その6 お仕置きの時間

 言ってしまった。

 

 亜理寿さんが一瞬驚いたような表情をしたのがわかった。

 それからちょっと下を向いて、小声で尋ねてくる。

「本気、ですか」

「勿論」


「私って面倒くさいですよ」

「さっきも言ったけれどさ、その辺を含めて好きなんだから仕方無い」

 あ、完全に下を向いてしまった。

 もう少しゆっくり話を進めるべきだっただろうか。

 何処かで話の方向を間違えただろうか。

 急に色々不安になる。

 でも言ってしまったことは仕方無いし、僕がそう思っているのも事実だ。


「本当にいいんですか」

「勿論」

 うーん、失敗したかな。

 でもここからのリカバリーなんてすぐに思い浮かばない。

 僕にはそんな器用さも経験も無いのだ。


「ごめんなさい」

 えっ!!!

「ちょっと今、顔を見せられない状態です」

『ですので、ちょっと私を見ないでくれると助かります』

 声も魔法音声に切り替わった。

 まずかったかな、やっぱり。


「ごめん、何か急に変な事を言ってしまって」

 取り敢えず謝ろうとした僕に魔法音声が早口で反応する。

『違うんです。文明さんのせいじゃないです。私のせいなんです』

 それから口調が少しゆっくりになって。

『文明さんは悪くないんです。だから訂正しないでください。お願いです。ちゃんと返事をしますから、少しだけ私を見ないで待っていて下さい』


 僕は落ち着かないまま、それでもそれを出さないようにしつつ、待つ。

 喉が渇いた感じがしたのでカップに残った紅茶を飲む。

 何か喉を通ったような気がしないのは気のせいか。

 そして。


『確認します。本当にこんな私でいいんですね』

「勿論」

「わかりました」

 ちょっと涙声、だけれど魔法音声でなく肉声に変わった。

「すみません。これからも宜しくお願いします」

 えっ。


 でも此処で聞き返すのはまずいよな。

 ここはさらっと行こう。

「こちらこそ、これからもよろしく」


 ん! 大事なこの場面だが、僕は何か関係無い別のものを感じた。

 具体的に言うと他人の気配だ。

 なかなかに最悪なのだがある意味ちょうどいい。

 この緊張感たまらない状況を一気に変えよう!

 紅茶の砂糖用に置いてあるティースプーンを何気なく右手で持って、投擲!


「あっ!」

 リビングとキッチンの境の壁際から声がした。

 やはりいたな、真理枝さん。

「もう、危ないじゃないの」


「亜理寿さん、他にもいると思います」

『わかりました』

 亜理寿さんは魔法音声ながらいつもの口調で答える。

 同時に何か一瞬、凶悪な気配が回りに広がった。

「うっ!」

「あっ!」

「あちっ!」

「!!!」

 思った以上の反応があった。


『素直に出てきて下さい。次は電圧を倍にします』

「美智流さん以上に厳しいな」

「私は一度止めましたけれど」

「同罪なのだ諦めるのだ」

「……」

 美鈴さんはともかく、車で去った筈の美智流先輩、深川先輩、抜田先輩まで。

 全員覗いていた訳か!!!


 これはもう、仕方無いな。

「亜理寿さん、やっておしまいなさい」

「ええ」

「ちょっと待つのだ! 話せばわか……ほげ?」

 えっ。深川先輩の台詞が途中でおかしくなったぞ。


「罰として言語化阻害の魔法をかけさせていただきます。効果が持続している間は、何か考えようと思っても言語化出来ず思考が出来なくなります」

 それはなかなか強烈な魔法だな。

 あっ、抜田先輩が狸変化して逃げようとしている。

 でも美智流先輩に捕まった。

 思考が言語化出来なくてもそれくらいは出来るんだな。

 思わず感心して見ていると……


「さて、これで邪魔は入らないのでもう一度言います。文明さん、これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、これからもどうぞよろしく」

 よし、これでお互い何とか言えたな。

 でもこの人?達の始末はどうしようか。

 言語化して思考出来なくても反射神経的な動きは出来るみたいで、妖怪大戦争みたいになりつつあるけれど。

「言語化出来ないので大した術は使えないとおもいます。暫く放っておきましょう」

 そうですか、はい。

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