キリトル場面100物語
千文色夜
〇物語 それは本当に素晴らしいことなのだ (序)
僕の対面に一人の女性が腰かけた。ワイシャツにパンツスーツを身にまとったその姿はいかにもキャリアウーマンといった風貌であった。しかし、僕と彼女がいる空間がその考えを否定する。本が木のように積まれたこの部屋は、まるで本の樹海であった。そこに優雅に腰掛ける彼女はまるで魔法使いのようで、きっとこの樹海に迷い込んだ者を逃さないのだろう。
彼女とは出会って数年は経つが、好きなものはおろか、住んでいるところや交友関係、どんな仕事をしているのかなどのプライベートなことは全く知らない。そう、名前すらも知らないのだ。仕方なく、僕は便宜上彼女のことは先生と呼んでいる。
しかし、彼女曰く先生というのはどうも性に合ってないらしく、いつも眉をひそめるのだ。
「先生、紅茶がはいりましたよ」
「ええ、ありがとう。それにしてもあなたも暇なのね。昨日、一昨日と頻繁に足を運ぶじゃない」
「暇じゃないですけどね。どうも、ここは心地いいのでつい足が自然と向いてしまうのです。先生こそ、僕がいつ訪れても、この図書館にいるじゃないですか」
「だって私のものだもの」
「初めて聞きました」
「だって初めて言ったもの」
「そうですか……」
先生は言う。
私たちはただの観測者であり、記録者だ。そこには摩訶不思議な理論など存在せず、奇想天外な結末などない。だがもし、その一部でも見ることだできて、書き残すことができたのなら、それはとても素敵なことなのかもしれない。
と。
Fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます