてくる。
「そんな隠れるスペース無かったでしょ!」
と抗議しても誰も聞いてくれない。
ゲームなので細かいことは言いっこなしなんだけど、どんどん出現するあまりの数に眩暈がしそうだった。
文句を吐きながら私はおそらくこれが強制イベントだということを察していた。
初級や中級者任務ならまだしもここまで大掛かりなマップを作っておいて、はいさよなら、と終わるはずもない。
最後にこういう驚かせはあっておかしくはないね。
ようやく全員集まり終わったのか抜き身の刀をギラリとチラつかせるNPCの武士とお殿様が出揃った。
この人数でこの状況は同士討ちしそうで逆に怖いけど。
「この
お殿様の声で周りに緊張感が高まる。
そして、
「掛か――何ぃ!?」
号令が終わる直前に私は『煙玉』を畳に叩き付けた。
私の手の平に収まるぐらいの小さな玉なのに割れるともうもうと部屋を一瞬で包み込むほどの白い煙が大量に発生した。
「殿! ご無事ですか!?」「殿!」「殿!」「殿!」
「儂のことは構わぬ。いいから捕まえろー!」
煙玉の効果が効いている最中は完全に視界が阻まれる。
私は放つ前に覚えていた方向へ姿勢を低くしながら駆け抜けた。
途中、男たちの足に当たりながらもすぐに襖へ着くと、自分の分だけ開けて逃げ出す。
本当は外に出る方へ向いたかったがあっちは人の厚みが多かったのでこちらにした。
やって来た冷たい木の廊下に再び出ると隙間から煙が漏れてくる。
あまり時間は保たないだろう。
気にせずそのまま下へ降りる階段を目指す。
すると、角を曲がった所で一人の武士と鉢合わせした。
さっき眠らせた武士だ。この騒動で目覚めたらしい。
あちらも目を丸くして驚いたが、私の姿を目に収めすぐに敵だと気付いたのか抜刀して斬り掛かってきた。
「ちぇぇぇぇい!!」
気合一閃。
床と水平に振り抜かれる刀を髪を翻しつつ姿勢を低くし、するりと避けて階段へ向かう。
戦闘をしても構わないのだけどこのゲームには【名声値】という項目があって、行う善行と悪行でイベントや町の人との会話などが変わる。
どちらも一長一短な所があって一応私のプレイスタイルは義賊だ。
悪代官や商人などを挫き弱きを助ける。まぁ人の物を盗んでるのに良いも悪いも無いとは思うんだけど。
とにかく不意打ち状態ならまだしも面と向かってのしかも時間が無い戦いは殺してしまいやすく、可能であれば回避したい。
「やっばいなぁ!」
焦りながら心境をもらす。けれど少し楽しい。
現実ではなく、これはゲームだからだ。だから予想外のことが起こり、緊張感がある方が面白くなる。
階段を急いで駆け下りるとさっきの武士も逃がすまいと必死な形相で追ってくる。
どこかで当身でも食らわせて気絶させないと厄介なことになりそうかな、と頭の中で巡らせていると、
「あっ!」
足の裏で何かを踏んだ感触がした。ぷちんと切れる音がする。
――さっき仕掛けてあった罠だ。
突如、階段が消失しすべり台のようになる。
つるつると滑る足場に踏ん張りどころが無く私は尻餅をついて転んで落ちてしまった。
さらに武士までもが手すりを掴む間も無く尻を向けながら上から降ってくる。
「なんとぉーー!」
大急ぎで身を捻り回転しながら避けると武士は壁に激突し、ごつーんと痛そうな音がして状態異常【気絶】タグが付いた。
なんといやらしいトラップだろうか。
来るときであればおそらくたいていのプレイヤーが気付くけど追いかけられて余裕がないタイミングでは引っ掛かる。
そんな意図がある罠に違いない。糸だけに。
色々と冷や汗ものだ。
「曲者は下だー!」
上からはようやく煙玉から解放されたのか武士たちの慌しい足音が聞こえてきた。
私はすぐに立ち上がりさらに廊下をひた走り階下を目指す。
すると、さらに下からも駆け上がってくる音が耳に届いてきた。
ウィンドウのマップを覗くとNPCの反応が上も下ももう真っ赤。赤は敵性反応で、つまり現在進行形の絶体絶命のピンチである。
「やばやばだわ!」
あわや任務失敗の文字が脳裏に浮かぶが最後の手段として途中にあった部屋に潜り込んだ。
そこは警備の武士が休憩用に使う部屋だった。
深海を連想させる濃いブルーの火鉢が真ん中に置いてあり、灰に埋もれて赤熱した墨とその上に金網越しに炙られたお餅がなんともほのぼのとしていた。
こういう演出も細かい所がこのゲームのウリだろう。追われているにも関わらずほっこりしてしまう。
このゲームをするまで火鉢なんて知らなかったけど、これを目の当たりにすれば家に欲しくなるよね。
と、感心している暇は無い。
私はすぐに隠れられる場所を探すがやはり押入れしかない。
横開きに開けると中は何にも入っておらず、すぐに体を滑り込ませて中から閉める。
中は全く何も見えない暗黒だったがこれは【暗視】を使えばどうとでもなる。
それよりも問題は見つかるかどうかだ。
「見つかりませんように」
ドキドキと心臓が音を立てるのを自覚しながら耳を澄ますと、ドタドタと幾人ものNPCたちが走り回る音が聴こえてくる。
何度か部屋に入ってきて押入れを開けられたこともあった。
もう戦うしかないかと覚悟しそうになったけどなぜか一様に押入れの上の段は見ても足元は見ない。
バグか何かは判断できなかった。けれど今は喜ぶところだった。
しばらく続いた緊張状態の末、足音が無くなってから「ふぅ」と安堵の息を吐く。
これで警戒モードが解けるはずだ。これならあとは慎重に行動すれば問題なく帰れるはず。
「日頃の行いが良いおかげだね」
私は気が抜けて暗闇の中、壁にもたれ掛かった。
瞬間、壁が後ろに倒れその弾みで私もその中に入ってしまう。
「うわっ」
手を付いて踏ん張ろうとしたが、しかしそこは穴だったみたいで空を切り、頭から奈落へと落ちていった。
「こんなとこに隠し通路なんて分かるかー!」
私のやけくそ気味の突っ込みが、深く深く深淵がぽっかりと口を開ける穴底に響いた。
「痛てて」
軽い痛みにふと気付いて瞼を開ける。
そこには青い空と太陽があった。暖かい日差しがやけに穏やかで暖かい。
頭を振ると、ここは森の中の開けた場所のようだった。
どうやら城の押入れから外へ、しかも城下町をすっ飛ばして森の中へワープするというバグを発見してしまったらしい。
この大和伝ではバグを発見して報告すると一番乗りであれば五百円分の課金ポイントが付与される。
なので無課金ユーザーの間ではゲーム進行よりもバグ探しにやっきになる輩も多い。
3Dのモデリングが無茶苦茶になったり、真面目な戦闘中に今みたいに壁を通過して死ぬ動画は腹を抱えて笑えるぐらい面白い。
大体は見つけてもすでに先を越されていることが多いけど新しく追加されたばかりの任務だし、もしかしたら狙えるかもしれない。
そう考えたら自然と頬がにやりと吊り上がってしまう。
そういえばバグチェックと言えばどのオンラインゲームにも現れると言われているツチノコみたいな存在の妖精の噂がある。
気付いたときには消える都市伝説みたいな存在で、スクリーンショットや動画で撮れば賞金が出るなんて話もあった。大和伝でも目撃情報はあったっけな。
「それにしても、ここどこ?」
首を振り見回すけど記憶にはない場所だ。
おそらく城下町の近くだとは思うが、やけにモデリングが綺麗だった。
ふいに風が通り過ぎ、枝に付いている無数の葉っぱの一つ一つが波打つように揺れる。
自然と頭巾を脱いでウィンドウに仕舞い頬を撫でる風を感じてみると気持ちが良い。
顔のすぐ傍を舞いながら通過する葉を眺めてみても実に精巧だった。
――うん? 痛い? 私、さっき痛いって思った?
気付くのにいくらか時間が掛かったけど、確かに目が覚めて全身に『痛覚』を感じた。
フルダイヴと言っても痛覚の再現はなかったはず。軽い衝撃で痛みを模すことはあっても本当にそこまでやってしまうと問題があるからだ。
さっきの城の中での凍えそうな演出も心が錯覚しているだけであって私自身にはそれは感じない。
嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らし始めると、
「きゃああぁぁぁぁぁぁ!」
つんざくような女の子の悲鳴が、木々の隙間を通って響いてきた。
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